次世代半導体の国産化を目指すラピダスが建設中の工場(5月、北海道千歳市)=共同
自民党総裁選でポスト岸田を目指した各候補が、相次いで半導体をめぐる経済政策に言及している。
幹事長の茂木敏充氏は、半導体をはじめとする戦略分野の拠点を地方に立地する日本列島の改造論を唱えた。
前経済安全保障相の小林鷹之氏も、半導体を念頭に国家プロジェクトを各地につくっていくと述べた。
「日本をもう一度世界のてっぺんに押し上げたい」と意気込む現経済安保相の高市早苗氏は、半導体を含む戦略物資のサプライチェーン(供給網)強化を訴える。
政府は半導体産業をどこまで支援するか
岸田文雄政権は最先端半導体の国産化を目指す国策会社のラピダスや、台湾積体電路製造(TSMC)などの外国企業に巨額の国費を投じてきた。
半導体をめぐる政策は、明日の日本を左右する重要な課題だ。次のリーダーも姿勢を明確に示さなければならない。財政拡大路線の見直し論が語られる中で、政府がどこまで支援すべきかの判断が政治家に問われている。
候補者の発信は国内の有権者に向けられるから、地域振興や産業競争力を強調するのは当然だろう。
だが、こうした日本国内の熱い議論を米国からの視点で眺めるとどうか。米国は1980年代から半導体を戦略物資と位置づけてきた。米国だけが世界で優位に立つための戦略がある。日本と一心同体であるはずはない。
神業の「GAA」技術
少し技術的に込み入った話になるが、たとえば「GAA」と呼ばれる最先端の加工技術について考えてみよう。
Gate All Around(取り囲み型ゲート)という意味で、半導体の集積回路の最小単位である微小なトランジスタを作る一つの手法だ。
信号をオンとオフに切り替えるスイッチの役割を果たすのがゲート(門)と呼ばれる電極の部分。これが電流の通り道を上下左右の4面から取り囲む構造をしている。
これほど複雑な形状を、髪の毛の1万分の1ほどの微小な世界に作り込むのだから、もはや神業に近いと言ってもいい。
日本のラピダスが目指しているのが、このGAAの構造を持つ半導体チップの量産だ。米IBMの技術を、北海道・千歳の工場に持ってきて、2027年に生産を始めると宣言している。
GAA技術を開発した米IBMの研究所(ニューヨーク州)=IBM提供
この図式を日本の側から見ると、まず初めにTSMCや韓国サムスン電子のさらに上の2ナノメートル(ナノは10億分の1)の製造能力を日本国内で確立するという大きな目標があった。
経済安全保障の観点に基づく国家戦略だ。
技術的な目標を達成するには最先端のGAAの技術が必要になる。そこで先駆的な研究に取り組んでいるIBMに目をつけ、同社から技術を導入するというシナリオを描いた。
しかし、米国から見ると話は逆になる。まずIBMがGAAの技術を開発し、知的財産権を握った。同社は半導体メーカーではない。自分では生産せず、研究の成果を他社に特許やライセンスなどの形で販売するビジネスモデルである。
IBMは〝商品〟であるGAAの売り先を探していた。そこにタイミングよく手を上げたのが、経済安保に沸く日本だった。
日本政府は技術の受け皿としてラピダスを設立。ラピダスはIBMの最初のお客さんとなった。支払ったライセンス料は数百億円にのぼるといわれる。
この代金のほとんどは日本の国費である。つまり日本政府がラピダスを通してIBMに巨費を投じたことになる。
ラピダスの工場建設現場を視察する岸田首相(中央、7月、北海道千歳市)=内閣広報室提供・共同
この2つの筋書きはコインの裏表であり、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているという話ではない。
むしろ日米の呼吸がぴったり合ったと評価すべきだろう。だが、物語の主人公がラピダスだけと考えるのは大きな誤りだ。
試作と量産の「死の谷」を渡れるか
IBMはGAAの独自技術を築いたが、研究所で作る試作品と工場での商業ベースの量産品は全く別の代物だ。
経営学の用語で言えば、両者の間には、渡らなければならない「死の谷」がある。たとえラピダスが千歳工場への技術移転を果たしたとても、ビジネスとして成功するかどうかは、まだ分からない。
しかも、GAAはIBMの専売特許ではないことを忘れてはならない。チップを受託生産する最強ファウンドリーのTSMCはもちろん、サムスン電子、半導体産業の王者である米国のインテルも続けざまに研究成果を発表している。
米国にとって、ラピダスは同盟国の日本に置かれた一つの生産拠点として戦略的な価値がある。
しかし、技術力が落ちたと指摘されるインテルが、もし米国内でGAAの生産を軌道に乗せたらどうなるか。その時には、おそらく米政府はインテルを全力で支援するだろう。
極端な言い方をすれば、覇権国である米国にとっては、ラピダスは保険にすぎないのかもしれない。
選ばれた次の日本のリーダーは、衰えた電子産業を再興する半導体戦略を語るだろう。その際には、地球の裏側から観察するような冷めた視点が欲しい。
日経記事2024.09.13より引用