SENgoKU anD VISIon -乱世を追う-

2409 高山のすゝめ② 高山陣屋

金森氏が出羽上山に転封された元禄5年(1692)に幕府が飛騨を直轄領として以降、その拠点となったのが

高山陣屋
郡代・代官所の中で、当時の建物が残っているのはこの高山陣屋だけだそうです。

それでは中へ

大広間
49畳敷の3部屋続きで、高山陣屋内で最大の広さを誇る。

庭園

嵐山の間
代官・郡代の日常生活に使われた部屋で、本来は御居間と呼ばれていた。

真向兎の釘隠し

御囲い
嵐山の間の奥にある茶室。三畳台目ほどの広さがあります。


軸は金森宗和の肖像(写)

御白洲
取り調べを行ったり、判決を言い渡した場所。裁判における法廷の役割を果たした部屋。

御蔵
年貢米を収納する米蔵。幕府直轄領となった直後の元禄8年(1695)に高山城三之丸より移築された。
現在は飛騨の歴史と文化を紹介する展示施設として利用されている。

それでは展示を拝見

刀 濃州 兼広
地役人でった田中十兵衛邦恭所持


地役人、土屋興四郎高信所持

鉄舟不二・案山子自画賛
山岡鉄舟の絵と書

若き日の山岡鉄舟像
弘化2年(1845)、飛騨郡代となった父に従い高山陣屋に入り、嘉永5年(1852)父の死に伴い江戸へ帰るまで高山で過ごした。

次回も高山
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