しずくな日記

書きたいなあと思ったときにぽつぽつと、しずくのように書いてます。

鬱々退散の技

2012-02-04 19:52:46 | 日記
今はもういつも通り寒いけど、
昼間はポカポカ陽気で眠かった。
目を覚まそうとしてコーヒーを淹れて飲むけど、
電車の中ではうつらうつらしてしまう。

昼からのステンド工房では、体験の人が立て続けに2人来て、
先生が忙しそうだったので、
黙々とハンダ作業。全部終わらせたかったけど、あまりの量に断念した。
なかなか出来上がらない・・・・。
サンドブラストで犬のデザインの作品を制作してる人がいて、いいなーとついつい浮気心。
サンドブラストなら2~3回くらいでちゃんとした作品ができるんだもん。
何ヶ月かかってんだよ私・・・・。
工房でのおやつは、
今日は残念ながら超美味しいコーヒーじゃなくて昆布茶と甘納豆だった。
忙しかったもんね、先生。
先生が淹れたコーヒーは絶品なんだけどなー、ちょっと残念。

なんだか鬱々として電車に乗る。
鬱々の原因は、ステンドがなかなか進まないこともあるけど、
よく考えてみたら、今日は人とほとんどしゃべっていなかった。これかも。
しゃべるのは全然得意じゃないけど、人と過ごす時間は大切なのね・・。
ステンド工房でよくしゃべる人はいつもみんな午前中に来る。
ここ数回、午前がしんどくて午後ばかりだけど、
やっぱりちょっと寂しいみたい。
割に一人でも平気だといつも思っているから、
自分でもちょっと意外だった。
ウイークデーは「教員」という立場で常になんとなく緊張状態だけど、
土曜日くらい素に戻って、
気心知れた、年齢の近い人たちとバカな話で盛り上がりたい。
休みの日はのんびり起きたいんだけど、午前に戻そうかな。

もっともっと歳をとったら、
自分はどうしてたいんだろうなと漠然と考える。

自分の田舎に帰るか、どこかほかの田舎に住んで、
本当は物語を書いてたい、または文章を書く仕事をしていたい。
文学部を卒業したあと、美術の学校に行ったけど、
どうも文学部時代の気質の方が、本来の私らしいことに気づく。
今は美術の教員なんだけどなー。
ちょっと本来の自分からはずれてるのかもしれないな。

そしてのんびり読書したりステンドやったりしてたいなと漠然と思ってたけど、
友達と楽しく会話してゆっくり美味しいお茶を飲めるような人生を、とも今思う。
そうなれたら、最高だなあ。

このブログ、書きたくなった時にぽつぽつ書こうと思ってたのに、
結局毎日毎日書かなきゃいけないみたいになってしまった。
文章の勉強だと思って書いているふしがあるからだ。

こうやって文章を書いていると不思議と鬱々が去って行く。
そうだ今日は、豆腐ハンバーグを作ろう。

いつか夢が叶う日が来るまで、元気に過ごせるようにしよう。

















鬼の避難所

2012-02-04 10:11:32 | 日記
2月3日、ある意味、不穏な空気だった。

一連の事件の様子を職員室でずっとみていた先生が、
「・・・鬼が逃げて、学校に集まって来てたのかもねえ。」
とぼそっと言った。
普段は穏やかなこの学校。
しかしたしかに昨日2月3日だけ、空気の色が違っていた気がする。


昨日、大きなケンカが学校で2件あったらしい。
らしい、というのは、私が一日ほぼ美術室で授業で、
職員室にも所属学年フロアにもほとんど顔を出さなかったのと、
自分のクラスに関係者がいなかったので、
知らされたのが、生徒が下校したあとだったから。
実際に自分でみていない。

子ども同士のふざけから始まる小競り合いはよくある。
しかし、今日のはそれでは片付かないほどのものだったようだ。
片方のケンカでは一人が病院へ。怒った親が治療費を相手側に請求。
私はその額を聞いてびっくりしたけど、話はそれで収まったという。
高額だった。
そのケンカの様子を生徒から詳しく聞いた先生からの又聴きでは、
殴った生徒は完全に「キレた」状態で、相手を殴り続けていたらしい。
周囲で見ていた子は多かったようだけど、誰もが恐ろしくて凍り付いていたという。

もう一方のケンカは、上のほどはひどくなかったようだけど、
これはこれで、保護者への説明や、互いへの謝罪など、
いろいろ大変だったようだ。
私は金曜日は自分がラストになるくらいまで残業してることが多いけど、
週末は飲みに行ったり遊びに行ったりする先生方も、
昨日は遅くまで学校にいた。

その他、部活への不満で、顧問の先生や主任まで呼び出して
家族総出で来校した方々が約2時間ほど先生をどなりちらしていたり、
(でも最後にその保護者さんが「今日は『鬼』が来たから、これからは良くなるでしょう!」
とギャグをかまして、満足してお帰りになったという。先生方、お疲れさまでした・・・。)
家庭の事情で母の実家のある海外の学校に転校したはずの子から、携帯からの国際電話で
「助けて、日本に戻りたい!」と、元担任の先生あてに入ったりもした。
向こうの国でも学校に通えると当然思っていたのに、
今、学校へ通わせてもらえないのだという。
対応としては、他国へ行ってしまい、当然、ここの学校からも籍が外れているしで、
大使館に今後のことを相談してみるしかないらしかった。
しかし周囲の大人はどうなってるんだろうか。
元担任の先生に、しかも国際電話で頼ってくるしかないなんて、
最終手段のようで、なんだか切ない。
縁のあった子だから、なんとか学校も力を貸せたらいいのにと思う。

フル授業だったとはいえ、美術室に閉じこもっていてスミマセン・・・・。
これじゃあ、授業だけやってた非常勤時代と同じだな。
先生たちは事件があったら、みんなで助け合うのは大切だから。
一人で対処していたら、精神的にも潰れてしまう。

事件がそれぞれ、一応のメドがつき、
(国際電話の件は月曜から管理職が動くとのこと。うちの校長先生なら、なんとかできそうだ。)、
先生方はみな帰り始めた21時。
私は美術室への電気が消えた暗い廊下を歩いていた。
このどこかに、鬼が息を殺して潜んでいるのかという幻覚で、なんだか気分が悪くなる。
夜の学校は、それでなくとも不気味だから。

そういえば、学校で豆まきしなかったな。

ラストになって校門の鍵を閉めながら、暗闇に沈んでる校舎をみた。
窓から鬼が笑っていたかもしれなかったけど、
私には何も見えなかった。















インフルにも寒さにもマケズ!

2012-02-03 03:56:39 | 日記
2月3日にもうなっている。
そして今こんな時間にお弁当箱を洗って、
ご飯を炊いている。
目を覚ますために、コーヒーをたっぷり淹れた。

家に帰るともう起きていられなかった。
こたつでぐー。
昨日は刺すように痛寒かった。
学校はどこにいてもたいがい寒い。
灯油の減るスピードが速い速い。
この寒さに体も疲れる。
学校にもし子どもがいなかったら、いかないだろうなー絶対。

そういえば今日は節分。
節分目前の昨日、ついにうちのクラスにもインフル患者が一人出てしまった。
しかもA型。
同じインフルエンザでも、B型よりA型の方が症状が重いらしい。
その生徒のところに電話して保護者の方と話をすると
朝から39度の熱が全く下がらず、一日うなっているという。
かわいそうに・・・。
とにかく熱だけでも早く引いて欲しい、熱があると苦しいもんね。

学年全体では、既に学級閉鎖基準のクラス数の2割の欠席者を超えたクラスも出た。
明日以降、学級閉鎖になるクラスもある。
期末テスト範囲まで授業が進まないなど問題は出そうだけど、まあ、健康第一。

今まさに『鬼』が学校に蔓延中だ。
こんなに寒くて病気だって蔓延中の学校なのに、病気以外の子は休まずにみんな来るなあ・・・。
確かに、休み時間にストーブの周りできゃっきゃっと騒いでいる子どもたちを見てると、
一人でいるよりはずーっと楽しいことが多いんだろうと思う。
授業中は意識を失っている子もいるけど・・・。

うちのクラスの美術の時間に、鑑賞をおこなった。
自分のクラスで、反応を試してみる。
面白いものにはとことんのってくるけど、
そうでなかったら意識を失う男子の多いクラスなので、
何かと基準になる(笑)。
あんまり反応が良くなかったら、内容を改訂しなければ。

浮世絵、あと琳派の作品を通して、日本の美術の面白さや特徴を知るというもの。
一昨日、遅くまでパワポでプレゼン用のスライドを作った。
鑑賞の授業は難しい。先生方がみな悩む。
研究会のテーマとしてもたびたびあがってくる。
生徒が面白がる鑑賞教材は、のどから手が出るほど欲しいが、ほとんどない。
ないので、自分で作るしかない。
琳派は今で言えば、ゴージャス&スタイリッシュデザイナー集団である。


尾形光琳「紅白梅図屏風」(横にスライドすると全部見えます。)


クリムト「接吻」


尾形光琳の紅白梅図はクリムトに影響を与えたというけど、
確かになるほど。豪華絢爛、キラキラ、装飾的。


俵屋宗達「風神雷神図」(横にスライドさせると全部見えます。)



尾形光琳「風神雷神図」



酒井抱一「風神雷神図」(横にスライドさせると全部見えます。)


写真の大きさがー・・あー、まちまち(^^;)。
みにくくてごめんなさい・・・。貼り付けるとこうなっちゃう。

俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一がそれぞれに描いた「風神雷神図」を見せると、
生徒たちが口々に
「構図がちょっと違う。」
「色が違う。」
「酒井抱一さんのは、なんか軽い。」(笑)

など思ったことを言う。
反応は悪くない。ビジュアル世代はビジュアルがあるとわりとすぐにのってくる。
余白の使い方、人物(神様だけど)の表現の仕方を、同時代の西洋の作品と比較してみる。
レンブラントの「夜警」を使う。

レンブラント「夜警」(横にスライドさせると全部見えます。)



「日本のはリアルじゃない。漫画みたい。」
「背景がない、描かれていない。」
「日本のには影がない。」
などなど、気づいたことを言ってもらう。
また、浮世絵の作品をたくさん見せた。
喜多川歌麿の美人画、写楽の役者絵、葛飾北斎の作品、歌川国芳の。
ここらへんは、小話をたくさん入れると楽しい。
まあ全て、本で得た知識だ。本って大切~!
「みんなおんなじ顔~!」
「どこが美人なんだ~???」
とか、反応様々。
でも浮世絵は盛り上がるね、みんな興味を持つ。

喜多川歌麿の美人画がなぜ爆発的に売れたのか、(写楽のは全然売れなかったとか)、
北斎には娘がいて、彼女も画家。娘の作品は西洋の遠近法を取り入れたものだ、とか、
歌川国芳の「東都 三つ又の図」の左側画面にうっすら見える塔のようなものが、
東京スカイツリーの出現を予言したものだと言われて騒がれたとか。
(これはテレビでもやってたらしくて、知ってる子が数名いた。)
そういえば、歌川国芳展、12日まで六本木ヒルズのギャラリーで展覧会やってるみたい。
行きたい~♪ 
動物の擬人化した作品とか、漫画みたいでかなりポップ。面白い。
聞いてみたら、クラスで一人だけ、既に家族で観に行ってた子がいた。
美術部員、さすがね。

歌川国芳「東都 三つ又の図」(これも横にスライドさせると全部見えますよ。)

写真でかすぎだー。でもほんとにスカイツリーだな、これ。
興味ある方は、「歌川国芳 スカイツリー」でググってみるとすぐ出ます。

でも本当はどうやら、井戸掘り用のやぐららしい。
でもそれにしては、高すぎない?!
謎は謎のままが面白い。
国芳は本当に未来をみたのかもしれないな。

で、面白い美術文化があるにも関わらず、西洋の文化が入ってくるに従って、
日本人は日本の美術作品を「拙い、ダメなもの。」として蔑む傾向が出てきて、
それに「待った!日本は素晴らしいのよ!」と言ったのが、明治政府が雇ったフェノロサ。
フェノロサが日本画の特徴として挙げた5つの要素を生徒にも話す。
最終的には、日本文化の担い手である子どもたちに、
自分の国の文化に興味関心を持ってもらえたらそれでいい。

でもこの子たちが大人になったとき、日本ってまだあるのかしら・・・
素朴な疑問が頭をよぎったけど。

反応は悪くなかった。浮世絵は漫画みたいで面白いもんね。
北斎漫画を見せたら、男子が食いついてた(笑)。


明日もおんなじことを別のクラスでしゃべることにする。
6回もおんなじこと言ってたら、自分が飽きそう・・・。

そんなこんなで、インフルにも寒さにも負けず、
がんばろ。(まとまってない・・・)
















力の源

2012-02-01 21:26:04 | 日記
インフルエンザが牙をむき出し始めている。
35人クラスなら、7人休むと学級閉鎖になる。
所属学年では、朝から欠席の電話がけたたましく鳴り続けてる。

しかし不思議なことにうちのクラスだけ、
インフルはもちろん、欠席者がいない。
髪型のことで悩んでいた子も、3時間目から遅刻してきた。
他の学年もクラスも、学級閉鎖ギリギリなのに。
様々な先生方から、
「ここのクラスはどうなってんの???」
と言われる。
インフルエンザ菌も近づけないくらい、
集団でアホなのかもしれない。

・・・担任の深い愛が守っているのよっ!!!
とか啖呵きって言ってみたいところだけど、
うちのクラスだけたぶん遅れて波がやってくるのだろう。
学期末テスト2週間前を切ってしまった今、
インフルはきついぜー。

私はといえば、
昨日は仕事中にうつらうつらしてしまうほど低空飛行の体調だったのに、
今日はなんかいい感じ。
心が透き通った感じなんだよね。
今日は、作らずとも笑顔になれた。

理由は、読書にあると思う。
沼田まほかるさんの「アミダサマ」をさっき電車内で読み終えた。
昨日は、ウイークデーにも関わらず、結構遅くまで読んでいた。
止まらなかった。
いわゆるジャパニーズホラーの領域に属するこの作品。
別にホラー好きなわけではないけど、
ジャパニーズホラーは自分にとって結構ツボなのかもしれなかった。

海外のような、スプラッターものや猟奇系ではなくて、
日本のは、人間の心が追いつめられて引き起こす超常現象のような設定が多い。
「リング」もそうだし「仄暗い水の底から」もそうだったような気がする。
それは恐怖よりもむしろ切ない気持ちを強く呼び起こす。
そして、一番恐ろしいのは人間の心そのものだと思わされる作品が多い。
今回の「アミダサマ」もそうだった。

幼い少女が父親に捨てられて、
産廃ゴミ集積場の冷蔵庫の中に閉じ込められたまま放置されていた。
近隣に住む僧は、勤行の際、何かが自分に助けを求めている儚い気配を感じる。
また、全く遠く離れた場所で、何かか細い音のようなものに心をかき乱されている青年がいる。
この3人の出会いから、物語は始まっていく。
僧と青年に助け出された5歳の少女の純粋な心はとんでもないパワーを宿していて、
小さく静かな町に邪悪なものを呼び寄せる力となり、
町の人々の言動が少しずつ捻れて変化していくところがものすごく恐ろしい。

作者の沼田さんがお寺の尼さんだったことがあるというのが、
この小説に妙なリアリティーを与えていて、
ヒタヒタと恐怖が押し寄せてくる。
こんなことはあるかもしれない。どこかで起こっているかもしれない、と。
しかしそれよりも、
命が還り、また生れ出る場所について考えさせられ、
ラストに光を見いだす。
中盤は人間の内面について相当にドロドロした描写があるけど、
後半から疾走感のある展開で、
ラストは光が見いだせる終わり方をする。
(でももしかしたら、これがまた悲劇の始まりなのかも、とも思わせる終わり方でもあるけど。)
また、無垢な心が一途に何かを思うことの切なさが胸に沁みる。
沼田さんは、「厭らしく汚い欲を持つ人間」を冷徹にみていると思ったけど、
同時にそんな人間に対する深い愛をもひしひしと感じた。
声にならない声は「あなた方を愛している」と、心に響いてくる。

結局とても読後、心地よかった。
言葉にするなら、うーん・・・・
「浄化」。
この小説は、沼田さんの祈りの読経の声なのだ、きっと。
ホラーで味付けしてるだけで。
私の心の中にあったかもしれない厭なものが、すっと空へ散った気がした。

それで私は今日は調子がいいみたい。
清浄な、醒めた意識に心が触れて元気になった。
結局、「あなた方を愛している」という心の波動に、勝てるもんなんてないことを知る。
「愛している」と安っぽいドラマでカッコいい、美しい男女がつぶやく光景はまやかし。
「どんなに厭らしくても汚くても、そこにいることをそのまま愛しく思う」
が、きっと本当の力の源。見失ってはいけない源。

そうそう。私の心もパワー充電完了。
これで学校に蔓延しつつあるインフルとも戦えるってもんよ!!