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おーい、と父が私を呼んでいる。
本気だったんだ・・・・・と思いながら、私は身支度をはじめた。
午後はまったりとして、長過ぎるほどの昼寝をしたとはいえ、
強い疲労感は健常のときには感じなかった類のもので、
目覚めてから起き上がるまでに15分は要してしまう。
伝統工芸師の父、30歩圏内しか外出しない頑固者で、
気軽に言葉に出したつもりが、父は本気で受け止めていることが多い。
父の行きつけの飲み屋さんはひとつ下の後輩の母親が経営していることもあり、
後輩も働いているから、久しぶりに行きたいとは思っていた。
父の作品を大金を払って購入してくださった父の友人へ
お礼を伝えるために「一緒に行こうかな・・・」と呟いたら、
耳の聞こえの悪い父のはずなのに、そういったことは聞こえる。
いや、聞き逃さないのだ。
先方は相当気に入ってくださり、私も嬉しかった。
箱の選定やラッピングなどは私の得意分野のため、
すぐに贈答品としてお持ちできるように包装にも多少の金額をかけた。
父は、そういえば・・・と言ってカラオケのリクエストを入れた。
私は内心、やっぱり歌を聞かされるのか・・・・・と思った。
注文した手羽先をがぶついていると、
歌い終わったら帰っていいよ、ありがとう、と言うので、
自分の耳を疑った。
今、なんて言った?と私。
父は男は二度と同じことを繰り返しては言わない、といいつつも
なんだか照れている様子だ。
父の楽しみといえば、唯一、この居酒屋へ通うことだ。
ギャンブルをするわけでもなく、女遊びをするわけでもない父に、
ときどき付き合ってみるのも悪くはないと思った。