9/7付けの東京新聞
こちら特捜部から…
喪失感と自責、そして経済苦
自殺で親を亡くした若者たち
日本の自殺率は世界平均の一・六倍-。世界保健機関(WHO)の報告書による数字だ。日本の自殺者はかつて年間三万人を超えていた。二〇一三年は約二万七千人と減ってはいるが、それでも交通事故の犠牲者の六倍以上だ。親を自殺で亡くした若者の話を聞いた。経済的な苦しさだけでなく、喪失感や自責の念を背負っていた。 (白名正和)
「母方の祖父の支援で私立高校の学費を払っていたが、母が自殺してからは家族仲が悪くなり支援がなくなった。第一志望だった私立大学は断念し、学費の安い国立大に進路を変えた」。関東地方に住む大学四年生の女性(21)が話す。
高校一年だった〇八年九月、母親が自宅のベランダで首をつった。休日の昼間で、女性は自室で宿題の裁縫をしていたが気付かなかった。帰宅した父親が発見。意識不明で病院に搬送され、一カ月後に死亡した。
「私に悩みがあるときは察してくれて、母の方から話を持ち掛けてくれた。良い相談相手だった」と女性は振り返る。
母の死後、母方の祖父母は父親を「おまえが殺したんだ!」と罵倒した。生活費も祖父から借りており、父親との仲が以前から悪かった。高校の学費の支援は打ち切られ、奨学金を借りてまかなった。大学卒業までの総額は一千万円以上になりそうだ。
「自殺の有無に関係なく奨学金は受けていたと思う。ただ父は生活への不安からか、かなり多めに借りている。母がいてくれたらブレーキをかけて、額はこんなに膨らまなかったんじゃないか。来春から社会人になるが、返済できるか不安が残ります」
母の自殺は誰にも打ち明けられなかった。高校の友人らには「病死」とうそを言った。「病死なら『大変ね』で済むが、自殺だとイメージが悪いから」。学校で何度も泣きたくなったが、我慢するしかなかった。スクールカウンセラーにも、自殺だと言えなかった。
遺書はなく、自殺の原因はわからない。父が転職を繰り返し家庭の収入は不安定だった。母は家計のやりくりに苦労していたようだった。母親は統合失調症を患い通院していたが、日常生活に支障はなかった。
首をつる直前、母は自室の壁越しに、女性に何か話し掛けた。宿題に集中していた女性はよく聞き取れず、「何?」と大声で返事をした。母の返事はなかった。母が意識不明で見つかったのは、その後だ。
自責の念が消えない。あの時、宿題をやめていれば、母は生きていたんじゃないかと、いつも考える。「母の自殺は、自分のせいだと思っています」
女性はいつも、母の形見の腕時計を身に着けている。奨学金返済への不安、自責の念、家族のいない寂しさにさいなまれた時に、じっと見詰める。「腕時計を見ているだけで、心の支えになるんです。同時に、ごめんねっていう気持ちにもなります」
関東地方の私立大学二年の男性(21)は小学四年生だった二〇〇三年五月、建設業を営んでいた父親を亡くした。「当たり前の存在だった父が突然いなくなったことが、何よりショックだった。ほかの家庭と比べて劣等感にもなったけど、我慢するしかなかった」と話す。
父は、建設現場にあるプレハブ事務所で、練炭やストーブから一酸化炭素を発生させて自殺した。
「いつも一緒にいた父が急にいなくなったのが悲しくて、寂しかった」。母からは「事故で死んだ」と聞かされた。担任から父の死を知らされたクラスの友人が、家族の話を避けてくれたことがありがたかった。「自分はほかの子どもとは違うんだ」という負い目のような気持ちが消えなかった。
高校二年の時、母に詳しく尋ね、真相を知った。仕事関連の借金苦だった。「自殺は病死よりイメージが良くない。自殺であってほしくなかった」。父親の死をますます、人に話せなくなった。
母がガソリンスタンドで、夜間や土日も働いて家計を支えた。父の生前より会話をする時間は減ったが、母の姿を見て「自分も頑張らなきゃ」と考えさせられた。
父の自殺から十年以上がたった。「もう吹っ切れた。父は死ぬ前に悩んだのだろう。父を恨んではいない」と男性は話す。
「でも、自ら命を捨てるという選択肢が正しかったとは思えない。僕も悲しかったし、母もつらかったはずだ。借金の話は、家族でどうにかできたんじゃないか。何とか生きる方法を考えてほしかった」
内閣府などのまとめによると、国内の自殺者は一九九八年から二〇一一年まで十四年連続で年間三万人を超え、〇三年には過去最多の三万四千四百二十七人に上った。一二年に二万七千八百五十八人と三万人を割り込み、一三年は二万七千二百八十三人だった。
国は〇六年に、自治体や企業に自殺防止に取り組むよう明記した「自殺対策基本法」を制定した。世界自殺予防デーの九月十日から一週間を「自殺予防週間」とし、啓発も始めた。自治体の予防活動に充てる基金も設置した。
ただ、WHOが今月四日に発表した報告書では、十万人当たりの自殺者数を示す自殺率(年齢調整後)は、日本は一八・五人で、世界平均の一一・四人よりも約60%高い。
「自殺は今も大きな問題だ」と、命を絶とうとする人の相談に乗るNPO法人「自殺防止ネットワーク風」代表で住職の篠原鋭一さんは話す。
厚生労働省の人口動態統計によると、一二年は男性の十五~四十四歳、女性の十五~三十四歳の死因の一位は自殺だった。小さな子どものいる親の年代が含まれる。「自殺で生活の柱を失うことで、遺族が経済苦につながるケースが多い」(篠原さん)
親を失った子どもたちを支援するNPO「あしなが育英会」は、自殺や病気で親が他界した世帯などへのアンケートを、昨年末に実施した。回答した二千二百七十三世帯のうち、保護者が働いているのが74・7%で、四分の一にあたる23・4%は仕事がなかった。就労世帯でも月収十五万円未満が過半数だった。