公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

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岡潔 1

2013-04-28 07:56:06 | 今読んでる本



 数学者の岡潔は団塊の世代と呼ばれる若者たちが学生になった頃の教育の風潮を嘆いて、日本人らしさの真逆、仏教的精神性の真逆を教えこまれて民族の危機を迎えるだろうと予想した。はたしてそのとおりになった。とにかく鋭利に対立するのは物質というもののとらえかただったと思う。岡潔は科学で捉える物質と、自分の肉体(岡潔は仏教から小我と言っている)は同じであっても、自らの精神の側から見た物質というものは、見るということから始まっている。これは単純な光のエネルギーによる視覚神経刺激ではなく、真我である、見るという精神性が真我を知る道筋、仏教の常識だったということを忘れていると指摘している。

 さらに仏教的意志、真我の目覚めから遊離した認識は、精神が外部世界に通じる精神の道を閉ざしてしまうと指摘している。岡潔の言う外部世界とは、小我以外の世界という意味ではなく、<不生不滅>の<非自非他>をベースとして、小我の接する物質世界を包み込む広大な霊的世界のことである。つまり真我の世界にあっては、滅することがない。真我の生命は死することなく生き続ける。

 しかしそのようなことを70年代の左翼学生に話しても、とうに通じるはずもない。物質と小我に慣れきっていた私にも岡潔の主張は理解できないことだった。幸いにして後年気づくことができたが、日本は感化という教育方法が失われ、教師から学ぶことは望むべくもない有り様だった。岡はこの外部世界認識の2つの意味で疎外された(小我の絶対化「自己実現価値観」みならず快不快の二値教育「デューイ教育論」)当時の文部省教育がやがては民族を滅ぼすだろうということを見事に予言している(反日民主党政権が生まれた)。
 私が岡潔を知ったのは70年代の半ば頃であり、時代はすでに、過去の人、あるいは変人といった世間のあつかいであったが、そのころはむしろ岡潔が左翼の砂を噛むような民族の魂を失った議論に愛想がつきた時代に入ってた。受験対策で人気のあった亀井勝一郎や小林秀雄は入試問題に出ても岡潔が出る可能性はなかった。

 日本の哲学は仏教とは無縁の教養で記述されなければなかったことは不幸ではあるが、文明とはそういう一方向のものだから致し方無い。すでに何を学んでもデカルトに始まる合理主義が基礎となっている。まずは無批判に受け入れた西欧的自明、「我思う故に我存立す」。ならば、「我存立せざれば我は思わず」たるかという同値誘導(命題の対偶)が真なるか否かも日本人は受け入れたのか?活字の上では受け入れた証拠しか出てこないが、心の上では受け入れてはいない。
 我が存立しないとはどういうことか。死が最も単純な我の不存立。はたして私の肉体がなくなれば、私は何も思わないか、この疑問は証明の仕方がない。

日本人は伝統として死を個人の精神の終末とは考えていない。死後も近親や郷に魂がとどまる。なにか不始末を起こせば、先祖に死後申し訳が立たないと考えるのがこれまでの日本人、それが霊的日本人の継承してきた人倫の互恵に基づく社会だ。坂本龍馬の後藤象二郎への手紙をみても、同志は死して後再会するという霊の了解を持っていた。霊的な日本人にとってデカルトは受け入れがたい。脳科学が進んだ今は生きていても人格を失う脳障害の事例をあげることができる。たとえば生ける屍、ゾンビのように人格を失えば我は存立しないが、理性的合理的判断はできる(フィニアス・ゲージの記録「デカルトの誤り」アントニオ・R・ダマシオ)。「我存立せざれば我は思わず」という世界を日本人の創ってきた文明は心の底では受け入れてはいない。

デカルトは偽の命題からスタートして西欧哲学を極狭いものに限定してしまったが、とはいえそれも文明である。我々は誤った文明の隘路に嵌り込んでしまったのだ。岡潔の言う仏教の常識の本質が何であるか理解できるであろう。霊的な日本人が世界の文明を救うという先見性の確かさが岡潔に対する私の評価であり、歴史は次々と失われつつある霊的日本人の文明衰退がもたらす諸事件を提示し、50年近い年月を経ても解説は色褪せない。岡潔の先見性に驚いている。

以下は愚痴**

 今のマスコミを領導する団塊の世代以降の敗戦の見識は使い古された被害妄想と有りもしない過去の魍魎の復活を呪うだけで、全く普通の日本の精神を失っている。靖国神社についても侵略戦争史観しか持ちあわせていない。日本人の霊的世界を知らなければ、靖国神社で死後に再会する盟約を了解はできるはずもない。
 河野洋平に至っては、今朝方のTV でも「A級戦犯判決を下した東京裁判を受諾」したという言語を使っている。軍神信仰は日本軍の精神的支柱であった、しかしそういう日本軍は既に存在しない。精神の問題はあっても政治の問題は存在しない。靖国がどうしてこれほど政治問題視するのかということの本質がここ、東京裁判にある。裁判=リンチと捉えるか、裁判=絵踏みと捉えるか、これによって日本政治の中枢に楔をいれ、隙間風に付け入って保守の足並みを割ることができるという戦略が潜んでいる。戦犯がどうのこうのという問題ではない。名目はどうであっても良いのだ。靖国の次は「慰安婦」、「慰安婦」の次は旭日旗なんでも良い。今の政治に民族派の再集結を妨げることができれば理由は何でもよいということが、河野談話の本質なのだ。いまこそ岡潔の「葦牙(あしかび)よ萌えあがれ!」というメッセージが重要なときはない。

ついでながら、「受諾」とは何の受諾であるか河野は英語で調べてもいるまい。かれは民族を迷わす政治家の筆頭にあげられる。これがまさに岡潔が40年前に懸念した日本民族の危機、小我の末路なのだ。

以下は余談**

以下のサンフランシスコ平和条約11条の英文抜き出しをよく見てほしい。諸判決(判決の複数形 the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts)を受け入れているのであって、日本国は東京裁判と呼ばれる国内法で違法な国際的リンチ裁判を認めたわけではない(近代国家が承認する三審制ではない、さらに人道に対する罪の規定は事後法である、何よりも占領と一体で行われた制裁政策であって司法の範疇の裁判ではない、従って占領の終了とともに戦犯という烙印は消滅したのだ)。占領下だから死刑が執行され、恨むところもあるが、諸国の平和のために恨みっこなしとして結果を受け入れたのだ(死刑廃止論者はこの処刑をどう評価するのかね)。

だからこそ、A級戦犯とされた人々は1952年の主権回復の後に名誉が回復されたのだ。この歴史認識と国会決議を抜きに靖国参拝行為を国家主義の発露と断罪することはできない。さらに言えば、違法な裁判を前提とするサ条約は抜本から見直しされなければならない。それによりアジアの諸国民を植民地から解放した偉業は、違法判決と無縁な次の世代が評価してゆけば良い。
<Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan>

そりゃ生き残った岸信介の内心まではわからない。しかし戦争で亡くなった英霊の合祀は外国にとやかく言われる筋合いの政治的問題ではない。なぜ靖国神社を支那朝鮮が試金石にするのか、これが日本国を分断する唯一の成果だからだ。

続く

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