2009年4月12日 復活日記念礼拝メッセージ
■タイトル:『前進しよう!-その5 よみがえられたイエス様を知ることにおいて』
■聖書箇所:ヨハネ20:26~29
■中心聖句:
あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。ヨハネ20:27
イエス様は、こういう人のことがお好きでしょうか。
「信じられないなあ。本当かな。大丈夫かな。信用してもいいのかな。まかせて大丈夫かな。」
こういう人はきっといいでしょうね。
イエスさまに好かれそうです。
「イエスさま、信じます」「イエスさま、あなたにたよっていきますよ」
イエス様のことば。
「信じない者にならないで信じる者になりなさい。」
やっぱりそうだ。イエス様は信じる人ことを気に入ってくださって、なかなか信じられない人のことはこう思うに違いない。
「こいつは、だめだ。なかなか信じない。こいつはいかんね。疑い深い。」
本当にそうでしょうか。今日のトマスの出来事を通して、考えてみましょう。
トマスはほかの弟子たちがイエス様にあったと言っても信じませんでしたね。
12弟子の他のみんな(11人-トマスで10名)はイエス様にお会いした。
そして、「イエス様に会った!イエス様はよみがえられた!ハレルヤ!」と言っていたでしょう。
トマスは「手の釘の跡を見て、私の指をそこに入れてみなければ信じません。手を脇に入れてみなければ信じません。」と言った。
トマスは話だけでは信じられなかった。
一日、二日、…、八日目まで、変化はなかった。
しかし、八日目、イエス様はトマスがいるところに現れてくださった。そして、言われた。
あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。(20:27)
イエス様は、信じられないトマス、疑い深いトマスに現れてくださった!!
今日のポイント、
イエス様は、信じられない人のことも忘れてはいない!!その人にも現われてくださる!!
トマスが、指を釘跡に入れてみなければ、手をやりでさされた脇に入れてみなければ信じないというなら、「さあ、指を手の釘跡に入れてごらん。手を脇に入れてごらん。」と言われる。
こんなふうに感じている人はいませんか。
「自分はなかなか信じられない。」
「イエス様の事を分かってきているが、どうしても信じきれない。」
「本当に信じて大丈夫なんだろうか。」
イエス様はそのあなたをよくご存じで、そして、心にとめてくださっている。
そして、必要なら、目の前に現れ、そして、必要なら、指の釘跡を差し出してくださる。
脇に手を入れることさえよしとしてくださる。
もちろん、そうでなければ信じられないというものではない。
信じられるように導いてくださるということ!!
※実は、私たちは、見て、触れて、そして、信じているわけではない。
考えてみてください。
あなたは地球が丸いことをどうして信じているのですか。
地球が丸いのを見たので、そう信じているという人はまずいない。
(見てないから地球が丸いと信じないという人がいてもおかしくない)
触れて信じているということはあり得ない。
確かめるには大きすぎる!!
子供の時、お父さんが教えてくれた。
あの人から聞いた。
この人から聞いた。
本にも出ていた。
そして、自分で納得する時が来る。
イエス様がよみがえられたということ、今も生きておられるということ。
これも同じような面もある。
聖書から教えられる。
メッセージで聞く。
あの人が言った。
この人も言っている。
考える。
悩む。
調べてみる。
参考意見を聞いてみる。
(忘れる。ほっておく。)
また、聞く。
調べる。
悩む。
考える。
…。
そして、ついにその時がやってくる。
「イエス様はよみがえった!!」
「生きておられるんだ!!」
知ってください。
イエス様はよみがえられ、いまも生きておられます。
そして、あなたに出会ってくださいます。
わからせてくださいます。
あなたが疑い深くても、なかなか信じられない者であっても。
イエス様はあなたを心にとめておられます。
■宣言: イエス様、わたしのことも、心にとめてくださっていることを感謝します!
■タイトル:『前進しよう!-その5 よみがえられたイエス様を知ることにおいて』
■聖書箇所:ヨハネ20:26~29
■中心聖句:
あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。ヨハネ20:27
イエス様は、こういう人のことがお好きでしょうか。
「信じられないなあ。本当かな。大丈夫かな。信用してもいいのかな。まかせて大丈夫かな。」
こういう人はきっといいでしょうね。
イエスさまに好かれそうです。
「イエスさま、信じます」「イエスさま、あなたにたよっていきますよ」
イエス様のことば。
「信じない者にならないで信じる者になりなさい。」
やっぱりそうだ。イエス様は信じる人ことを気に入ってくださって、なかなか信じられない人のことはこう思うに違いない。
「こいつは、だめだ。なかなか信じない。こいつはいかんね。疑い深い。」
本当にそうでしょうか。今日のトマスの出来事を通して、考えてみましょう。
トマスはほかの弟子たちがイエス様にあったと言っても信じませんでしたね。
12弟子の他のみんな(11人-トマスで10名)はイエス様にお会いした。
そして、「イエス様に会った!イエス様はよみがえられた!ハレルヤ!」と言っていたでしょう。
トマスは「手の釘の跡を見て、私の指をそこに入れてみなければ信じません。手を脇に入れてみなければ信じません。」と言った。
トマスは話だけでは信じられなかった。
一日、二日、…、八日目まで、変化はなかった。
しかし、八日目、イエス様はトマスがいるところに現れてくださった。そして、言われた。
あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。(20:27)
イエス様は、信じられないトマス、疑い深いトマスに現れてくださった!!
今日のポイント、
イエス様は、信じられない人のことも忘れてはいない!!その人にも現われてくださる!!
トマスが、指を釘跡に入れてみなければ、手をやりでさされた脇に入れてみなければ信じないというなら、「さあ、指を手の釘跡に入れてごらん。手を脇に入れてごらん。」と言われる。
こんなふうに感じている人はいませんか。
「自分はなかなか信じられない。」
「イエス様の事を分かってきているが、どうしても信じきれない。」
「本当に信じて大丈夫なんだろうか。」
イエス様はそのあなたをよくご存じで、そして、心にとめてくださっている。
そして、必要なら、目の前に現れ、そして、必要なら、指の釘跡を差し出してくださる。
脇に手を入れることさえよしとしてくださる。
もちろん、そうでなければ信じられないというものではない。
信じられるように導いてくださるということ!!
※実は、私たちは、見て、触れて、そして、信じているわけではない。
考えてみてください。
あなたは地球が丸いことをどうして信じているのですか。
地球が丸いのを見たので、そう信じているという人はまずいない。
(見てないから地球が丸いと信じないという人がいてもおかしくない)
触れて信じているということはあり得ない。
確かめるには大きすぎる!!
子供の時、お父さんが教えてくれた。
あの人から聞いた。
この人から聞いた。
本にも出ていた。
そして、自分で納得する時が来る。
イエス様がよみがえられたということ、今も生きておられるということ。
これも同じような面もある。
聖書から教えられる。
メッセージで聞く。
あの人が言った。
この人も言っている。
考える。
悩む。
調べてみる。
参考意見を聞いてみる。
(忘れる。ほっておく。)
また、聞く。
調べる。
悩む。
考える。
…。
そして、ついにその時がやってくる。
「イエス様はよみがえった!!」
「生きておられるんだ!!」
知ってください。
イエス様はよみがえられ、いまも生きておられます。
そして、あなたに出会ってくださいます。
わからせてくださいます。
あなたが疑い深くても、なかなか信じられない者であっても。
イエス様はあなたを心にとめておられます。
■宣言: イエス様、わたしのことも、心にとめてくださっていることを感謝します!