米国は、半導体産業におけるリーダーシップ奪還に向けて、110億米ドルを投じて国立半導体技術センター(NSTC:National Semiconductor Technology Center)を創設する計画である。米国商務省は2023年第1四半期中に、NSTC創設に向けた最初の提案に関するガイドラインを発表するという。
NSTCは米国CHIPS法の一環で、イノベーションをラボからファブに移行するために、政府と産業界、学界、起業家、労働者の代表、投資家が参加する官民コンソーシアムとなる。
米パデュー大学の准教授であるPeter Bermel氏はインタビューで、「同計画を実施する上での優先事項の一つは、海外生産への依存度を下げるための国内製造能力の構築である」と述べている。同氏は、米国防総省が資金提供するプロジェクトで、半導体の放射線硬化技術を開発している。
Bermel氏は、半導体製造の大部分は海外で行われていて、パッケージングや高度なパッケージング、ヘテロジニアスインテグレーションの海外依存の割合はさらに高いと語った。
米国半導体イノベーション連合(ASIC:American Semiconductor Innovation Coalition)やMITRE Engenuityなどの複数の業界団体は、NSTCと全米先端パッケージング製造プログラム(NAPMP:National Advanced Packaging Manufacturing Program)の創設に関する勧告を発表している。
MITRE Engenuityの半導体アライアンス担当チーフテクノロジストを務めるRaj Jammy氏は、米国EE Timesの独占インタビューで、「専門企業が協力して、現時点では実現不可能なソリューションを提供する必要がある」と語った。
「業界は、ますますシステムのニーズに駆り立てられるようになっている。これまでは『優れた次世代チップがあるから、それを使ってシステムを作ってほしい』という順番が成り立っていたこともあったが、現在はその順序が逆になっている。そのため、求められるソリューションを、1つの企業だけで提供することはできなくなっている」(同氏)
MITRE Engenuityと同団体が率いるSemiconductor Allianceには、国内の業界における研究開発の半分以上を占める米国の半導体企業や、米国トップクラスの大学が参加している。
海外との連携
Jammy氏は、「NSTCは、以前の取り組みとの重複を避けるために、主要技術を開拓してきたベルギーimecなどの海外のグループと協力する必要がある」と指摘している。
imecのCEO(最高経営責任者)であるLuc Van den hove氏は、EE Timesに宛てた声明の中で、「imecは、これまで約40年にわたり、半導体業界のイノベーションをけん引してきた。CHIPS法(CHIPS and Science Act)が支援しようとしている全ての企業を、既にパートナーとして確保しているため、あらゆる方法でNSTCをサポートできることをとてもうれしく思う」と述べている。
Jammy氏は、「imecは、素晴らしい事例だといえる。imecには、以前からこの課題に取り組んできた中心的な施設がある。米国には今、この問題全体を新しく本質的に検討する機会が到来した。米国は既に、米国ニューヨーク州アルバニーのAlbany NanoTech Complexにある研究所や、米国マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)のリンカーン研究所などの施設を保有している。これらの施設のネットワークを共同で構築し、さらに大きな取り組みを実現するには、どうすればよいだろうか」と述べる。
Albany Nanotechは、米国の公的資金で建設された唯一の300mmウエハー施設を稼働させている。そのパートナー企業には、IBMやGlobalFoundries、Samsung Electronics、Applied Materials、東京エレクトロン、ASML、Lam Researchなどが名を連ねる。
Jammy氏は、「連携している研究開発機関や同盟国との間で、レジリエントなネットワークを構築することが極めて重要だ。シンガポールや、フランスの研究機関CEA-Letiは、非常に優れた能力を持っており、パワーエレクトロニクス向けSOI(Silicon on Insulator)技術のような、実に素晴らしい取り組みを実現している」と述べる。
Jammy氏によると、シンガポール科学技術研究庁の研究機関であるInstitute of Microelectronics(IME:マイクロエレクトロニクス研究所)は、驚異的なパッケージング能力を備えているという。
中国への依存度を下げる
NSTCには、中国への依存度を下げたいという考えもある。
MITRE EngenuityのCAO(Chief Acceleration Officer)を務めるLaurie Giandomenico氏は、「中国との戦略的競争は、複雑な技術分野における長期的な戦いだ。サプライチェーンの妥協や否定に対するレジリエンスを生み出すためには、半導体製造の安全性を確保し、米国と民主的同盟国が未来の半導体を確実にリードできるよう保証することが重要である。われわれの役割は、業界の目標と国家安全保障上の利益とのバランスを保つことである。つまり、CHIPS法の投資は、持続的な国家資源を構築できるものでなければならないということだ」と述べている。
世界の半導体パッケージング能力の大半は、中国や台湾をはじめ、米国以外の国に存在している。これが、米国のエコシステムにおける最大のギャップの一つになっている。Jammy氏は、「パッケージ業界は労働集約度が高いため、これまで賃金の低いアジアが強力な競争優位性を保持してきたが、大幅なオートメーション化を実現すれば、パケージング産業をリショアリングすることが可能だ」と述べる。
「現在、高性能パッケージングの多くは、TSMCやIntelなどのメーカーが得意とする、半導体製造のようになってきている。このようなパッケージングの製造においてオートメーション化や新しい種類のアプローチを導入すれば、それを国内で自然と実現できる方向に向かっていくだろう」(Jammy氏)
3Dパッケージング技術を開発したTSMCとIntelは現在、CHIPS法の一連の刺激策に対応し、米国内で新しい半導体工場を建設しているところだ。
米国は今後数年間で、新たに約13カ所に半導体工場を建設する準備を進めていることから、NSTCは、半導体エンジニア/技術者の不足を解決するためのサポートを提供する必要がある。
米国では今後5年間で、新たに約5万人の半導体エンジニアが必要になる見込みだ。これは、現地の大学卒業予定者数の2倍を超える。
ASICグループは提言の中で、「米国がそのギャップを埋めるためには、ビザ規制を緩和して、海外から半導体関連の人材を引き付ける必要があるだろう」と述べている。
さらに同グループは、「米国政府や学術および産業界は、今後予定している取り組みとして、国内に強力な人材パイプラインを構築することを目指していくが、米国の業界は短期的には、引き続きH1-Bカテゴリーの外国人に目を向けて人材プールを補完していく考えだ」と述べる。
Jammy氏は、「それでも、NTSCは長期的には、より多くの半導体関連の人材を国内で育成していく必要がある」と指摘する。
「われわれには、人材を再教育/再活用するための方法ついて、非常に注意深く検討するチャンスがある。例えば、軍隊には、よく訓練された優秀な人材がいる。少しトレーニングを行えば、工場内で大いに役立つ存在となるだろう。特に、これまで必ずしも機会を得られなかったマイノリティーや女性など、より多くの人々に働きかけるには、どのようにすればよいのだろうか」(Jammy氏)
同氏は、「米国は長期的に、人材不足を解消するためには、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)教育を強化する必要がある」と付け加えた。
さまざまな企業や組織によるIP(Intellectual Property)管理は、NSTCにとって問題になるだろう。
ASICグループは発表した論文の中で、「これらの企業組織が半導体コミュニティーに貢献する上で重要なのは、例えばIP関連の法外なコストのように、中小企業やスタートアップにとっての参入障壁を取り除くことだ。NSTCは、これらの事業体がIPを簡単に利用して新しい技術や関連するIPを開発したり、その技術を容易にライセンス供与して、投資家や戦略的パートナーたちから追加資金を調達できるような構造でなければならない」と述べている。
【翻訳:滝本麻貴、田中留美、編集:EE Times Japan】