矢野 高史
生成AIをはじめとする先進テクノロジーを活用し、従業員のウェルビーイングを実現する未来像とは。現在開発中のものも含む具体的なソリューションも交えて紹介する。
生活者を取り巻く環境変化と保険ビジネスの未来
マイナンバー活用など電子政府の加速、各種サービスのパーソナライズ化、メタバースなどデジタル空間を利用した新たなコミュニケーションなど、社会ではデジタル化が急速に進んでいます。
また生成AIに関しては、今年大きなブレイクスルーがありました。このような状況を踏まえ、私たちは2030年の生活者を取り巻く未来像を描いています。
全体像としては、国や企業を含めた幅広い産業が生活者を包み込むような形でサポートすることで、日常の生活をより充実させていくとともに、安心・安全な生活基盤を築いていくことになると考えています。普及したセンシング技術によってあらゆるものからデータが自然と蓄積され、またそのデータをもとにAIとの対話を通じて未来の予測や示唆を得ながら、生活者は自身の行動を決定していくようになるでしょう。
その中で、私の専門分野である保険業務がどうなるかについてもすこしお話しします。このような未来像のもとでは、保険業務にも当然進化が求められます。
これまでの保険は、保険事故が発生した時に金銭の支払いによって保障するサービスでした。そこから顧客価値を向上させていくためには、生活者の一生涯を支え、「ウェルビーイングに貢献する保険」へとサービスを高度化させていかなくてはいけません。
それに伴い、当然業務は複雑化し、従業員に求められるスキルも高度化していきます。そこで、そんな従業員をサポートする「デジタル従業員」が必要になってくると考えています。
デジタル従業員による業務のサポート
デジタル従業員とはどんな存在でしょうか?コンセプトを一言で表現するなら「従業員の意図を理解して作業する同僚のような存在」であると考えています。
具体的には、業務を理解して従業員の自然言語による指示を受け、さらに直前の指示も短期記憶として残しながら自らの振る舞いを制御。従業員に作業の成果を提供したり、行動変容を促すような提案をしてくれたりする存在と言えるでしょう。
デジタル従業員とまではいかなくても、古くはExcel VBA、すこし前ならRPAという技術で業務の自動化は取り組まれてきました。
その結果、現在の従業員を取り巻く環境は常にいくつものアプリケーションを操作しなければ業務が立ちゆかず、細かな事務作業に追われていると業務の本来の価値を喪失するような状況になっています。つまり、従業員が複数のアプリケーションを使いこなすためのスキルを求められ、その能力育成に労力が費やされているのです。
このような課題を抱える現在の自動化に対し、理想的な自動化の状態とはどんなものでしょうか。
従業員のITリテラシーに関わらず、従業員の意図を汲んで、従業員の代わりに複数の自動化アプリケーションを勝手に使いこなしてくれるようなシステムであると私たちは考えています。
RPAよりも業務の幅、自動化の補修性、柔軟性が高く、RPAをも含む多様な自動化アプリケーションをオーケストレーションし、従業員の言葉を理解して業務を遂行してくれる。
定型パターン化されていない業務においても、複数の作業を組み合わせることで成立させることができる状態こそ、理想的な自動化と言えるでしょう。
このように業務の理想的な自動化を実現するデジタル従業員に求められる機能は、人間が作業を行う時に必要な能力に近いものになるでしょう。
自然言語を理解することから始まり、それを短期的に記憶して各種システムへアクセスして判断する。システム作業を行うために必要な登録作業や検索ができることも必要です。
デジタル従業員の活用イメージ
実際にどのような場面で活躍するのか。活用イメージを見ていきましょう。例として、新規顧客開拓の業務について考えてみます。
最初のステップとなる「見込顧客選定」では、現在は手作業でリスト作成し、さらにその書類を自分の目で確認して判断していかなくてはいけません。
一方、デジタル従業員を活用することで最適な自動化ができると、「見込顧客選定」から「アポイント」までが自動化されます。「商談」ではパーソナライズされた提案がレコメンドされ、最後の「契約申込」の処理も自動化するため、従業員の業務は「商談」に特化したものへと変わっていきます。
さらに具体的なユースケースを4つ挙げてみました。
1つ目は、顧客招待に向けた準備段階について。顧客の趣味趣向などの情報を獲得し、よりよい提案のドラフトを作成。お客さまの日程調整も自動化します。これによって職員の繁忙度やスキルレベルの影響を受けずに提案業務が進められます。
2つ目は、照会応答について。たとえば一般的な金融機関では、社内のコールセンターなど従業員からの業務に対する問い合わせ先が設置されています。しかし、デジタル従業員がマニュアルを引用しながらタイムリーに回答していくことで、照会応答業務の負荷軽減ができます。
3つ目は、成績・活動管理といういわゆるレポーティングについて。デジタル従業員が社内報告文書の作成代行などを担うことで、業務負担の軽減はもちろん、レポートラインの品質も向上します。
4つ目は、新商品・サービス開発について。新たなビジネスの創出や生活者のニーズ調査までを自動化するために、社内外の情報にアクセスし、テーマに沿った情報収集を行い分析し、アイデアの種を添えて提案してくれる。そんなデジタル従業員の姿をイメージしています。
開発中の最新生成AIソリューション3選
ここまで、デジタル従業員の可能性について見てきましたが、生成AIという枠組みで、もうすこし広く「AI活用による従業員のウェルビーイング」について考えていきましょう。NTT DATAで現在開発中の最新ソリューションをご紹介します。
1つ目は、「AI suite」という自分が他人にどう見られているかを可視化するソリューションで、オンライン会議やロールプレイで活用するものです。たとえば、自分では笑顔で対応しているつもりでも相手には不機嫌に見えているような、自分では気づきにくい他人からの印象を知ることができます。
2つ目は、デジタルヒューマン。たとえば、お客さまをイメージしたデジタルヒューマンを営業職員のトレーニングで活用したり、上司をデジタルヒューマンにして社内プレゼンテーションの事前確認や練習をしたりするような用途を想定しています。
3つ目は、個性の可視化をテーマに開発を進めているソリューションで、ニックネーム生成AIです。
30秒ほど、自分の興味や今の気持ちなどをシステムに話しかけると、表情や声などを理解するクロスモーダルAIが内容を分析してポジティブなニックネームをつけてくれます。
実は個人的に試したこともあるのですが、本当にポジティブになれるニックネームをズバッと生成してくれて、従業員のウェルビーイングに直結することを実感できました。
さらなる従業員ウェルビーイングに向けて
ここまで、AI活用による従業員のウェルビーイング向上の可能性についてお話ししてきました。最後に、AI活用に限らず、幅広く従業員ウェルビーイング実現に向けて注目しているソリューションを3つご紹介します。
1つ目は、スマホカメラによってウェルビーイング測定ができるアプリです。撮影した顔色からストレス値や肌年齢が測定でき、毎日測定していくことで自分の状態を客観視できるようになり、改善に役立てることができます。
2つ目の「VRワークショップ」は、VRの世界で上司や部下など他の人の立場になることで相互理解を促進するものです。無意識のうちに決めつけていた他人の状況や感覚を自分のことのように感じ、認識を改められるようになる取り組みです。
3つ目の「バーチャル変身カラオケ」は、メタバース空間で自分が歌手のアバターになりきり、ステージ上でパフォーマンスしながら歌を楽しめるソリューションです。ふつうのカラオケよりも高揚感や没入感が高まり、ストレス解消やカロリー消費によって健康増進に寄与。
また、プロテウス効果と言って、自分が歌手だと信じることですこしだけ歌が上手くなったように感じられるという効果があると考えられています。それによって、歌が苦手な方でも一歩踏み出す後押しになる、行動変容を促すことも狙いとして考えています。
NTT DATAは、AI活用はもちろん、幅広い先進テクノロジーを駆使することで、従業員のウェルビーイングの実現をめざします。
本記事は、2023年10月26日、27日に開催されたFIT2023(Financial Information Technology 2023、金融国際情報技術展)での講演をもとに構成しています。
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NTT DATA 2024年1月30日より引用