今年の「花と昆虫のリンク」調査は、結局8月8日、8月29日、9月12日の三日、行いました。私たちは調査用紙に「花に止まった虫」を端から全部書いただけですが、それを高槻先生(元麻布大野生動物研究室教授)が分析し、考察を加えてくださいました。以下は8月8日の調査結果とその考察です。
乙女高原に訪花昆虫が戻ってきた – 2013年との比較 –
高槻成紀
<はじめに>
私は乙女高原に柵ができる少し前、つまりススキが多く、きれいな草原の花が少なかった頃に学生の加古さんに訪花昆虫の調査をしてもらいました。私は植物も動物のつながり(リンク)が重要だと思っています。訪花昆虫とは花(昆虫が花粉を媒介するので虫媒花という)に来て蜜を吸い、その時に花粉を受け渡しする昆虫のことで、花は訪花昆虫なしに受粉はできないし、訪花昆虫も花なしには食物を得ることができませんから、長い進化の過程で花と昆虫双方に形や行動の特殊化が起きたことが知られています。加古さんが調べた結果、乙女高原の草原部分では1000 m歩いて大体100ほどの訪花昆虫が観察されていました。
<方法>
2015年に柵ができてから、確実に虫媒花が増えたのはご存知の通りです。訪花昆虫の調査をしたいと思い、植原さんに連絡をとって8月8日に調査をすることになりました。植原さんのほか、井上さん、鈴木さんが参加してくれました。
乙女高原には歩道があるので、100mの巻尺を張り、右側幅2mの範囲内の花に昆虫が来ていたら、それを時刻と距離とともに記録しました。昆虫は以下の10群に分けました。
ハエ、アブ、アリ、カメムシ、甲虫、ガ、チョウ、
ハチ(マルハナバチ以外)、マルハナバチ、不明
<全体の傾向>
訪花昆虫が見られた花は26種、訪花昆虫の総数は859匹でしたから、2013年に比べて「激増」しました。訪花昆虫の数はヨツバヒヨドリが最も多く、260匹も来ていました。次はシシウドの102匹、ノハラアザミの72匹などが続きました。昆虫の数の合計を見ると、アブが209匹、ハエが192匹で、この2つ(双翅目)を合わせると401匹に達しましたから、これが半分近くでした。次が甲虫で151匹、マルハナバチが147匹でした。
<人気の花>
このうち訪花昆虫数が50匹以上と特に多かったトップ5を取り上げました。オミナエシとヨツバヒヨドリはハエ・アブが大半を占めていました。一方、ノハラアザミはほとんどがマルハナバチでした。この間にチダケサシとシシウドがあり、チダケサシでは半分くらいが甲虫で、シシウドはハチ、甲虫、ハエなどが3分の1くらいを占めていました。
<2013年との比較>
今回の結果を2013年の加古さんのデータと比較してみました。2013年に記録された花の種数は18種ですから、今年の26種は44%増しということになります。歩いた距離が違うので、距離を揃えると2020年は2013年の8.8倍も増えていました。
ヤナギランとオオバギボウシは、私は去年まで花を見ていないので、今年花を見ただけでなく、訪花昆虫も確認したのでとても嬉しく思いました。このほかにも2013年に記録されず、今年記録されたものがありました。
2013年と2021年の昆虫全体の内訳を見るとどちらもハエ・アブがほぼ半分、マルハナバチが20%ほどでした。
<花ごとの比較>
訪花昆虫が多かった2種に来た訪花昆虫を2013年と2021年で比較すると、ヨツバヒヨドリではハエ・アブが、ノハラアザミではマルハナバチが多く、その割合は両年でほとんど違いませんでした。当然と言えば当然ですが、確認できて納得できました。
<感想>
このように乙女高原がススキ原のようになっていた2013年に訪花昆虫の調査をし、その後2015年11月に柵が完成し、野草が回復してきました。植物が回復することは、同時に花と昆虫のつながり(リンク)が回復するということです。昆虫が増えればそれを利用する小動物も増えるなどさらなるリンクが生まれるはずです。豊かな乙女高原が戻ってきたことが確認できてとても嬉しく思いました。
最も印象的だったのは、やはり虫媒花が増えたで、記録に忙しくてなかなか進めない場所もあったほどです。それにしても、花に囲まれてハチの羽音を聞いているのは至福の時間という気がします。参加したみなさんも花も昆虫もそれに「調べること」も好きなようで、楽しい時間でした。
私が早く終わったとき植原さんが記録を続けていましたが、「あ、トラだ」などと独り言を言っているのがおかしかったです。
持ち帰った34枚の記録用紙(1枚に30の記録がある)のデータをパソコンに打ち込みます。なかなか大変ではありますが、このデータからどういう結果が読み取れるかと思うと楽しみで、入力を始めるとなかなかやめられなくなります。すべての入力が終わると、データを合体させ、例えば「ノハラアザミには何がよく来ていたかな」などと考えてグラフを書かせると予想通りのこともありますし、「あれ、そうだったんだ」と意外なこともあります。数字だけではイメージしにくいので、グラフに描かせますが、クリックする瞬間はワクワクします。
野外調査からデータのまとめまでを通じて、自然で展開されていることが少しでも把握できたと感じられた時、深い喜びがあります。マルハナバチはそんなことには関係なく今も花を訪れているのですが・・・。