朝から相当なテンションで電話をかけてきた彼が疎ましく、
「ごめん、疲れているんだけど」と掠れた声で伝えた。
彼が姪っ子の運動会に顔を出した昨日の出来事など私の関心事ではなかったのと、
頭痛がめきめきと頭を締め上げていたので、
「悪いんだけど、今、その話を聞かなければならないのかな?」と続けた。
私の機嫌が悪いことが癇に障ったのだろう。
私の脳の禁忌事項を伝えていたはずなのに、いつのまにか、
彼が私への不満を列挙しはじめていた。
ときに声を荒げ、えんえんと続きそうな政治家の無駄な演説のようだった。
なんどか溜息が受話器を通して彼の耳にも届いているだろうと思った瞬間、
「高次脳機能障害は君の問題であって、僕には関係ない」と言った。
それってどういうこと?と心の中で思った。
あまりにも唐突な出来事に、私は言葉を失った。
私がなにかを言うと、その数倍の、津波のような言葉の多さに、
私はすぐさま呑み込まれてしまう。
転々とする話題が苦手なことや、声のトーン、大きさなどが脳を直撃するために、
聞いていることがやっとという話題があることは、以前に彼へ説明したはずだった。
けれど、人間というものは、都合の悪いことは忘れてしまうらしく、
障害の禁忌を説明しない君が悪いのであって、僕のせいにするな、と。
「高校生じゃあるまいし、大人の男の言うことじゃない。格好が悪すぎる」
なぜだろう。
私の体調に障るために、なにかを言おうとすると遮られてしまう。
なぜ、聞く耳をもてないのだろう。
なぜ、言われたことを一度腹の奥底に沈めて、じっくりと考えることには結びつかないのだろう。
政治家の無駄な演説と携帯が壊れたのかと信じてしまうほどにしーんと無言が繰り返されたのち、
「とても残念としかいいようがない」とストレートに打ち明けた。
続けて、
「疲れてしまっているのよ。体中の痛みに耐えることもさることながら、
あなたのこれからの生活やビザの期限や解決できないでいる問題を考えるだけで
疲弊していく自分がいる」
似たような喧嘩を繰り返してきたものの今回が違うと確信するのは、
このまま忘れてしまうのではないかと懐疑する余地もなく、
本当に彼や彼と過ごした日々を、私は忘れてしまう瞬間があることだ。
信じがたいだろうが、彼の名前も思い出も忘れてしまっていく。
それらを記憶のヒダにしがみつかせても、自分でも気づかないうちに、
それが現実だという事実すら探し当てられないままに、
消去されてしまうかもしれないと思えてしまうから怖い。
脳の禁忌を踏んだことによって、反撃に出たのだろう。
記憶は存在そのものを消し去ることで、あったこそすらなかったものにできる。
それは相手にとっては、とても悲しくつらい出来事になる。