エリザベス・ベントリー(1908~1963)
エリザベスは、愛人のソビエト・スパイにスカウトされて工作員となった。 最後は、その行為が露見することに怯え自らFBIに出頭し、ソビエト情報組織(内務人民委員部:NKVD:KGBの前身)が構築した諜報網を暴露した。
彼女は二つの組織からの情報を上司(NKVDハンドラー)に伝える立場にいただけに、組織の全貌を把握していた。
ソビエトに最も貢献した大物スパイであるハリー・デキスター・ホワイト(財務省高官:対日ハルノート原案を起草)とも関係があった。
エリザベス・ベントリーの生い立ち
エリザベス・ベントリーは1908年一月一日、コネチカット州ニューミルフォードに生まれた。 チャールズとメイの間に生まれたベントリー家の一人娘だった。
チャールズは乾物商、母はエリザベス出産前までは教師だった。 ニューミルフォードの西およそ100kmに位置するロチェスターにある高校に通った。 メイは熱心なキリスト教徒で男女関係の躾は厳しかった。
エリザベス(以下ベントリー)の学業は優秀で、奨学金を得て名門女子大学ヴァッサー・カレッジ(ニューヨーク州ポキプシー、現ヴァッサー大学:1969年共学化)に入学した(1926年)。
当時、東部女子大学七校がセブンシスターズと呼ばれる名門だったが、ヴァッサーカレッジはその一角をなしていた。
明治期岩倉使節団の一員として米国に渡った山川捨松(大山巌元帥の妻)が学んだ学校である。
「彼女の高校時代は友達のいない孤独な生活だった。 大学に入ってからもそれは変わらなかった。 5フィート9インチ(181cm)の長身でがっしりした身体だったがその体躯に似合わず、はにかんだ笑みを浮かべるばかりの女学生だった。
彼女を知る学生は、『エリザベスは、悲しげで、平凡で、退屈で田舎の教師のようだった。 ボーイフレンドはいなかったようだし、はっきり言って一緒にいるとイライラすることが多かった』と語っている」(評伝作家:キャサリン・オル務ステッド)
彼女は語学を専攻し、イタリア語、仏語を学んだ。 学生時代の彼女に大きな影響を与えた人物に演劇担当教授ハリー・フラナガン(女性:Halie Flanagan)がいる。 フラナガンは、所謂『左翼教師』だった。
グリンネル・カレッジ(1911年卒)、ラドルフ・カレッジ(1924年修士取得)で学び、ヴァッサー・カレッジに職を得た。
1926年には、女性で初めてグッゲンハイム財団(ユダヤ系)の奨学金を得て、ヨーロッパそしてソビエトで演劇を学んだ。 彼女がソビエト実験演劇の大御所コンスタンチン・スタニススラフスキーに会ったのはこの時期である。 彼女にはソビエトが理想の国家に思えた。
[思った通りの国だった。 それ以上化も知れない。 自由の国、労働者の楽園。誰もが助け合って生きている]
ベントリーがヴァッサー・カレッジに入学した時期は、14ケ月の留学を終えたフラナガンが、実験演劇を通じて『素晴らしい』共産主義思想の伝搬に情熱を燃やしていた時期だった。
卿極資格を得て卒業したベントリーは、ミドルバーグ(バージニア州)の女子学生のための大学予備校に職を得た。 1932年には職を辞してコロンビア大学に入学した。 更にイタリア留学を決めフローレンスに住んだ。 イタリアでは勃興するファシズムに憧れたが、次第に嫌悪するようになる。
1934年7月、ベントリーはイタリア客船バルカニア号に乗り、ニューヨーク港に帰国した。 一年の留学生活からの帰国で心は弾むはずであったが、当時の米国は不況の真っただ中にあった。
1933年から始まったルーズベルト政権のニューディール政策は始まったばかりで、その効果は誰にも分らなかった。
この頃には両親も他界し、彼女を出迎える者はいなかった。「職は見つかるだろうか。 そうでなければ何のための留学だったのか」。 不安ばかりが先に立った。
悩んだ末にコロンビア大学(ビジネススクール)への入学を決め、同時に秘書としての職探しも覚悟して速記とタイプも学び始めた。
安い家具付きアパートの生活だった。両親からの遺産もこの頃には底をつき始めていた。 この頃、安アパートの住人リー・ファー(Lee Fuhr)と知り合った。
彼女もコロンビア大学(教職課程)の学生だった。 リーは典型的な進歩主義者で利他的なタイプの女性だった。 自身の幸福しか考えてこなかったと感じていたベントリーは彼女に魅せられた。
ベントリーのイタリア留学経験やファシズム嫌いを聞いたリーは学内のサークルへ誘った。反戦反ファシズム米国連盟(American League against War and Fasism
)と称するサークルで、前年(1933年)秋に結成されたばかりの米共産党系組織であった。
エリザベス・ベントリー:赤いスパイクイーンー2 米共産党のオルグ
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/3399794b8e76265ef17b9e393e818bd4
に続く。