「私たちは過去にも(困難を)乗り越えてきた経験がある。もしトランプが勝ったとしても、私たちは再び生き残れるだろう。ともに頑張ろう」。

ハリス氏の敗北が決まる前に、主催者のマニー・イェクティエルさんはこう話して観戦パーティーを締めくくった。

 

近所にある別のバーでは現地時間の午後11時半前に始まったトランプ氏の「勝利演説」を流してはいたものの、音声は消され、誰一人として見ている人はいなかった。

観戦パーティーに訪れていた人のうち、インフレや治安悪化などを挙げて「民主党の4年間は悲惨だった。彼のほうがマシだ」と話す人もいた。だが、多くの人は悲観的だ。

 

シリコンバレーを含むカリフォルニア州はリベラルが多数派の「青い州」。実際、カリフォルニア州では170万票以上の大差でハリス氏が勝利を確実にしている。

「ハリス氏は粘り強かった」と話していたジョイ・アバウンズさんにトランプ氏について尋ねると、「名前を口にするのも嫌だ」と吐き捨てた。

 

 

「CHIPS・科学法」見直しの衝撃度

政治信条は民主党でも、技術政策は共和党──。シリコンバレーで選挙戦を取材すると、こう答えた有権者が目立った。

伝統的に「大きな政府」を志向する民主党はテクノロジーに対する規制が厳しいとされ、一方でトランプ氏は暗号資産(仮想通貨)をはじめとする先端技術の支援に寛容とされてきた。

 

ただし、トランプ氏の再登板はテクノロジー業界にとって追い風とも言い切れない。

まず大きな政策変更が予想されるのが関税だ。トランプ氏は輸入品に対する関税引き上げを公約に掲げた。

 

中国からの輸入品には一律60%、その他の国からの輸入品に10~20%の関税をかけるとしている。

国際経済学を専門とするミシガン大学のアラン・ディアドルフ名誉教授は、米国製品の輸出国が報復として同等の関税を設定した場合、「その影響は米国を世界の貿易システムから大きく切り離し、輸入と輸出の両方を大幅に減らすことになるだろう」とコメントした。

 

テクノロジー産業では半導体産業が直撃を受けることになる。最たる例が、台湾積体電路製造(TSMC)が製造する最先端半導体だ。

米商務省によれば世界の最先端半導体の92%は台湾で生産されており、米国内の需要も大半が台湾からの輸入と見られる。

 

台湾からの輸入にも高い関税が課せられることになれば、TSMCだけでなく同社に製造を頼る米NVIDIA(エヌビディア)や米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)などが戦略変更を余儀なくされる。

サプライチェーンに混乱が生じれば、AI(人工知能)需要を支えるデータセンター市場が大きな影響を受けるのは必至だ。

 

半導体関連では、バイデン政権が2022年に成立させた「CHIPS・科学法」の見直しも予想される。トランプ氏は2024年10月に出演したポッドキャスト番組でCHIPS・科学法を厳しく非難。

補助金や税額控除ではなく、関税によって米国内に半導体工場建設を促すべきだと主張している。輸入品に高い関税をかければ輸入品ではなく国産品の需要が高まり、その需要に応じて国内の生産施設が増えるというロジックだ。

 

こうした主張に対し、米国半導体工業会は米国内の工場建設はコストアップにつながり、「効率的なサプライチェーンを破壊する」と反対を表明してきた。

CHIPS・科学法を根拠にした補助金を念頭にTSMCや米Intel(インテル)などが米国内で工場を建設しており、これらの扱いも注目点となるだろう。

 

製造業の国内回帰はトランプ氏が掲げる政策の中心であり、半導体メーカーの調達戦略に見直しが迫られそうだ。

 

 

FTCのカーン委員長は退任か

もう1つ大きな政策変更が、プラットフォーマーに対する競争政策と法執行のあり方だ。現在、米連邦取引委員会(FTC)はバイデン政権下で2021年6月に任命されたリナ・カーン委員長が率いる。

「GAFAMの天敵」とも呼ばれるプラットフォーマー規制論者で、32歳という若さでの就任は委員長としても委員としても史上最年少。バイデン政権の反トラスト法(独占禁止法)執行の象徴的な人事として話題を呼んだ。

 

伝統的に共和党は民主党と比較して、企業の競争力拡大のためにある程度の寡占を容認する姿勢を取ってきた。グーグルやアマゾンなどのプラットフォーマーに対しての法執行がどう変化するかも焦点となる。

「ウォール街では、カーン氏がFTCを去るという見方が強まっている」。米ウェドブッシュ証券で長年テクノロジー業界を担当してきたアナリスト、ダニエル・アイブス氏はこう言う。

 

反トラスト法関連の法執行が緩和されれば、ビッグテックによるM&A(合併・買収)が進めやすくなりそうだ。

ただし、共和党の副大統領候補のバンス氏は選挙戦中、カーン氏を支持すると発言している。トランプ政権下でのFTC委員長人事にも注目が必要だ。

 

進行中の独禁法訴訟への影響も考えられる。例えばグーグルは独禁法違反の疑いで米司法省と訴訟中。一審判決はグーグルが敗訴し、独占状態の解消に向けた是正措置で事業分割も選択肢に挙げられている。

 紛争・訴訟における経済分析などを専門とするNERAエコノミックコンサルティングの矢野智彦ディレクターは開票前の取材で「共和党政権になれば、長期的に裁判への影響が多少は出てくる」とコメントした。

 

政権は最高裁判所判事の構成に影響を与える。グーグルと司法省による控訴審でも「共和党寄りの考えを一定程度受けた判断が予想される」(矢野氏)。

 

 

AIに関する大統領令は破棄へ

AI業界には追い風が吹きそうだ。トランプ氏は、バイデン大統領が2023年10月に発令したAIの安全性に関する大統領令を破棄すると発言。

米メディアはトランプ陣営が業界主導でAIの開発促進に向けた機関の創設を計画中と報じている。大統領選でトランプ氏を支持したシリコンバレーの投資家・起業家に配慮を示したと言える。

 

「米Microsoft(マイクロソフト)やグーグルなどのテック企業に利益となるようなAI構想が進むだろう」(ウェドブッシュ証券のアイブス氏)。

米証券会社でマイクロソフトなどを担当するアナリストも「対中国という文脈でも、ビッグテックなどが開発するAIは強力な武器。彼らのファンダメンタルズを毀損しかねない政策を採用するとは考えにくい」と見る。AI関連では規制から支援への流れが加速しそうだ。

 

一方で、トランプ氏はグーグルに対して、「悪意あるニュースを選別している」として当選したら起訴すると表明している。米Meta(メタ)のマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)に対しては、2024年9月に発売した著書の中で訴訟をほのめかしている。ビッグテックが等しくトランプ政権の恩恵を受けるかどうかは不透明だ。