栗林公園
江戸時代には高松藩松平家の大名庭園であった回遊式庭園
栗林公園の起こりは、生駒氏家臣・佐藤志摩介道益によって、小普陀付近に築庭されたのが始まりと考えられている。
寛永年間に、讃岐国領主・生駒高俊によって南湖一帯が造園され、現在の公園の原型が作られた。
その後、寛永19年(1642)生駒氏が転封し、代わって松平頼重(水戸光圀の兄)が入封、5代・頼恭の時に、園内六十景の命名をもって完成した。
旧日暮亭
高松藩2代藩主・松平頼常の頃に建てられた武者小路千家による茶室。当初は「考槃亭」と呼ばれていた。
武者小路千家は4代・一翁宗守の時に高松藩初代・松平頼重の茶頭として仕えて以来、高松藩の茶道指南役をつとめた。
内部は三畳に土間が隣接する珍しい造りとなっており、土間には床几を置いて家臣が控えた。
入口は腰高障子の貴人口で、床は壁床となっている。
水屋
三畳で、隅に丸炉を持つ。
腰掛待合
降蹲踞
次回も栗林公園
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