乙女高原、小さな哺乳類(なかま)たちの暮らしぶり
北垣さんをお招きして、17回目の乙女高原フォーラム開催
1月28日(日)11時半がスタッフ集合時刻だったのですが、それより前に集まってくださった方がとても多く、少しずつ準備を進めてくださったので、集合時刻にはだいたい仕事は片づいてしまいました。会場の後ろには県のFSC森林管理認証の展示、乙女高原ファンクラブの報告書や会報の閲覧場、北垣さん関連本のコーナーなどをしつらえました。
垂れ幕や横断幕の準備、パソコンの準備、受付の準備を済ませ、参加者を待ちました。
開会行事は市観光課・穐野課長さんの司会で始まりました。高木市長さんのあいさつは、前半は事務方が考えた原稿でしたが、「さて、ここまでは用意してもらった原稿を読みましたが・・・」と、後半は自分のコトバで乙女高原とご自分との関わりや乙女高原を保全する意義をお話してくださいました。
ここからは植原がバトンを引き継ぎ、三枝さんから「ファンクラブの活動報告」、山本さんから「乙女高原自然観察交流会と夏の案内活動の報告」という2つの報告をお聞きしました。続いて、今回が初めてとなる「乙女高原フェロー」の認定式です。「乙女高原の活動に10回参加してスタンプをもらう。ただし、遊歩道作り・草刈りボランティア・フォーラムは必ず参加」というのが乙女高原フェローです。もっとも、今年度、草刈りボランティアは雪のため初めて延期しましたから、延期された草刈りへの参加者だけでなく、事前申し込み者も草刈りボランティア参加者として認めることにしました。今回、栄誉ある「初フェロー」として認定される方は6人いたそうです。代表して岡崎さんと鈴木さんに、代表世話人である三枝さんから記念品であるマグ・ボトルが贈られました。
その後、植原から「乙女高原で見つかったナゾの地上巣という報告をしました。あとに続く北垣さんのお話の前座となるお話です。じつはそれ以前にも見つけたことはあったのですが、2016年の草刈りボランティア時に、草の繊維を細長くちぎって丸めてできたフワフワの巣が見つかり、大盛り上がりになりました。その後の観察で、乙女の草原内に50個以上の巣が見つかりました。私たちは、その巣がカヤネズミのものではないかと疑いました。カヤネズミはカヤ原に住んでいて、大人の体重が500円玉と同じくらい。日本で一番小さなネズミです。カヤネズミはススキやオギなどいわゆるカヤの茎の上に、草を細長くちぎって丸め、まるで「ソフトボールが空中に浮かんでいる」ような巣を作ります。乙女高原で見つかった巣はススキの株の根元に作られた地上の巣ではありますが、形といい大きさといい、茎上の巣に酷似しています。それに、外国の本には「カヤネズミの巣の探し方」として、カヤ株の根元を広げてみるようにとあります。カヤネズミの分布域をみると、シベリヤや北欧も含まれ、冬の厳しい乙女高原で見つかってもおかしくないと思われます。また、乙女高原と同じような富士山麓のススキ草原で、カヤネズミの巣が見つかっています。
巣の主がカヤネズミであるかどうかを確かめるために、巣の中をたんねんに探して見つけた糞をDNA分析したり、草原の中にトラップを仕掛けてネズミを捕獲しようとしたりしています。まだ結果は明らかではありません。カヤネズミがいるかどうかもはっきりしませんし、巣の主がカヤネズミでないとしたら、いったい誰なのかもはっきりしません。それで、多くの皆さんとこの謎を共有し、一緒に調べていきたくて、今回のフォーラムのテーマにしたというわけです。
さて、いよいよ北垣さんのお話です。小林さんにプロフィールを紹介していただいた後、動物たちの画像(なんと動画もあり!)を見せていただきながら、北垣さんのお話をたっぷりお聞きしました。
北垣さんのお話が終わったところで、会場からの質問に答えていただき、マイクを司会の穐野さんにお渡ししました。お礼のあいさつはファンクラブ代表世話人の三枝さんから。熱のこもった長いあいさつでした。そして、諸連絡を芳賀さんにしていただき、フォーラムのプログラムを全て終了しました。会場の片づけを終え、部屋を移して茶話会を行いました。20人くらいの方が参加してくださり、お茶を飲みながら、楽しく情報交換をしました。参加してくださった皆さん、ありがとうございました。(植原)
北垣憲仁さんのお話 「小さななかま(哺乳類)たちの暮らしぶり」
ここから先は北垣さんのお話を再現します。とはいえ、聞いていてよく判るお話でも、そのまま文章にしたら、判りにくくなることがあります。そこで、北垣さんのお話の主旨は変えずに、読んで判りやすいように植原が少し編集しました。従って、以下の文章の文責は植原にあります。
今日の私のお話ですが、まず、現場で観ると何がおもしろいのかといったことをお話しようと思っています。動物の行動や生態の研究は、飼育すれば判ってしまう部分が確かに多いのですが、わたしはそれをしません。それはどうしてか? 非常に長い時間がかかってしまうのですが、なんでわざわざフィールドで観ることに意味があるのか、また、楽しいのか。何が大切なのか。そんな話をしたいと思います。二つ目に、乙女高原と周辺の生きものたちをご紹介したいと思います。当然、乙女高原とその周辺には大型の哺乳類も生息しています。ですが、今回はモグラの仲間とネズミの仲間をご紹介したいと思います。日本のモグラとネズミは種類が豊富で、それは日本の哺乳類の特徴なんです。そして、三番目に乙女高原の草原にあった巣についてです。だれがつくったのかも含めてお話します。最後に、身近な哺乳類を観察する魅力の話をします。私は特別珍しい動物を研究しているわけではありません。ごく身近な、あまり関心を持たれないような、場合によっては嫌われたりする生きものを観察しています。そんな身近な、ありふれた哺乳類を観察する魅力をお話したいと思います。
■1――フィールドでの観察の楽しみ
大学に入ったばかりのころは、私も研究者というものに憧れが強くて、動物を捕まえて、そこの森に何頭ぐらいいるかを計算したりするのが面白い・・・という時期がありました。でも、途中であんまり面白くなくなってきたんですね。どうしてかというと、トラップというわなをかけていくのですが、当然、中に哺乳類が掛かります。やっていると、捕まえるのがうまくなりますが、それ以上のことはありません。小さな動物ですから、トラップに掛かると2~3時間すると餓死してしまいます。精神的にも混乱し、死んでいくわけです。だから、2時間おきぐらいに見回らないとダメなわけです。そうすると、周りの森の様子や風の冷たさや匂いなんかを感じながら楽しむということはとてもできません。集めること、捕らえることに集中するからです。当然、捕まえた動物のことはよくわかります。だけど、森を楽しむことはできない-そこにジレンマを感じました。
私が大学に入って最初に関心を持った動物はカワネズミです。名前にネズミが付きますが、モグラの仲間です。標本しかなく、実際に自分の目で見たことはありませんでした。しっぽが長くて、川の中で暮らしているらしいといった情報しかありません。福島でサンショウウオ漁をやっていると、しかけの中にカワネズミが入るらしいという話を聞いたので、授業を休んで行ってきました。そこでの経験が、その後の私の見方考え方を変えていきます。
山の中の川に沿って歩いていきます。地方に行って、人について山を歩くのは初めての経験でした。動物を研究しているくせに、山を歩く経験はあまりなく、山の歩き方を知りませんでした。山の歩き方を教えてもらったのは、この漁師さんからでした。いつも山を歩いているので、当然、どこを歩けばいいか知っています。自分の山に慣れ親しんでいるので、いろんなものが見えています。この植物は○○で、この植物は食べられるとか。それだけでなく、今年はネズミが多そうだから、この先でキツネがずいぶん出没しているはずだなど、先のことも読めているんですね。そういうことを聞いているうちに、森を歩く楽しみというのは、「慣れ親しんでいくうちに、いろんなことが見えてくることだ」と教わりました。これが「フィールド」なんだと私は解釈しました。そして、自分のフィールドを大切につくっていこうと思いました。ですから、この時以来、動物を捕るのはやめました。
漁師さんは生活の一部が山を歩くことですから、山での経験が生活に生きているわけです。自分が学んだことが生活に生きてくる・・・これもすごいなと思いました。ともすれば、普段の生活と自然とは距離があるので、自分の生活の中に自然の中での経験を活かすことがなかなかできないのですが、この時初めて、自然での経験、自然から学んだことを自分の生活に活かすことの大切さを学んだ気がしました。それは、抽象的な「自然との共生」といった言葉ではなくて、自然とどうやったらうまく生きていけるかということを実践できる人間になっていくことだと思いました。
漁師さんは川の中にわなをかけていきます。サンショウウオは産卵のために川を下ってきて、わなに入るようになっています。ハコネサンショウウオです。漁師さんはこれを生活の糧にしていて、いなくなると生活できないわけですから、サンショウウオを守るためにはどうしたらいいかを、日々の暮らしの中で実践されているわけです。小さなものは逃がすとか、川の中の浮き石は踏まないとか。浮き石の下にはサンショウウオがいますから。石は石なんですが、本人はちゃんとその意味を読み取って、適切な行動を取っているわけです。すごいなと思いました。私は、捕るのはもうやめて、じっくり観て、生き生きとした姿を観察する研究スタイルにしようと思いました。
そこで、フィールド(=いつも通える場所、慣れ親しむ場所)を作ることにしました。いきなり土地を借りて小屋を作りました。大学3年の時です。研究って一人ではできないんだなと実感しました。土地を貸してくれる人や小屋の作り方を教えてくれる人がいないとダメです。いろんな人の協力があって、初めてフィールドができるということを学びました。今もここに通って、観察を続けています。ただ、ここは森の中ですので、それだけでは飽き足らなくなって、今度は草原の動物も観察したいと思い、休耕田を借り、納屋を改造して、観察小屋にしました。カヤネズミの観察をしているフィールドです。これらの小屋に寝泊まりしながら動物の観察をしています。
フィールドを持つことによって、いろいろなことが見えてきました。それまで、私はトラップで動物を捕ることに夢中になっていましたが、その時には見えなかったいろいろなことが目の中に入ってくるようになりました。つまり、自分の感覚がいかに鈍っていたかを思い知らされたわけです。カヤネズミのはやにえ(モズがカヤネズミを捕まえ、木の枝に刺しておいたもの)を初めて見つけました。モズにはカヤネズミがちゃんと見えています。私には見えていません。昼間、枝に止まっているコウモリも初めて見ました。それまで、見過ごしていたと思います。こんなに面白いものがたくさんあるのに、私は気づかず、見つけられずにいたんです。それが、少しずつ自分が世界とつながっているのを実感できるようになってきました。それがフィールドの面白さだと思います。
二つに割れたクルミの実がありました。リスが割って食べた跡です。本にも出ています。それは縦に割っていますが、横に割って食べた跡も見つかります。リスが食べたかどうか判りません。いったい誰がどんなふうに割ったのか・・・?
巣箱の中にムササビの親子がいました。親が仰向けで寝ています。赤ちゃんも、仰向けで寝ていました。動物が仰向けに寝るのは非常に珍しいです。お腹を見せるというのは非常に危険な行動です。お腹は一番柔らかい部分です。天敵にやられれば、間違いなく死んでしまいます。だから、普通、動物はお腹を見せる行動はしません。ですから、このムササビの仰向け行動は訳あってのことだと思います。まず、巣の中が安全だということを親が認識していること。それから、ムササビは平べったいですから、仰向けになると授乳しやすいということがあります。膜には縁がありますから、ムササビの子がそこから落ちないという利点もあります。しっぽもふとん替りをしています。子どもにかけてやっています。ルーズな寝方に見えますが、合理的・効果的な寝方なんですね。
このように自分のフィールドを決めて、何度となく訪れるうちに、普段気づかなかったことを教えてもらえます。世界がだんだん広がっていく感じです。一気に広がるという感じではありません。毎日毎日わくわくする発見があるわけではありません。地味なんですけど、少しずつ、世界が広がっていく感じです。本日の乙女高原の報告を聞いていても、世界が広がっていくのを感じてらっしゃるんだろうなと思いました。
■2――乙女高原とその周辺の哺乳類
フィールドでの観察を手間の掛かる手法でやっていますので、あまりたくさんのことは判っていないのですが、観察の面白さも含めてお話させていただきます。合わせて、私の経験をもとにした観察の方法もご紹介します。
◎カワネズミ
乙女高原に川はありますか?当然、カワネズミも住んでいると思います。水が滝のように流れていて、淵があり、また滝がある・・・というのを繰り返しているようなところです。カワネズミはそんなところに住んでいると教わったので、そんな場所を都留で探しました。そのうち、川岸の石の上に糞がまとまってあるのに気づきました。顔を近づけると強い臭いがします。臭いだけでカワネズミと断定できないので、夜、行ってみました。そうしたら、糞をしているカワネズミに出会えました。なぜ川岸の石の上にまとまった糞をするのかは謎ですが、この糞はカワネズミがいる証拠です。川岸を探すと点々とありますので、ぜひ見つけてみてください。
モグラの仲間なのに動きが速いです。モグラと同じでカワネズミって目はほとんど見えないのに、ちゃんと魚を捕まえます。目はほとんど見えないのに、なぜ自分と同じくらいある魚を捕まえられるか不思議です。魚に一度食らいついたら離さず、魚が弱るのを待ちます。陸上だったら餌を捕まえたらすぐに持ち運べばいいのですが、水中という不安定な場所ではそうはいきません。カワネズミの狩りの知恵とも言えます。また、定説だと魚の頭を捕まえることになっていますが、魚のしっぽに噛みつくのも見ています。どこでも噛みついたら離しません。このような行動や生態は飼育していたら判らないですよ。飼育するとカワネズミはストレスを感じて、死んでしまったり、異常な行動を取ったりします。どうやってカワネズミが川の中で魚を捕っているのかを知ろうと思ったら、「観る」ことが必要です。
カワネズミの狩りの様子を観察しやすくする装置を作りました。といっても単なる水槽です。水槽の中に川の水をパイプで引き入れて、魚を入れておき、カワネズミが来るのを待つ・・・というただそれだけです。カワネズミの観察を始めて10年目もたってから、水槽を使えばいいことにやっと気づいたのです。これを使うとカワネズミがどうやって魚を捕まえているかがよく判ります。カワネズミが登れるように水槽の横に斜面を作りました。それを登ってカワネズミがやってきます。みると、鼻先のひげが立っています。このひげが重要なのです。水中でもひげが開いていて、アザラシのようです。目はほとんど見えませんから、おそらく、鼻やひげの力を使っているのだと思います。
カワネズミが来るのを水槽の前でみんなで待つという観察会も行っています。待つ時間はまちまちなのですが、実際に見えると感動しますよ。彼らが住んでいる実際の場所で、風を感じながら観ていると、その生きものがどういう力を持っていて、それをどのように発揮するかが本当によく判ります。
◎ヒミズ
皆さんの親指くらいのサイズです。世界でも最小クラス、カヤネズミと同じくらい小さな哺乳類です。落ち葉の層にいます。乙女高原の草原にもいるはずです。トンネルを作ります。地面に板があったので、それをどかしたら、ヒミズのトンネルが出てきました。それを応用し、地面にガラスを置きました。そうすれば、その下でヒミズがトンネルを掘っている様子が観えます。モグラも同じようなトンネルを作りますが、大きさが違います。ヒミズは直径3㎝くらいで、モグラはもっと大きいです。毛並みがとてもきれいです。青みがかっていて、金属光沢があり、ビロードのようです。
モグラの仲間は普通ミミズが主食ですが、私たちが置いたヒマワリの種にも十分反応しました。トンネルを進んできたヒミズは途中でバックしてターンします。ここがポイントです。トンネルの中は原則一方通行しかできませんが、トンネルの中でターンできるのは地中生活を送る動物の大きな特徴です。ネズミにはできません。
◎ヒメヒミズ
ヒミズに似ていますが、住んでいる場所が違います。溶岩や岩場です。乙女高原でも標高の高いところにいると思います。大きさはだいたいヒミズと同じですが、ヒミズがお腹をべったりと地面に付ける感じなのに対して、ヒメヒミズは丸っこいです。後ろ足で立つことができます。後ろ足で立つことができるということは、地上に出てくるということです。地面の下も地面の上も両方活用できるということです。大人の親指サイズです。鼻を観てください。ゾウの鼻みたいに見えます。自在に動いて、鼻でものを集めて、つかんで口元に持っていきます。
◎モグラ
冬場にモグラ塚というのができます。見ると、草原の中に塚がまとまっている箇所があります。まとまり一箇所分が一頭のモグラの分です。モグラは縄張りを作るので、一頭の縄張りがどれくらい広くて、どれくらいの量の土を出しているかが判ります。地面の下には広大なトンネルが隠れているはずです。一つのモグラ塚の土はだいたい7㎏。1冬で1頭が1tくらいの土を耕していることになります。モグラは農家から嫌われていますが、本当は地面を耕している動物なのです。モグラのトンネルの断面はまん丸ではありません。ちょっと偏平、楕円形です。それがモグラ類のトンネルの特徴です。指が3本入るくらいだとモグラのトンネルです。関西にはもっと大きいコウベモグラがいて、指4本くらいの直径ですが、乙女にいるモグラは3本です。一方、ネズミのトンネルは断面がまん丸です。どうしてかというと、体のつくりが違うからです。真ん前からみると、モグラは偏平で、その形に合わせてトンネルを掘っていきます。
モグラはいったんトンネルを作った後、そこから天敵が入ってこないように埋め戻しをします。だから、春、乙女高原に行くと、地上に土のかたまりが観られると思います。それらは、たいていモグラが土を埋め戻した跡です。
モグラを観察することはほとんど不可能です。昼間、顔を見せることはないし、道の上を歩いているわけでもないからです。でも、装置を工夫すると観ることができます。モグラ塚を一つ、崩してならします。その上に板を載せます。待っていると、板の下にトンネルができます。トンネルができ始めたら、板の代わりにガラスを置いて、夜、観察すると、モグラの観察ができます。静かに観ていれば、想像とは違うモグラの姿を観ることができますよ。たとえば、トンネルを進んでいる時、モグラの体って、ぐーっと伸びるんですよ。
このようにちょっとした工夫で目の前で野生動物の観察ができます。どうしてこんな工夫をするかというと、動物のほうは無理に出てきているわけではありません。自然な形で出てきているわけです。観察する動物にあまりストレスを与えず、相手の生き方を尊重しながら観察することができるのです。ただ、私たちがフィールドに出ること自体が動物たちにとってはストレスになるので、入り方や付き合い方を考えなくてはなりません。私たちの課題です。
◇ネズミの仲間
ネズミの仲間は非常に種類が多いです。哺乳類はだいたい4000種くらいいますが、そのうち40%、1600種くらいはネズミです。日本には17種類もいます。ネズミの特徴は暮らしている環境の多様さです。土の中にも、草原にも、樹上にもいます。もう一つの特徴は食べ物の幅広さです。木の実、草の種。雑食。それから、多産であるというのも特徴の一つです。
草原に住んでいるネズミは、おもに3種類だけです。カヤネズミ、ハタネズミ、沖縄にいるハツカネズミ。家の中に入ってきたネズミというのもいます。クマネズミ、ハツカネズミ、ドブネズミ。嫌われ者ですが、ネズミの中のパイオニアです。もともと野外で暮らしていたものが、人の暮らしの中に入ってきて、生活を成り立たせています。
ネズミは見分けるのが難しいです。私も始めのころは判りませんでした。でも、見慣れると判ってきます。ヒメネズミは体に比べ耳や目が大きく、鼻がとがっています。アカネズミは、ヒメに比べ鼻面が太い感じがします。シャープな感じではありません。感覚的なんですが、見慣れると、区別がつくようになります。
◎ヒメネズミ
木登りが得意です。乙女高原の林の縁に生息し、草原の中にも入っていると思います。親指よりちょっと大きいくらいのサイズです。ヒメネズミはツリバナの実が大好きです。ツリバナは赤い実を付けますが、その下で待っていると、ヒメネズミがやってきます。両手でツリバナの実を取ります。ネズミの仲間は必ず両手でものを取ります。
ネズミが賢いかどうか迷路を使って行う実験があり、ネズミはあまり知能がないと評価されています。ですが、フィールドで観ていると、適切な枝を選んで、どうすれば実を取れるのかしっかり判断しています。ネズミの暮らす環境に置かれれば本来の能力を発揮します。本来の環境と切り離して実験するのはあまり意味がありません。切り離されて迷路の中に入れられても、ネズミは混乱するばかりです。それで本当の能力を計ろうというのが無理です。自然の中で観ることにこそ意味があるんだと思います。ツリバナの食痕が見つかったら、ヒメネズミがいるなと思ってください。
◎アカネズミ
日本固有種。歯がちょっと赤いのが特徴です。ウサギなども似た形の歯をもっていますが、赤くはありません。赤いのは、歯のエナメル質に鉄の成分が入っているからです。門歯は伸び続けるので、固いものを齧り続けなければなりません。食事をする場所は決まっていて、木の根元などの空間です。そこにクルミの実がかたまってあったら、食事場所です。
クルミの実に丸い穴を開けて中身を食べます。クルミの実を二つに割って食べるリスの食べ方と違います。アカネズミの場合、クルミに必ず2つの穴を開けて、中身を食べます。しかし、ウメの種の場合、1つしか穴を開けません。ウメの種と違ってクルミの実の中には仕切りがあります。仕切りに当たると、その裏にまだ食べ物があると判るんでしょうね。いろんな実を集めると、こういったことが判ってきます。そして、ネズミの賢さに改めて気づかされます。
◎カヤネズミ
カヤネズミの巣は草原に作られます。おもしろいですね。これだけたくさんのネズミがいながら、草原をすみかとしたネズミは日本では3種類だけです。草原で暮らすことは、小さな哺乳類であるネズミからみると、森の中で暮らすようなものです。身を隠すこともできます。葉っぱの上に出てくるには、体を軽くする必要があります。哺乳類は昆虫とは違って、一般的に体を大きくする方向へと進化してきました。でも、カヤネズミは逆で、体を小さくしました。そうやって草原で暮らしていけるようになりました。
アカネズミやヒメネズミと違って、体のラインから耳がはみ出ていません。 しっぽが長くて、何かにつかまったら、そこを支点にして、体をブランコのようにすることもできます。とても機能的なしっぽです。
目が前を向いています。森の中の動物はたいがい目が前に付きます。ムササビは特にそうです。木までの距離を正確に計らなければならないからです。人間も同じですよね。立体視しています。カヤネズミの目が前に付いていることから、カヤネズミにしてみれば草原ではなく森に住んでいるようなものだろうと思います。
カヤネズミの子は毛並みの色が濃く、赤っぽいです。本当に暑い時期、7月下旬とか8月上旬になると、草原に出て、葉の上でひなたぼっこしています。草原の中をゆっくり歩くと、見つけることができますよ。
カヤネズミを観察していると、おもしろい行動に出会えます。動いたり止まったりを繰り返します。普通のネズミとちょっと違います。一瞬止まる行動をフリーズといいます。向こうからアカネズミなんかがやってくると、本当に体の動きをピタッと止めます。息を殺しているようです。樹上に生きる動物、たとえばリスもフリーズをします。天敵がやってきたりすると、ピタッと動きを止めて、身を隠します。お尻をこすりつけるような行動をとることがあります。何をやっているのか、どんな意味があるのか、よく判りません。リスもやるんです。木の上にペタッとなってお尻をこすりつけます。匂い付けではないかと思っています。観察中に、私が大きな音を立ててしまったことがあります。すると、カヤネズミはポロッと落ちてしまいました。これは、天敵が近づいた時にとる、緊急避難の行動です。しっぽを草に巻き付けることができますから、取りたいものが下にあっても、上手に取ることができます。
カヤネズミは普段は草の実などを食べています。タンポポの種が大好きで、カラスノエンドウの種も食べます。昆虫を食べるという記録もありますが、私はまだ観たことがありません。フィルムケースに小鳥用の餌を入れて、そこに出てきたカヤネズミを観察することがあります。アカネズミなら一晩で1ケース分食べてしまいますが、カヤネズミは上の方5㎜ほど食べたらもう満腹です。逆に、食べた量からカヤネズミかどうかを推定できます。不思議ですよね。小さな植物の種を食べながら、寒い環境でも暮らしていける小さな哺乳類というのは、いったいどういう暮らし方をしているんだろうと思います。本当に謎が多いです。
冬の間は土の中にいます。私が観察していると、土の中から出てきます。ただし、カヤネズミはトンネルを掘れるような体のつくりをしていないので、どのように他の生きものと共存しているのか、棲み分けているのか、よく判りません。私がフィールドにしている草原にはカヤネズミの他にアカネズミやハタネズミが住んでいます。ときどき、ヒメネズミやドブネズミもやってきます。いろんなネズミたちが入り乱れていますが、その中でどうやって暮らしを成り立たせているのか、まだよく判りません。
◎ハタネズミ
ハタネズミのトンネルは断面が直径3㎝くらいの丸いトンネルです。ハタネズミはトンネルを掘ります。農家の方がよく「野菜を食べられた」とおっしゃいますが、モグラではなくハタネズミです。ハタネズミは野菜が大好きです。ハタネズミはササが生えている下によくトンネルを作ります。ハタネズミの発生には波があって、大発生する年があったり、まったくいない年があったりします。巣は土の中にあります。巣にはササの葉を取り込んで裂いています。そんなに細かくは裂いていません。私はハタネズミが葉を細かく裂いて作った巣というのを観たことはありません。ハタネズミの体の特徴はしっぽが短いことです。色はバリエーションがあり、褐色が強かったり、グレーが薄かったりします。目や耳は小さいです。ハタネズミは日本にしかいないネズミです。
ハタネズミに似たネズミに、聞き慣れないと思いますが、スミスネズミというのがいます。昔はカゲネズミと言われていました。住んでいる場所が重なることもあるので、もしかすると、乙女高原にもいるかもしれません。スミスネズミは、よく見るとハタネズミとは違います。色はバリエーションがあるので、識別の決め手にはなりません。ハタネズミに比べて、目も耳も少し大きいです。前から見るとまん丸で、しっぽが長いです。あんまりものおじしないので、こっちが静かに観てさえいれば、わりと簡単に出てきてくれますし、自然な行動が観察できます。岩の隙間や木の下が大好きです。
■3――乙女高原で見つかった巣のナゾ
巣の作り方は動物によってだいたい決まっていますが、バリエーションがありますので、見つかった巣が何なのか決めつけるわけにはいきません。哺乳類は自分の巣を大切に作りますから、ムササビのような大きな哺乳類でも、スギやヒノキの樹皮を細かく裂いて、自分たちの寝床や子育てのベッドにしています。保温性が高くて、快適な巣です。 ヤマネは巣の中にスギの樹皮やコケを入れて作ります。鳥の巣箱を掛けておくと、中に落ち葉がいっぱい入っていることがあります。ヒメネズミの巣です。ヒメネズミは、中で巣材を細かく裂くことはありません。落ち葉を持ち込んで、そのまま保温剤として使いますので、葉を裂いて巣を作るカヤネズミとは違います。
カヤネズミの巣は、イネの葉で作られることもあります。スゲにも作ります。ハンモックのような巣です。出入りする穴がありますが、ヘビなどの天敵が入ってきても逃げられるように、1つではなく2つの場合が多いです。3つ作ることもあります。中にススキの穂を入れることがあります。しっかりした二重構造で、外はススキの葉、内側はススキの穂の巣です。ここで子を産み、育てます。
乙女高原に似た草原である富士山麓の梨ケ原では、毎年ではありませんが、野焼きをします。野焼き後に探すと、乙女高原で見つかったのと同じような巣が見つかります。土の中で見つかることもありますし、ススキ株の内側で見つかることもあります。地上に出ている巣もあれば、半分埋もれているものもあります。地下に埋もれている巣には出入りするための穴が開いています。そして、不思議なことに、まわりにトンネルがあるんです。繰り返しになりますが、カヤネズミはトンネルを掘ることができません。
富士山麓で見つかる巣には、特徴があります。第1に、見つかる年と見つからない年があるということです。見つかる年にはまとまってたくさん見つかるのに、翌年、同じように見つかるとは限りません。第2に、地上にできた巣と半地下にできた巣がありますが、半地下にできた巣の下にはトンネルがあって、巣の穴とつながっています。その巣は、秋から冬にかけて作られるようです。夏は見つからないのですが、あまりにも草が繁ってしまって見つからないのかもしれません。でも、秋になると見つかります。一方、梨ケ原には地表の巣はありますが、ススキの上の方にはできません。この5年間で茎上巣は1個しか観ていません。どんな動物がこれを使っているのか観察して確かめました。地上の巣を使っていたのはカヤネズミでした。しっぽが長く、目が大きくて、子どもではなく大人の毛色でした。一方、半地下の、下にトンネルができていた巣をどんな動物が使っているかは、まだよく判りません。ナゾです。
■4――身近な哺乳類を観察する魅力
私は、このような時間がかかる方法、原始的な方法でしか観察してこなかったので、皆さんにその魅力をあまり伝えられなかったかもしれませんが、哺乳類は感情移入しやすくて、気持ちを読み取りやすいということがあります。それから、誰でも参加できます。観ればいいのですから。別に学問に寄与しなくてもいいわけですから。
自分の感覚が観察によって鍛えられていくと、楽しい世界が広がります。私も、どちらかというと、研究というよりも、喜びを感じる方に主眼を置いています。レイチェル・カーソンが「センス・オブ・ワンダー」と言っていますが、「神秘な驚異に目を見張る力」とでもいうでしょうか、そんな感性を、私は動物の観察を通して鍛えていきたいと思っています。私自身の感性がにぶっているので、他の方々と一緒に観察して、学びあいたいと思っていて、それが支えとなって、いろいろな観察の工夫をしてきました。まだまだ課題はありますが、どうしたら、相手の生活を脅かすことなく、その不思議な世界に近づくことができるのか、それを通して、自然とのうまい付き合い方を考えていくというのが、私が考えているフィールド・ミュージアムというものです。そんなことを皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。
私は、これからも乙女高原の活動に刺激を受けながら、私自身のささやかな取り組みも継続させていきたいと思っています。せっかく皆さんとお会いできたので、また、どこかでお会いしながらお話できるといいなと思っています。大学ではムササビ観察会もやっていますので、ぜひ一緒に観ましょう。ありがとうございました。
◆Q:スズタケ(笹)の花が咲くとネズミが増えて、天敵であるフクロウやキツネが増えるということを聞いたことかありますが、研究事例はありますか?
A:笹の花が咲くと、その年の秋からハタネズミの仲間が増えるという記録はあります。その翌年に地面から出てきた笹の茎を見ると、上部が齧られたものが出てきます。鋭い食べ跡ですが、ノウサギのものとは違います。そんな観察をしてみたらいかがでしょうか。
◆Q:モグラは太陽の光を浴びると死んでしまいますか?
A:じつは今日、モグラの剥製を持ってきているのですが、それを出すのを忘れていました。観てみてください。梨ケ原で観た巣も持ってきました。乙女高原のものと同じではないでしょうか。モグラが日を見ると死んでしまうというのは事実ではありません。モグラが路上で死んで転がっていることがあるのは、モグラは単独性なので、子どもができて、大きくなると、親のなわばりから離れて、自分の縄張りを作るようになります。その移動している間に、キツネにやられたりするからです。トンネルを掘って、一から自分のすみかを作っていくのはすごい労力です。だから、モグラは自分で作ったトンネルをとても大事に使います。
◆Q:もし、本当に乙女高原で見つかった巣がカヤネズミのものとすると、どうして、ぼくらのフィールドで見つかる巣はカヤの上の方で、乙女高原のは地表なんでしょうか? あと、コウモリの種類を知りたいです。
A:ススキの上に作るのが一般的なカヤネズミの巣です。ところが、標高が高くなると、そうではないようです。それが不思議です。梨ケ原は広いススキ草原ですが、上に作られた巣は一つしか観ていません。また、(その地域にいる)全てのカヤネズミが巣を作るのか疑問に思っています。観察していると、カヤネズミの姿をよく観るのに、まわりに巣がないということがあります。カヤネズミの巣を見つけて、それがカヤネズミのいる証拠だとすることが一般的ですが、巣がなくてもカヤネズミがいることもあるということです。おそらく、全てのカヤネズミが巣を作っているんじゃないと思います。また、標高が高くなると、ハタネズミの作る巣も、標高の低いところの巣とはまた違ってくるかもしれません。それは歩いて観てみないとわかりません。それがフィールドの楽しみです。観察していると、図鑑や研究書に書かれていることと違うことっていっぱいあって、だからこそ、発見や驚きにつながります。本に書いてあることをそのまま受け入れてしまうと、そういうものだと思ってしまいます。「どうして?」といった疑問が新しい発見につながります。ぜひ、いろいろなフィールドに行って、じっくり観てみてください。そして、観たことを私に教えてください。
コウモリの件ですが、キクガシラコウモリは洞窟などに傘を逆さまにしたような形で止まりますので、違います。でも、何コウモリかはわかりません。