日本のキャッシュレスが新たな段階に入る。
国が2025年時点の目標として掲げてきたキャッシュレス決済比率4割の達成が視野に入り、クレジットカード、電子マネー、QRコードといった業界内の垣根も溶け始めた。
渋沢栄一の新1万円札が発行され現金志向が強い日本だが、「国民の2人に1人」が使う決済アプリが普及し、新たなイノベーションの芽も出始めた。
デジタル時代の金融立国の浮沈を左右するキャッシュレスの歴史を振り返り、未来を展望する。
日本は現金大国
我々が使い慣れ親しんできた通貨は、モノやサービスを手に入れるための交換手段で、経済を動かすための最も重要なインフラだ。
日本では確認される最も古い貨幣の登場から1400年近くたつ。現代では超低金利政策が長く続いたこともあり、海外と比べ現金志向が強い。
国際決済銀行(BIS)によると、現金流通残高の対国内総生産(GDP)比は21年で米国の9%、ユーロ圏の12%に対して日本は23%と突出する。
第一生命経済研究所は家に眠る「たんす預金」が50兆円超あると試算する。デジタル化に伴うキャッシュレスの普及が遅れていたことも一因といわれている。
キャッシュレス決済とは
キャッシュレス決済は、会計時にお札や小銭といった現金を使わずに、クレジットカードやデビットカード、タッチ式の電子マネー、QRコードで支払うことを指す。
業界団体のキャッシュレス推進協議会などによると、国内の起点は百貨店やミシン業界を中心に広まった月賦払いだという。
当時高額だった家庭用ミシンなどの商品を普及させようと、全額を1回で払わずに月々に割り当てて分割する支払い方法が登場した。購入時に店頭で支払いをせずに済むという点で、キャッシュレスの一つとする見方がある。
それから半世紀以上たち、スマートフォンの普及などでキャッシュレス決済は2023年で126.7兆円となり、民間消費に占める割合は39%台になった。経済産業省が算出し始めた10年は13%で、10年余りで3倍に拡大した。
なぜキャッシュレスが必要なのだろうか。お金を受け取ってお釣りを渡す時間、レジを締めて現金を確認する手間を減らすことができる。
経産省によると、現金輸送やレジ締めなど現金決済のインフラを維持するために生じるコストは推計で年2.8兆円という。少子高齢化による人手不足をデジタルの仕組みでカバーし、個人消費の底上げや決済データを使った新たなビジネスの育成につなげる必要がある。
日本のキャッシュレス比率は4割に迫るが海外に比べると低い。22年時点では中国が8割、シンガポールや英国が6割、米国が5割強となっている。
クレジットカードが8割
126.7兆円ある日本のキャッシュレス決済で、最も多いのがクレジットカード(105.7兆円)だ。日本では1960年に米国のダイナースを冠した日本ダイナースクラブが設立され、61年には日本クレジットビューロー(現JCB)が発足した。
現在日本でダイナースクラブカードを発行する三井住友トラストクラブによると、1950年に実業家のマクナマラ氏と弁護士のシュナイダー氏がダイナースクラブをつくったという。
レストランで食事を終えた2人が現金を忘れた失敗からツケで支払いできる食事ができるクラブを考案したとされ、食事をする人という意味の「ダイナース」という名前を付けたそうだ。
実業家のマクナマラ氏と1960年の日本上陸当初の「紙製クレジットカード」(三井住友トラストクラブ提供)
JCBは68年、カードの利用代金の徴収に銀行口座からの自動引き落としを導入するなどサービスの裾野を広げた。
JCBは世界中で利用できる国際ブランドの一つでもある。国際ブランドはカード業界で大きな影響力を持ち、米ビザ、米マスターカードのように自社でカードを発行せず決済ネットワークのみを提供する会社や、JCBや米アメリカン・エキスプレスのように自社のカードも発行する会社がある。
Nilson Reportによると、2023年の世界のクレジットカードの取引額は約20兆ドル(3000兆円超)でシェアの9割弱を中国銀聯(ユニオンペイ)、ビザとマスターの3社が持つ。発行枚数もほぼ同様の傾向で35億枚のうち、米中3社が9割を占める。
中国や欧州で普及するデビットカードも21.8兆ドルと市場規模は大きい。ただ日本は120兆円を超すキャッシュレス決済のうち、デビットは2.9%に過ぎない。
電子マネー、日本独自の技術活用
90年代以降、日本の独自技術を活用した決済手段として広まったのが電子マネーだ。
ソニーが非接触ICカード技術「Felica(フェリカ)」を開発し、JR東日本が01年にはIC乗車券「Suica(スイカ)」に採用した。
楽天EdyやWAON(ワオン)、nanaco(ナナコ)など主に現金を事前にチャージして使う仕組みを指す。
電子マネーの年間決済額は23年で6兆4000億円と徐々に増加している。ただ足元では下火になっているとの声もある。
日銀によれば、月間の決済額は23年12月から24年10月まで前年比でマイナスが続く。新たな決済手段としてQRコードが急拡大しているほか、最近ではクレカのタッチ決済で改札を通れる鉄道会社も増え始めているためだ。
地方では電子マネー離れがじわり進む。九州産交バスや熊本電気鉄道などの5社は24年11月、全国交通系ICカードの運賃決済を停止した。決済機器更新に約12億円とクレカ決済機器の倍近くかかることなどがネックとなった。
ソニーの非接触型ICカードフェリカ(03年)㊧、熊本県内の交通5社は全国交通系ICカードによる運賃決済を廃止(24年5月、熊本市)
熊本市の大西一史市長は「今後、全国で更新を断念せざるを得ない事業者や自治体が出てくるのではないか」と指摘する
。広島県でも鉄道やバスを運営する広島電鉄が地域の交通系IC「PASPY(パスピー)」を25年で廃止すると決めた。
電子マネーが岐路を迎えているなか、新たな動きをみせるのがJR東日本だ。24年12月、Suicaを今後10年で抜本改革する方針を打ち出した。
従来2万円だった利用上限を緩和し、改札機を必要としない鉄道乗車や個人間送金も可能にする。豊富な移動データを生かし、生活を支えるインフラに育てる。
コード決済、「ライバルは現金」
この10年で急速に利用者を伸ばしたのがQRコード決済だ。モザイク模様の正方形にデータを記録できる2次元コードで、自動車部品大手デンソーの開発部門が1994年に開発した。
中国や東南アジアを中心に広がり、日本でもおなじみの決済手段になった。
QRコード決済は、スマホアプリにコードを表示して店の端末で読み込む方式と、店が掲示しているQRコードを利用者のスマホアプリで読み込む方式がある。
クレカや電子マネーは専用端末が必要だが、QRコード決済はコードを印刷した紙やシールを貼るだけで導入できる。決済手数料も安く中小や個人商店の心をつかんだ。
草分けがOrigami(オリガミ)の「オリガミペイ」だ。2016年ごろからコンビニや衣料品店で導入され注目を集めたが、IT(情報技術)大手が相次ぎ参入し競争が激化。
最終的にメルカリの傘下に入り、同社の決済アプリ「メルペイ」に統合された。
早くも淘汰が進むなか、爆発的に利用者を伸ばしたのが18年に参入したソフトバンクグループ(SBG)のPayPayだ。
24年に利用者は6700万人に増え、国民の2人に1人が使う計算だ。即時に送金・決済ができる利便性や100億円の還元キャンペーンに加え、新型コロナウイルス下で非接触決済が伸びたことも追い風になった。
SBGの孫正義氏(写真は01年)は「勝者総取り」の旗を掲げPayPayを普及させた
QRコード決済の利用回数は増えており、23年で93億回となった。クレジットカード(178億回)の半分程度だが電子マネー(61億回)を上回り勢いを強める。
「現金がライバル」をうたうPayPayは、25年4月にPayPay銀行を子会社化するなどして、複数のサービスを束ねる次世代の金融インフラになろうとしている。
「変貌キャッシュレス」では、2日から決済手段の垣根を越えて激しさを増す企業の競争やイノベーションの動静をお伝えします。
ひとこと解説
お金のやり取りは、使う側も、使われる側も、現金を物理的に扱うよりも、電子情報の方が取り回しも管理も容易です。
キャッシュレスはセキュリティが不安だという意見を聞くこともありますが、現金は落としたり盗まれたりすることがあります。
匿名性の担保や、停電などで電子機器が使えない状況が頻発するなど特殊環境以外では、総合的にはキャッシュレスに軍配が上がる認識です。
ただし、電子情報のやり取りだけになってくると、お金を利用する身体的な感覚が失われていくため、経験的にお金を大切にする意識が失われていく側面もあるかもしれないと感じています。
特に子どもたちに対しては明示的に金融教育を行う必要性が高まっています。
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紙幣と硬貨を使わない決済方法で、(1)あらかじめ入金する「プリペイド」(前払い)(2)デビットカードやQRコードなど預金口座から直接引き落とす「リアルタイムペイ」(即時払い)(3)クレジットカードに代表される「ポストペイ」(後払い)――に大別されます。カードに加えてスマートフォンによる決済も普及しています。
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