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午前0時30分
夢の島マリーナ出航
目的地 大島経由三宅島
ただし、気象海象により随時変更
生まれて初めての経験、すべてがその連続だ。
生きる、という基本的な行為のすべてを試されている、その連続でもある。
夜の海、東京湾から眺める東京の夜景が美しい。
ハーネスを装着してもらい船上の、いつもの場所に身を落ち着かせると、
エンジンの音と波音が心地よいユニゾンを奏でる。
本船が闇の中から浮かび上がり、その存在感を、その大きさを
私たちに見せ付けてくるようでもある。
夜の海は、経験40年を越えるベテランでも恐怖だという。
男たちの指示の声が飛び交う。
海へ落ちたら、自力で這い上がれ。
お前を探すことで他の命の犠牲を考えると、
犠牲は1名にとどめる。
それが海との付き合いだ。
忘れるな、いいな?
台風あけの今日、この天気はまさにヨット日和そのものだ。
私は体調の山を越えた旨だけを知らせたくて、
キャプテンへ連絡を入れた。
「ヨット日和の中、お邪魔申し上げます」と言って名前を名乗る。
「生きていたかぁー」とキャプテン。
「皆様からのお香典で娘の学費の足しにと思っていましたが
しぶとく、生き抜いています」と私。
「そっかそっか、安心したよ。
ヨットクルーとしての復帰なんか気にしなくていいから、
体調のいいときは、ヨットの風にたまには吹かれるといいよ。
いつでも来ていいんだからな。いじられることは覚悟でな」
オーナーの懐かしい声が受話器の向こう側で風音と交差して聞こえる。
先日行われた某海外でのレースで、このクラブは優勝を果たした。
私はそれを写真付のメール連絡で自宅ベッドから応援していた。
とんでもないチームの門を叩いてしまったものだ、と
自分の身の程知らずぶりを内省しながらも、
新人として採用されたのは私だけだった。
オーナーは言う。
不測の事態に陥ったとき、こいつなら生き残れる、
そういうやつしか俺のヨットには乗せない、と。
ビールでも差し入れしに行こう。
海の男たちは気は荒いし口は悪い。
けれど、いい男揃いで、あったかくて、人間を見捨てたりしない。
だからいつまでも海と風を愛しているんだ、と私は思う。