
あなたがたがほしがっても自分のものにならないと、
人殺しをするのです。
うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、
戦ったりするのです。
あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わない
からです。
願っても受けられないのは自分の快楽のために使おうとして、
悪い動機で願うからです。
(ヤコブの手紙第4章 2・3節 )
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上記引用聖句を読んで、自分は悪い動機でものをねがい求めたり
しないと思ってしまう方がいるのではないだろうか。
意外とこのような人は多いいと思う。わたしのその一人である。
だからわたしは充分に話し合いをする。主なる神ご自身とである。
たとえばある物がほしくなったとする。その物はほんとうに自分に
必要なのかを主なる神に教えていただく。そうしてからその物を
手に入れるようにしている。
信仰のない人にとっては、なんという面倒くさいことをするのか
と理解できないことかもしれない。
しかしわたしはこんなものでも主なる神に信仰があるので、まず
神に相談する。
つまりお祈りをするのである。
そうするといろいろなことを教えていただける。
もちろん上記引用聖句のように言われることもしばしばである。
それでもわたしは主なる神にコントロールされたい。
ご支配されたい。
それがわたしの幸せであるから。
父と子と聖霊の御名によって。
アーメン。
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