昨日の話にコメントをいただいて、その返信をしている時に、自分なりにもう一段階気づいたことなど。
「隣の芝生は青い」と言いますが、だんだんと格差が広がっていくと青いどころではなくて、芝生のある家とない家だったり、そもそも家がなかったりとなっていくでしょう。
「芝生」と書くとなんとなくぼやっとしていますが、これを「子ども」に置き換えたらどうですか? 「隣の子どもは優秀」とくれば、そもそも子どもいない、家庭がない、という話はいくらでも転がっているでしょう。
そういうときに少し考えなければならないポイントとして、隣人への憎悪ではなく、そういった本当だったら存在したはずのコミュニティが分断されることで得をしているのが誰なのか、ということがあるような気がしています。