マスク氏㊨はオープンAIの共同創業者、アルトマン氏らを訴えている
【シリコンバレー=山田遼太郎】
米起業家イーロン・マスク氏が米オープンAIの営利企業化に反対して起こした訴訟の審理が近く米裁判所で始まる。
自らも人工知能(AI)の開発企業を率いるマスク氏が、オープンAIの独走に歯止めをかけようと横やりを入れる構図だ。AIを巡る主導権争いが法廷闘争につながっている。
米西部カリフォルニア州の連邦地方裁判所で近く審理が開かれる。当初14日に予定した審理は同州ロサンゼルスの山火事の影響を考慮し2月上旬に延期した。
マスク氏は訴訟の間、オープンAIの営利企業への転換を差し止めるよう裁判所に求めている。これを認めるべきかどうか、裁判所が両者の主張を聞き取る。
双方で食い違う主張
訴訟はオープンAIが営利企業の性格を強めたのは「詐欺」で「事実上の契約違反にあたる」と主張するマスク氏が2024年8月、オープンAIを訴えたものだ。損害賠償などを求めている。
マスク氏は15年、サム・アルトマン最高経営責任者(CEO)らとオープンAIを立ち上げた。金銭的利益を追わず、人類に貢献するAIを開発する研究機関としてNPOの形式をとった。マスク氏は累計4400万ドル(約69億円)以上を寄付して資金面を支えた。
その後、経営方針を巡る対立からマスク氏が去るとオープンAIは19年に営利部門を設け、米マイクロソフトなどから巨額の投資を受け入れた。
22年に対話型AIの「Chat(チャット)GPT」を公開し、一気に生成AIの最有力企業へ駆け上がった。NPOに寄付したはずなのに、アルトマン氏らにだまされたとマスク氏は主張している。
一方でオープンAIは、営利企業化を進めようとしたのはマスク氏自身だと反論する。
当時の経営陣とマスク氏の間の電子メールを開示し、営利企業のCEOに自らが就くことや、電気自動車(EV)の米テスラにオープンAIを吸収合併することをマスク氏が求めていたと説明した。
世界で3億人ユーザー、生成AIはOpenAIが独走
マスク氏がオープンAIに法廷闘争を仕掛けるのは、生成AIの開発で先行するオープンAIを妨害し、自らに主導権を取り戻すためだ。
自身も23年に競合となる米xAI(エックスエーアイ)を立ち上げた。ビジネスの競争にとどまらず訴訟に打って出た点に、マスク氏の焦りが表れている。
実際、オープンAIは生成AIのフロントランナーの地位を固めている。チャットGPTの利用者は世界で毎週3億人と生成AIサービスで最も普及している。
数学が得意なAIや動画生成AIを次々に提供し、技術や製品の開発も速い。マイクロソフトの後ろ盾を得て、資金力や開発に必要なクラウドサービスも豊富に確保する。
アルトマン氏は営利企業主体の経営を推進し、競争優位を固める狙いだ。NPOの理事会(企業の取締役会に相当)がグループ全体を監督する現在の仕組みから、名実ともに営利企業を中心とした体制に変える。
マスク氏はこれを妨げたい考えだ。18年にオープンAIを離れておきながら、今になってあえて争いを泥沼化させるのはこのためだ。
マスク氏、訴訟相手にマイクロソフトも追加
訴訟ではマイクロソフトも被告に追加した。オープンAIを事実上の子会社にしてAIの独占を図っていると訴え、反トラスト法(独占禁止法)違反を指摘した。
実際に独占を認定させるのは困難だが、両社の連携を弱めるためくさびを打った。
並行してxAIの育成にも力を注いでいる。24年に投資家から総額120億ドルの出資を受け、25年1月にチャットGPTと似たアプリ「Grok(グロック)」の提供を始めた。
保有する米X(旧ツイッター)のデータをAI開発に使い、オープンAIを追い上げる。
マスク氏とオープンAIは、トランプ次期米政権下でのAI開発の主導権を巡って争っている。今後4年はAIの飛躍的な進化が見込まれる重要な期間だからだ。
マスク氏はトランプ氏の側近としてAIを含む幅広い政策に影響力を発揮できる立場にある。これに対し、オープンAIも不利に追い込まれないよう次期政権への接近を急ぐ。
社会貢献を目指すNPOか、利潤の最大化を目指す営利企業か。この訴訟は本来、転換期にあるオープンAIが創業時の使命を守っているかどうかを問う意味もある。
だが、マスク氏とオープンAIがAI開発の主導権を激しく争うなか、理念をめぐる主張は建前に過ぎないようにみえる。
「使命に忠実であろうとすれば競合に資金が流れてしまう。競合の後を追えば使命に忠実ではいられない」。
企業法務が専門の米ミネソタ大のブレット・マクドネル教授は、営利企業との競争がある限りオープンAIはジレンマから抜け出せないと指摘している。
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
訴訟の目的が「オープンAIを妨害し、自らに主導権を取り戻すためだ」と言い切るのはなかなかチャレンジングな意見だと考えます。
少なくともマスク氏はここに至るまでに再三再四、AIの危険性対策の重要性について同社に強く説き、そこで意見対立した結果自ら別の会社を設立した経緯があります。
本当のところはどうなのかは当事者のみぞ知る、でしょうが少なくとも幾許かの「動機善なり」の可能性は完全否定は出来ないでしょう。
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