2022年7月17日礼拝メッセージ 要旨
■『クリスチャンの責務-寛容な心』(ピリピ書講解説教第37回)
■聖書箇所:ピリピ4:4~6
■中心聖句:ピリピ4:5 あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。
・最近、ジョイホンというお店が小山市で始まりました。
・気になるコーナーが!
・1F、植物コーナー!!
・観葉植物がたーくさん並んでいる!(私の好きなサボテンも!)
・今日はそちらの「観葉」ではなく、「寛容」についての話です!
◇聖書箇所をお読みください。
・原語のイメージ 「寛容、あなたがたの、知らしめよ、すべての人に。主は、近い。」
1.寛容な心で人に接しなさい。
・:5 あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。
・=「寛容な心を示しなさい」
・「寛容な心」、心のあり方が中心!
・形だけではない。行動は大切。しかし、パフォーマンスに片寄りすぎないように注意が必要。
・「すべての人に知られるように」と言っても、見せびらかし、ではない。
※マタイ6:1 人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いを受けられません。
・「すべての人に知られるように」 =すべての人に対して寛容な心を示しなさい
・どのような相手であっても。
・※寛容を示すにあたっても、「神のみこころにそって」という制限はある!
・良い行いをも、神は備えてくださっている。
・神が、「寛容を示せ」と言われる時に寛容を示すことができればそれでいい。
・万能、無制限の徳目ではない!このことも忘れずに!
2.クリスチャンは、その本質から言って、寛容な心をいただいています。だから、寛容な心で人に接しましょう!
・「寛容な心で人に接しなさい」と命じられているが、そうできることが前提とされている。
・考えてみれば不思議ではないか。クリスチャンになったからといって、「私は心が寛容になりました。いつでも、誰にでも、寛容な心で接しますよ」と言えるクリスチャンはいない。(経験が豊かになればなるだけなおさら!)
・イエス様のたとえ話を思い出しましょう。マタイ18:21~35。赦された者は赦すはず。赦された者は赦すべき。(※神は赦しを撤回されるのか?そうではない。赦さない者は、その人自身を牢に閉じ込めてしまう。「赦さないことによる束縛」という牢に。)
・クリスチャンになったということは、一万タラント、赦された、ということ!100デナリを免除するのは当然!
・クリスチャンは、神の寛容さのゆえに、赦された!寛容をもって人と接するのは当然!
・しかし、人は赦されたとわかっても、自分で言い聞かせても、寛容な心を示すことは難しい。
・次の句が力を発揮する。
・:5 あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。
3.「主は近い」、すなわち、「主は近くにおられる」し、また、「主が来られるのは近い」、それゆえ、クリスチャンは寛容な心を示すことができるのです。
・ヤコブ5:7~11 :7 ですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は大地の貴重な実りを、初めの雨や後の雨が降るまで耐え忍んで待っています。:8 あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主が来られる時が近づいているからです。:9 兄弟たち。さばかれることがないように、互いに文句を言い合うのはやめなさい。見なさい。さばきを行う方が戸口のところに立っておられます。:10 兄弟たち。苦難と忍耐については、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。:11 見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます。
・「忍耐」と「受け入れ合うこと」の勧めの箇所。
・その根拠は?
①:8 主が来られる時が近づいているからです。
・主は近いから!主の再臨は近い!
②:9 さばきを行う方が戸口のところに立っておられます。
・主は近い!さばきを行う方として!
③:11 主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます。
・主は近い!慈愛に富み、あわれみに満ちた方として!
・神は、キリストのゆえに、あなたのそばにいてくださいます。
・さばき主として!
・慈愛に富み、あわれみに満ちたお方として!
・イエス様は、やがての日、すべてを精算されるため、もう一度、地上に来られます。
・主は近いのです!
・主は近い。そのことを心に留めて歩む人は・・・
(あ)神様のすばらしさを、身をもって表すことができます。(神の栄光)
(い)神様のすばらしさ、偉大さをさらに深く知ることができます。(信仰の成長)
(う)人々に神様のすばらしさを分かちあうことができます。(伝道)
・主は近い!
・イエス様を信じ、罪の赦しをいただき、神の子どもとしていただきましょう!
・神の子どもとされた者として、寛容な心で人に接する者とならせていただきましょう!
■宣言:神様、あなたのいつくしみとあわれみに満ちた寛容なお方です。そのあなたが、私たちとともにいて慰め、励まし、導いてくださいます。私たちも、寛容な心で人々に接していきます。
付録
■主要観念:クリスチャンの責務は、人に寛容な心で接することです。主がともにおられ、また、再び来られるゆえ、寛容な心を持つことができます。
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