先日、某ノベルズの編集者からいわれたこと。
悲劇は求められていない。エンターテイメントである以上、ハッピーエンドが絶対条件。
だそうです。
かつ、松浦のは全体を通して暗すぎる。ともいわれてしまいました。
そんなに悲観的なものばかり書いているつもりはないのだが。受け手が、悲劇だというのなら悲劇なのだろうよ。
で、自分の企画書を読み返して思ったこと。
ハッピーエンドが絶対条件って、いつの時代のアメリカ映画だよ。
とか思っていました。でも、そんなとき頭をよぎったのが『寅さんシリーズ』です。
マンネリだといわれ続けても結局あれだけ制作されたのは、需要があったから。
これは商業映画なのだから、紛れもない事実。
で、ちょっと寅さんの歴史に触れますと。実は寅さん、最初はテレビシリーズだったんですね。そして、最終回で沖縄に行った寅さんはハブにかまれてお骨になって柴又に帰ってくる。というストーリー。
ところが、これを放送するやいなや、「寅さん、殺すな!」の大合唱。
で、映画シリーズへと続くわけです。
ですから、失恋をするという悲劇は許されるけど、お骨になって帰ってくる、というのはNG、というわけですか。
結論。
ハッピーエンドが絶対条件。は言い過ぎだとしても、失恋(悲劇)はしたけれど今日もどこかで旅の空(救い)が用意されていれば許される。
ということでしょうかね。
悲劇は求められていない。エンターテイメントである以上、ハッピーエンドが絶対条件。
だそうです。
かつ、松浦のは全体を通して暗すぎる。ともいわれてしまいました。
そんなに悲観的なものばかり書いているつもりはないのだが。受け手が、悲劇だというのなら悲劇なのだろうよ。
で、自分の企画書を読み返して思ったこと。
ハッピーエンドが絶対条件って、いつの時代のアメリカ映画だよ。
とか思っていました。でも、そんなとき頭をよぎったのが『寅さんシリーズ』です。
マンネリだといわれ続けても結局あれだけ制作されたのは、需要があったから。
これは商業映画なのだから、紛れもない事実。
で、ちょっと寅さんの歴史に触れますと。実は寅さん、最初はテレビシリーズだったんですね。そして、最終回で沖縄に行った寅さんはハブにかまれてお骨になって柴又に帰ってくる。というストーリー。
ところが、これを放送するやいなや、「寅さん、殺すな!」の大合唱。
で、映画シリーズへと続くわけです。
ですから、失恋をするという悲劇は許されるけど、お骨になって帰ってくる、というのはNG、というわけですか。
結論。
ハッピーエンドが絶対条件。は言い過ぎだとしても、失恋(悲劇)はしたけれど今日もどこかで旅の空(救い)が用意されていれば許される。
ということでしょうかね。