求めるべきものは成功ではなくて正義である。
避けるべきものは失敗ではなくて罪悪である。
正しくしようと計るものは敗れても成るだろう。
功を遂げようと願うものに、身を汚辱の淵に沈める
危険がはなはだ多い。
だからもし計画するならば正義を計画せよ、
成功を計画してはならない。
(「一日一生」内村鑑三著 教文館 )
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求めるべきものは成功ではなくて主イエス・キリストの正義である。
それを主の愛に根差したものとするのがフツーのクリスチャンである。
いわゆる「成功」とはわたしたちフツーのクリスチャンにとってはなはだ危険きわまりないものである。
この世はみんなこの「成功」を求めるあまり、「正義」を忘れ去ってしまっているからである。
主イエス・キリストの正義とは、長血をわずらっている女性を同じ人間として愛するような愛、神の愛を言う。
みなし子の父母となり、やもめの訴えを弁護する神の愛をいう。
この愛を忘れ去って何が「正義」なのだろうか?
この愛を忘れ去って何が「成功」なのだろうか?
この愛を忘れ去って何が「愛」なのだろうか?
上記の一文で内村氏が言わんとしていることはこの世の成功を求めるあまり、主イエス・キリストの愛と正義と自由の精神を忘れることなかれ、ということだ。
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