通常変換の誤変換抑止力 - P突堤2でも少し触れましたが、語形変化、助動詞、補助動詞、助詞の介在などによりさまざまに派生した文末表現のかな漢字変換を通常変換によって対応するという記事であまりうまくまとめられずに消化不良気味だったので、論点を整理して再考察してみたいと思います。
テーマの前置きとして、アスペクトとモダリティ、この2つの文法用語について少々説明が必要だと思われるので触れておこうと思います。
<アスペクトとモダリティ>
事象の完成度や時間軸からの視点で、出来事や行為の進行具合・結果などの局面を細かく言い分けるのに使われる概念をアスペクトといい、一般的な分類として完成相・継続相・結果相とがあります。(例:-てある、-つつある、-終える(終わる)など)
誤変換の例:所だ→ところだ 今それが行われている最中または完了したばかりの場面をあらわします。
誤変換の例:て置く→ておく 厳密にはアスペクト表現ではありませんが、文法的な意味としては対象を変化させその結果の状態を持続させること、あるいは必要性・目的性に因って対象をそのまま放置することであり、状態の持続というプロセスが念頭にある概念です。
誤変換の例:て終い→てしまい 実現のアスペクト的機能と意にそぐわない事が起こるというモダリティ機能とが併存している例
発話や認識・叙述において、話し手の主観的な判断・態度をあらわす言語表現をモダリティといいます。モダリティの表現範囲はさまざまで、広く判断認識捉え方に関わるもの(評価・可能性・推量推測・適しているか・必要性・認否見解・様態・伝聞・説明)と発話態度・伝達態度(述べたて・意向・働きかけ問いかけ・命令依頼・丁寧・終助詞で付加されたニュアンス)などがあります。
誤変換の例:位相だ→いそうだ 動詞「いる」の連用形である「い」に、様態の助動詞「そうだ」がついた形
誤変換の例:腹痛い→払いたい 動詞「払う」の連用形である「払い」に、希望の助動詞「たい」がついた形
誤変換の例:渡す麻衣→渡すまい 動詞「渡す」の終止形である「渡す」に、否定の意思の助動詞「まい」がついた形
誤変換の例:明けて暮れ→開けてくれ 動詞「開ける」の連用形で「開け」に、接続助詞「て」が続き(テ形)がつき、さらに授受補助動詞「くれ」の命令形がついた形
さらにこれらの表現は助動詞のほかに補助動詞・複合動詞を多く用いて使われます。これらも必要性があるので説明します。
<補助動詞・複合動詞>
補助動詞とは元の意味から離れて別の動詞に後続することにより補助的な機能をもつ形式的な動詞です。同様のものに補助形容詞があります。
例:ある・いる・おく・みせる・みる・いく・いただく・くる・あげる・もらう など
複合動詞とは言いよどむ・開き直る・ひしめきあうなど2つ以上の動詞が組み合わさったものや名づける・巣立つのように名詞と動詞が組み合わさったものがあり、要素が対等に結合したものから本位的-補助的に結合した組み合わせもあります。同様に口惜しいのような語は複合形容詞と呼ばれます。
複合動詞には決まった組み合わせの結合した種のものだけでなく多種の動詞要素との結合可能性をふんだんに有する汎用性の高いパーツをもつ種もあり補助動詞との類似点があります。典型的な複合動詞を語彙的複合動詞といい自由度の高いパーツを含む文法的な複合動詞を統語的複合動詞といい区別します。
誤変換の例:髪切ったよ→噛み切ったよ 切った(普通の動詞)ではなく噛み切った(複合動詞)まで認識する
誤変換の例:マキナ推し→巻きなおし 推し(推すの連用形転成名詞)ではなく巻きなおし(複合動詞)全体でひとかたまりと捉える・このとき「なおし」の部分はひらがなを使うことに着目
誤変換の例:醜い→見にくい 動詞「見る」の連用形「見」に困難表現の補助形容詞「にくい」がついた形
誤変換の例:気安い→着やすい 動詞「着る」の連用形「着」に容易表現の補助形容詞「やすい」がついた形
ここまで説明してきてわかることはこれらの誤変換(あるいは望まない方の変換)は<属性イ/属性ロ/属性ハ⇔通常変換>間の変換方針の対立が際立って起こるものだということです。
概括してみると通常変換においてはソリッドな動詞・形容詞などの表現よりもより込み入った、モダリティ・アスペクトの味付けの入った、あるいは補助動詞・複合動詞を使ってきめ細かく叙述されたものにより重きを置いて捉えるという傾向があります。
また当然文字数的にも大きなレンジで網を張っている変換にしようとする意識があります。「ならべておく」一つをとっても準備のニュアンスの「並べておく」なのか置き方に焦点をあてた「並べて置く」などの微妙な違いも通常変換/その他の三属性変換で使い分ける事が可能になります。
さらに説明を続けます。口語表現や短縮省略形の表現の変換も悩ましげなことが多く対処が望まれています。どこまですくい取れるかわかりませんが例をあげておきます。
<口語表現>
誤変換の例:無事に遺憾→無事にいかん 「いかない」の口語形
誤変換の例:比肩→弾けん 可能動詞「弾ける」+打ち消しの助動詞「ん」 ※「ない」「ぬ」の口語形
誤変換の例:危険→聞けん 可能動詞「聞ける」+打ち消しの助動詞「ん」 ※「ない」「ぬ」の口語形
そして語尾の語形変化ばかりでなく、接続助詞や終助詞、単語の一部として接辞を含むなど付加含意した文法構造のものもあります。これらも適用範囲は多そうですが思いつく例をあげます。
<付加派生的なもの>
誤変換の例:錯視→咲くし し:並列・対比・理由をあらわす接続助詞
誤変換の例:操作→そうさ そう+モダリティの終助詞「さ」
誤変換の例:竹材配りの→竹細工ばりの 名詞+似ているものをあらわす接尾語「ばり」
これらの例で属性ロの用言全般との分別が求められますが、語形変化や付加による文法的な派生にも通常変換で対応します。
終助詞は種類も多く、現代口語においても多彩なバリエーションがあるので順次対応せねばなりませんが、モダリティなどの文法的機能を付加する派生には特に押さえておきたいところです。
さらに深掘りすると日本古典由来の古文形式や中国古典由来の漢文形式などからも今なお使われている表現が残っていたりしますのでこれにも言及しておきます。
<古文・漢文からの表現>
誤変換の例:生える→這える 蛇の這えるがごとし:完了・継続の助動詞「り」の連体形「る」が接続したもの ☆同様のものに、生ける屍、怒れる男などがある
誤変換の例:わすレジ→忘れじ 否定の意思の助動詞「じ」
誤変換の例:叱り→然り ラ行変格活用の動詞。そのようである、そのとおりである。然りながらの形のときは通常変換候補は自重して叱りながらを優先する方が好ましい。
これらの語句は格のとり方や助詞との接続の仕方に傾向性が見られる語もあるので"でにをは別口入力"との連携も視野に入れたいところです。
最後に口語表現の延長として方言も取り上げてみたいところですが、基本語彙から叙述の末端まであまりに多くのバリエーションが考えられるので解析的な風呂敷を広げるのは断念しようと思います。
一部のIMEでは各種方言の変換に対応したものもあるようです。
長々と続きましたが、全体を通してみて少し認識を改めないといけないとの結論が浮かび上がってきました。
万能でプレーンに見えた通常変換でしたが、こうして文末派生表現の差異の受け皿として使っていくうちにある種指向性をもった第4の機能を有しつつあるのがわかってきました。
特に第2の属性ロとの対立を回避するのに非常に有効であるアプローチだと思います。
3属性+通常変換としていましたが、機能上は属性イ(体言)・属性ロ(用言)の2種がありそれプラス便宜上は属性ハ(接辞)・通常変換(文末派生)の2種が備わっていて厳密には4属性をたててとり捌く構えで臨むのだと実感しました。
属性変換のシンプルなモデルとしては完成形が見えてきたと思います。
テーマの前置きとして、アスペクトとモダリティ、この2つの文法用語について少々説明が必要だと思われるので触れておこうと思います。
<アスペクトとモダリティ>
事象の完成度や時間軸からの視点で、出来事や行為の進行具合・結果などの局面を細かく言い分けるのに使われる概念をアスペクトといい、一般的な分類として完成相・継続相・結果相とがあります。(例:-てある、-つつある、-終える(終わる)など)
誤変換の例:所だ→ところだ 今それが行われている最中または完了したばかりの場面をあらわします。
誤変換の例:て置く→ておく 厳密にはアスペクト表現ではありませんが、文法的な意味としては対象を変化させその結果の状態を持続させること、あるいは必要性・目的性に因って対象をそのまま放置することであり、状態の持続というプロセスが念頭にある概念です。
誤変換の例:て終い→てしまい 実現のアスペクト的機能と意にそぐわない事が起こるというモダリティ機能とが併存している例
発話や認識・叙述において、話し手の主観的な判断・態度をあらわす言語表現をモダリティといいます。モダリティの表現範囲はさまざまで、広く判断認識捉え方に関わるもの(評価・可能性・推量推測・適しているか・必要性・認否見解・様態・伝聞・説明)と発話態度・伝達態度(述べたて・意向・働きかけ問いかけ・命令依頼・丁寧・終助詞で付加されたニュアンス)などがあります。
誤変換の例:位相だ→いそうだ 動詞「いる」の連用形である「い」に、様態の助動詞「そうだ」がついた形
誤変換の例:腹痛い→払いたい 動詞「払う」の連用形である「払い」に、希望の助動詞「たい」がついた形
誤変換の例:渡す麻衣→渡すまい 動詞「渡す」の終止形である「渡す」に、否定の意思の助動詞「まい」がついた形
誤変換の例:明けて暮れ→開けてくれ 動詞「開ける」の連用形で「開け」に、接続助詞「て」が続き(テ形)がつき、さらに授受補助動詞「くれ」の命令形がついた形
さらにこれらの表現は助動詞のほかに補助動詞・複合動詞を多く用いて使われます。これらも必要性があるので説明します。
<補助動詞・複合動詞>
補助動詞とは元の意味から離れて別の動詞に後続することにより補助的な機能をもつ形式的な動詞です。同様のものに補助形容詞があります。
例:ある・いる・おく・みせる・みる・いく・いただく・くる・あげる・もらう など
複合動詞とは言いよどむ・開き直る・ひしめきあうなど2つ以上の動詞が組み合わさったものや名づける・巣立つのように名詞と動詞が組み合わさったものがあり、要素が対等に結合したものから本位的-補助的に結合した組み合わせもあります。同様に口惜しいのような語は複合形容詞と呼ばれます。
複合動詞には決まった組み合わせの結合した種のものだけでなく多種の動詞要素との結合可能性をふんだんに有する汎用性の高いパーツをもつ種もあり補助動詞との類似点があります。典型的な複合動詞を語彙的複合動詞といい自由度の高いパーツを含む文法的な複合動詞を統語的複合動詞といい区別します。
誤変換の例:髪切ったよ→噛み切ったよ 切った(普通の動詞)ではなく噛み切った(複合動詞)まで認識する
誤変換の例:マキナ推し→巻きなおし 推し(推すの連用形転成名詞)ではなく巻きなおし(複合動詞)全体でひとかたまりと捉える・このとき「なおし」の部分はひらがなを使うことに着目
誤変換の例:醜い→見にくい 動詞「見る」の連用形「見」に困難表現の補助形容詞「にくい」がついた形
誤変換の例:気安い→着やすい 動詞「着る」の連用形「着」に容易表現の補助形容詞「やすい」がついた形
ここまで説明してきてわかることはこれらの誤変換(あるいは望まない方の変換)は<属性イ/属性ロ/属性ハ⇔通常変換>間の変換方針の対立が際立って起こるものだということです。
概括してみると通常変換においてはソリッドな動詞・形容詞などの表現よりもより込み入った、モダリティ・アスペクトの味付けの入った、あるいは補助動詞・複合動詞を使ってきめ細かく叙述されたものにより重きを置いて捉えるという傾向があります。
また当然文字数的にも大きなレンジで網を張っている変換にしようとする意識があります。「ならべておく」一つをとっても準備のニュアンスの「並べておく」なのか置き方に焦点をあてた「並べて置く」などの微妙な違いも通常変換/その他の三属性変換で使い分ける事が可能になります。
さらに説明を続けます。口語表現や短縮省略形の表現の変換も悩ましげなことが多く対処が望まれています。どこまですくい取れるかわかりませんが例をあげておきます。
<口語表現>
誤変換の例:無事に遺憾→無事にいかん 「いかない」の口語形
誤変換の例:比肩→弾けん 可能動詞「弾ける」+打ち消しの助動詞「ん」 ※「ない」「ぬ」の口語形
誤変換の例:危険→聞けん 可能動詞「聞ける」+打ち消しの助動詞「ん」 ※「ない」「ぬ」の口語形
そして語尾の語形変化ばかりでなく、接続助詞や終助詞、単語の一部として接辞を含むなど付加含意した文法構造のものもあります。これらも適用範囲は多そうですが思いつく例をあげます。
<付加派生的なもの>
誤変換の例:錯視→咲くし し:並列・対比・理由をあらわす接続助詞
誤変換の例:操作→そうさ そう+モダリティの終助詞「さ」
誤変換の例:竹材配りの→竹細工ばりの 名詞+似ているものをあらわす接尾語「ばり」
これらの例で属性ロの用言全般との分別が求められますが、語形変化や付加による文法的な派生にも通常変換で対応します。
終助詞は種類も多く、現代口語においても多彩なバリエーションがあるので順次対応せねばなりませんが、モダリティなどの文法的機能を付加する派生には特に押さえておきたいところです。
さらに深掘りすると日本古典由来の古文形式や中国古典由来の漢文形式などからも今なお使われている表現が残っていたりしますのでこれにも言及しておきます。
<古文・漢文からの表現>
誤変換の例:生える→這える 蛇の這えるがごとし:完了・継続の助動詞「り」の連体形「る」が接続したもの ☆同様のものに、生ける屍、怒れる男などがある
誤変換の例:わすレジ→忘れじ 否定の意思の助動詞「じ」
誤変換の例:叱り→然り ラ行変格活用の動詞。そのようである、そのとおりである。然りながらの形のときは通常変換候補は自重して叱りながらを優先する方が好ましい。
これらの語句は格のとり方や助詞との接続の仕方に傾向性が見られる語もあるので"でにをは別口入力"との連携も視野に入れたいところです。
最後に口語表現の延長として方言も取り上げてみたいところですが、基本語彙から叙述の末端まであまりに多くのバリエーションが考えられるので解析的な風呂敷を広げるのは断念しようと思います。
一部のIMEでは各種方言の変換に対応したものもあるようです。
長々と続きましたが、全体を通してみて少し認識を改めないといけないとの結論が浮かび上がってきました。
万能でプレーンに見えた通常変換でしたが、こうして文末派生表現の差異の受け皿として使っていくうちにある種指向性をもった第4の機能を有しつつあるのがわかってきました。
特に第2の属性ロとの対立を回避するのに非常に有効であるアプローチだと思います。
3属性+通常変換としていましたが、機能上は属性イ(体言)・属性ロ(用言)の2種がありそれプラス便宜上は属性ハ(接辞)・通常変換(文末派生)の2種が備わっていて厳密には4属性をたててとり捌く構えで臨むのだと実感しました。
属性変換のシンプルなモデルとしては完成形が見えてきたと思います。