イラン大統領選決選投票で5日、みずからの票を投じるハメネイ最高指導者=WANA・ロイター
【ロンドン=岐部秀光】
イラン大統領選の決選投票で改革派のペゼシュキアン元保健相が次期大統領に選出された。事故で急死したライシ大統領の保守強硬路線を続けたかったハメネイ最高指導者ら指導部にとっては誤算が重なった。
イランの実質的なトップは直接の選挙で選ばれない最高指導者だ。大統領の権限には限界がある。それでも選挙結果は、社会の自由化への民衆の強い欲求を映した。
イランの国家体制はイスラム教シーア派の権威主義的な神権国家だ。そのイランが直接投票による選挙を実施し、民意を政治に反映させる民主主義の装置を持ち合わせていることは一見すると不思議もある。
イランがアラブ諸国など中東の他の権威主義体制と異なるのは、現体制が革命によって生まれたという点だ。王政支配に反発した民衆の蜂起が1979年のイスラム革命のエネルギーとなった。民衆の支持という建前がイスラム体制の正統性を支える重要な柱なのだ。
実際の選挙では指導部の意に沿わない候補は事前の資格審査によってふるい落とされる。今回も女性候補は軒並み出馬を阻まれた。
投票率を引き上げるために一定の改革派は残す必要があった。そこに指導部の誤算が生じた。
まずはクルド系の血を引く、知名度の低いペゼシュキアン氏が想定を上回る票を集めたこと。そして本命と期待していたガリバフ国会議長が1回目の投票で早々に敗退してしまったことだ。
ペゼシュキアン氏と決選投票で争ったジャリリ元最高安全保障委員会事務局長が訴えた極端な強硬路線には指導部ですら不安をおぼえた。
指導部は革命から45年が過ぎ、そのイデオロギーと大きく離反した民意との溝を過小に評価していた可能性がある。孤立と制裁のなかハメネイ師が唱えた「抵抗経済」は庶民に多大な苦痛を強いてきた。
イランが直面するリスクは、自由化や開放に期待する民衆の声を指導部が力でねじふせようとすることだ。2019年のガソリン値上げや22年の女性のスカーフ着用をめぐるデモを当局は強引に抑え込んだ。
王族や首長家が支配するイラン周辺のアラブ諸国は、イラン民衆革命の「輸出」を恐れてきた。革命で生まれたイランの指導部はいま「アラブの春」流の革命が波及することにおびえる。
イランの権威主義的な体制の継続を支えるのは中国やロシアの支援だ。イラン指導部は欧米流の民主主義を否定しながら経済を発展させる道が可能だと信じている。
中東はイスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスによる戦闘が各地に飛び火するリスクがくすぶる。ハマスやレバノンのシーア派勢力ヒズボラ、イエメンの反体制武装組織フーシなどの反イスラエル勢力を支援してきたのはイランだ。
脱石油のエネルギー転換のうねりのなか、権威主義体制と民主主義体制の覇権争いの舞台のひとつとなっている地域でもある。ペゼシュキアン氏の「改革路線」の成否は世界秩序の行方をも左右する。