
妙な言い方ですけれども、神を見たこともない、
そのみ言葉を聞いたこともないけれども信仰が成り立つ。
だからこそ、いつの時代にも、どこにおいても、誰にも、
信仰は可能になると、むしろ言うことができるであろうと
思います。
(「ヨハネによる福音書」加藤常昭説教全集12 教文館 )
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以前にも書いたが人間は誰でも、殺されそうになったり死ぬかもしれない
とうような絶体絶命の窮地に立たされたとき、思わず「神さま、助けて」と
叫ぶのではないだろうか?
その言葉が口からでなくても、そのような人間をはるかに超えた御者に
助けてを求める、そんな心理状態にならないだろうか?
「わたしはそういう大変な目にあっているけれど、そんな心理状態になどなった
ことはない」という猛者がいるかもしれないが。
しかし、しかし、わたしたちクリスチャンに言わせるとそのような強い人は絶対に
いないのである。
無意識のうちでもこの「神さま、助けて」は叫ばれているのである。このことは
真実である。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
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↓:くらいしす。
