1日目からの続きです。
○ トレッキング
行き先不明の旅2日目。朝6時に起きます。
二人ともぐっすりと寝られました。
この夏の旅行中に泊まったどの宿でも、寝苦しさに1度は目覚めていたため、(枕を替えたら寝れない体質になっちゃったのかしら…)と気に病んでいましたが、そうではなかったようでひと安心。
部屋の中には空調機が無く、オートコントロールで、とても快適でした。
早起きしたのは、昨日できなかったトレッキングをするためでした。
夕べの大雨はすっかりやみ、朝から快晴です。
ホテルの前にはゴルフコース、反対側にはパターゴルフのコースとゲレンデが広がっており、トレッキングルートが見つからずにウロウロ。
フロントに聞こうと戻った時に、玄関に「熊に注意」の紙が貼られているのを見て、「クマが出るんだ!」とおびえます。
そういえば、道路標識でも見かけました!
ようやく登り口を見つけて、トライ開始。
すぐに急な斜面になり、ゼイゼイいいます。
まさに心臓破りの坂。口もきけずに黙々と上りました。
まだ起きてから何も食べていないから踏ん張れなーい。でもヨウちゃんは、スイスイと登って行きました。スリムなのになぜ~?
ホテルを見下ろせる場所まで登りました。ホテルの向こうに見えるのは妙高山でしょうか。遠くに黒姫山も見えるようですが、尾根が連なっていて、どれがどれだかわかりません。
山頂はまだかなり上ですが、朝風呂に入るため、ここでUターンして戻ります。
この辺りのトレッキングトレイルは、遊歩百選に選ばれた人気のあるコースなんだとか。
ホテル周辺を散歩する人はいたものの、私たちのほかにトレッキングをしている人はいませんでした。
それから温泉に入り、汗を流します。やっぱり露天風呂は気持ちがいーい。
さっぱりしてから、朝食を食べました。
台風が近づいているため、予定より時間を早めて8時半に出発。
今日の予定も、全く未定のまま。ゴールが東京だということしかわかりません。
今度は一番前の席で、見晴らし満点。
山を降りてすぐの湖畔には親子のナウマン象像が立っていました。
○ 大本山のお寺へ
すてきな橋を発見。
また高速を通り、須坂長野下で降ります。
着いたのは、とても有名なお寺でした。
去年の秋にも、家族で訪れた場所です。一年後にまた来るとは。
当時修復中だった屋根は、もうほろも取れて完成していました。
前に見逃していた、本堂の閻魔様を見上げます。
下からの照明で、怖さ倍増~!
写真に撮ったら閻魔パンチが飛んできそうなので、やめておきました。
彼の足元にあった風炉を見ると、小鬼が必死に持ち上げていました。
これいいわ!邪鬼好きの私は、縁の下で地味にがんばる鬼がお気に入りです。
けなげな感じがするから。がんばってー。
ここは盆地で、さらに台風が近づいているため、ムシムシして、とにかく暑い!
参道の石段の照り返しがきつく、ぐったりします。
それでも、本堂から山門を抜けて、門前町を通り、仁王門まで歩いていきました。
仁王門には、前と変わらず、鳩がたくさんとまっていました。
参道から一本それた道を通ると、喧騒はぴたりとやみ、落ち着いた静かな界隈になります。
山内寺院が続く寺町通り。
檀家を持たないこの大本山には、墓地がありませんが、去年、山門の上からすぐ隣に墓地があるのが見えて(あれは…?)と気になっていました。
そのお寺の前まで来ましたが、残念ながら閉まっていました。
「不審者が出るため閉鎖中」と書いていました。あれ、私もその仲間?
木戸の隙間からのぞいてみると、やっぱり墓地がありました。(のぞいている時点で不審者かも…)
寛慶寺という、違うお寺の名前でした。
不動堂では、僧侶が護摩焚きをしていました。
そのそばの木陰にいた延命地蔵像は、すっきりとした気高いお顔で、しぐさも美しく、見とれました。
ふと気がつくと、本堂から参道にかけて、びっしりと人が並んでいました。
「どうしたのかな?」「参拝者の行列じゃない?」
それにしても、見たことのないほどの長蛇の列です。
こんなに参拝に並ぶって、初詣みたい。しかも列は進んでなさそうなのに、誰もあせっている風はありません。
はっと気が付きました。
「もしかして、住職が本堂に上がってくるのを待っているのかも?」
「見届けたーい!」と粘る私でしたが、「もう出発時間だから」とヨウちゃんにやんわりたしなめられました。
裏道を早足で通っていく、袈裟姿のお坊さんを見つけて「あの人が実はシャイな住職で、こっそり裏から登壇してたりして」と笑いました。
この日気に入った樹木。
○ そば蔵
それからバスに戻り、おぎのやへ行きました。
おぎのやといったら横川ですが、そのほかにも、あちこちに大型店舗があるんですね。
そば蔵に通され、そこで信州そばの試食をしました。
コシがあって、おいしーい!
案内してくれた人は「虎御前」と書かれた名札をかけていて(源氏名ね。なぜ?)としげしげと見つめました。
ここは信玄と謙信が闘った古戦場のそば。
広い公園になっており、二人の銅像がバスから見えましたが、休憩時間中にそこまで行って戻ってくるのは、ちょっと無理です。
うーん、残念。
そば蔵の横に「山勘まつり」という旗が立っていたので「山本勘助のことだよね!」と言っていたら、果たしてその通りで、建物の裏に、彼ゆかりの橋がありました。
公園はヨウちゃんOKがおりませんでしたが、20m先の橋はGOサインが出たため(連れは有能なタイムキーパー)、行ってみました。
ここは、戦死した山本勘助の首と胴を家来が合わせたという伝説の場所だそうです。
小さな石橋ですが、かつてはもののふたちが激しく命を散らして戦った場所なんですね。
(信玄と謙信の戦場って、島よね?でも公園の辺りは、全然島じゃないのはなぜ?)と不思議に思ったら、この橋があるために辺りを公園に整備したということで、実際の古戦場はまた別の場所になるそうな。
島というより、長野県長野市の犀川と千曲川に囲まれた三角デルタ地帯なんだと知りました。
仏女、歴女として興味のわく場所を訪れて、嬉しくなります。
車中では、おぎのやの峠の釜めしではないお弁当をいただきました。
箸袋に「駅弁発祥の店」と書かれていました。そうなんだ~。
○ 棚田の収穫
バスは再び高速に乗ります。
「次は、最近ひそかに話題になっている場所です」と添乗員さんが言ったので、(戸隠じゃないかな?)と思いました。
ヒーリングスポットですし。
するとバスは、更殖(こしょく)で降りました。聞いたことが無い地名で、ヨウちゃんと「どう読むのかな?」とふりがなをキョロキョロ探しました。
細い道を、運転手さんが苦心して、大型バスで進んでいき、着いたのは『楢山節考』のモデルになった、間引きの昔話の残る山。
人生五十年と言われた昔、六十を越えたお年寄りが山に棄てられたという悲惨な話。(ここがその舞台だったのかしら)と身構えました。
実在したのかそうでないかは諸説あり、まだはっきり解明していないようです。
ICにもある地名ですが、名前の響きから、自発的に来ようと思わなかったことでしょう。
ここは棚田が有名なんだとのこと。
「最近のひそかな話題って、棚田じゃないかな」とヨウちゃん。
日本回帰ブームでしょうか。
ここにあるお寺は、とても眺望がよく、たくさんの句碑が立っています。
更科紀行での松尾芭蕉の句「俤(おもかげ)や姥一人なく月の友」もありました。
その碑は、写真を撮りづらい場所にあったため、撮影は諦めて、個人的に気に入った作者不詳の句を撮りました。
「信濃では月と仏とおらが蕎麦」飾り気のなさが、いいですね。
ここは月の名所で、月見堂からはそれは美しい月がのぞめるそうです。
おりしもこの日は中秋の名月。「ああ、夜だったらよかったのに!」とみんなで言いました。
お寺の周りには、「名勝 四十八枚田地区」と言われる棚田が広がっています。
2000haの敷地に2000枚の田んぼがあるそうです。
まさに水田は黄金色になり、大勢の人々が稲刈りをしていました。
ここは、棚田オーナー制を敷いており、この日みんなで集まって、大々的に収穫を行っていました。
ベストタイミングでその光景を見ることができた私たち。
段々になっている棚田は、一つ一つがそう大きくはないため、トラクターは入らず、手作業で鎌刈りしていきます。
こういう光景を実際に見るのは初めて。日本の原風景をしみじみと堪能しました。
ここは、夜になると月が一つ一つの棚田に映し出されるため、田毎の月と呼ばれるそうです。
幻想的な光景でしょうね。
名前の暗いイメージとは実際にはまったく違う美しい景色に、しみじみとした日本の自然を味わいました。
固定観念を払拭できるのも、行き先不明の旅ならではの醍醐味です。
○ 橋とトンネル
これで今回の旅の観光はすべて終了。あとは一路、帰るのみです。
とても天気がよく、棚田からの見晴らしも素晴らしかったため、台風が来るなんてなんだか信じられません。
吊り橋状の白い架け橋を見つけました。
カメラを構えながら、「きれいな橋ー。あなたの名前はなにかしら?」とつぶやいたら、横のヨウちゃんが「千曲橋ー」と答えてくれました。
ありがとう~。川は千曲川でした。
この辺りは山がちなので、長いトンネルが続きます。
トンネルもけっこう好きな私。2つ並んでいるのがメガネのようでかわいいです。
窓から見える田畑は、黄色くなっており、収穫時期を知らせていました。
この橋もすてきー。
旅の間に、好みの橋やトンネル、樹木、邪鬼、鬼瓦などを見つけては喜ぶ私を、ヨウちゃんは静かに見守ってくれました。
引かれてなければいいけど!
○ 台風来たる
2時過ぎから、激しい雨がザーッと降ってきました。
トンネルを抜けると雨がフロントガラスに叩きつけてきます。
この橋もすてき。(雨の中でも)
いよいよ台風が近づいてきました。
「台風は、時速40キロですが、私たちはその倍以上の速さで走ってますから、大丈夫」と添乗員さん。
なんというデッドヒートでしょう。
まだ台風も本格的に関東にはやってきておらず、時々小やみになったりするような状態の時に、東京に着き、解散しました。
雨よりは風が強く、傘もささずに帰りました。
新宿駅南口では、台風実況ロケ班がカメラを設置しているところでした。
帰宅後、ほどなくして関東は嵐に見舞われ、交通機関は軒並みストップしてしまいましたが、私たちは、早だおしして出発したのが功を奏して、問題なく旅を終えることができました。
旅行中は全く雨に逢うことが無く、天気にも恵まれて、ラッキーでした。
○ epilogue
今回のツアーは、宿泊したホテル代と朝食代くらいの料金で一泊二日間を楽しめたので、お得感がありました。
普通のツアーのようなコテコテの観光地にはほとんど行かなかったため、混雑で疲れてしまうこともありませんでした。
コスモスや棚田の収穫など、まさに今が旬という見どころに連れて行ってもらえて、地元の人のイチオシ場所を案内してもらったような感じ。
ひと月後は、同じプランでも行き先は全く変わっていることでしょう。
画像は、帰り路で添乗員さんが書いてくれた、今回の訪問地です。
行程をすっかりお任せして、からっぽの頭で行くだけに、実際に訪れた時の新鮮さはひとしお。
とてもおもしろかったし、十分満喫できた二日間でした。
またこうした旅行に参加してみたいと思います。
○ トレッキング
○ 大本山のお寺へ
○ そば蔵
○ 棚田の収穫
○ 橋とトンネル
○ 台風来たる
○ epilogue
○ 大本山のお寺へ
○ そば蔵
○ 棚田の収穫
○ 橋とトンネル
○ 台風来たる
○ epilogue
○ トレッキング
行き先不明の旅2日目。朝6時に起きます。
二人ともぐっすりと寝られました。
この夏の旅行中に泊まったどの宿でも、寝苦しさに1度は目覚めていたため、(枕を替えたら寝れない体質になっちゃったのかしら…)と気に病んでいましたが、そうではなかったようでひと安心。
部屋の中には空調機が無く、オートコントロールで、とても快適でした。
早起きしたのは、昨日できなかったトレッキングをするためでした。
夕べの大雨はすっかりやみ、朝から快晴です。
ホテルの前にはゴルフコース、反対側にはパターゴルフのコースとゲレンデが広がっており、トレッキングルートが見つからずにウロウロ。
フロントに聞こうと戻った時に、玄関に「熊に注意」の紙が貼られているのを見て、「クマが出るんだ!」とおびえます。
そういえば、道路標識でも見かけました!
ようやく登り口を見つけて、トライ開始。
すぐに急な斜面になり、ゼイゼイいいます。
まさに心臓破りの坂。口もきけずに黙々と上りました。
まだ起きてから何も食べていないから踏ん張れなーい。でもヨウちゃんは、スイスイと登って行きました。スリムなのになぜ~?
ホテルを見下ろせる場所まで登りました。ホテルの向こうに見えるのは妙高山でしょうか。遠くに黒姫山も見えるようですが、尾根が連なっていて、どれがどれだかわかりません。
山頂はまだかなり上ですが、朝風呂に入るため、ここでUターンして戻ります。
この辺りのトレッキングトレイルは、遊歩百選に選ばれた人気のあるコースなんだとか。
ホテル周辺を散歩する人はいたものの、私たちのほかにトレッキングをしている人はいませんでした。
それから温泉に入り、汗を流します。やっぱり露天風呂は気持ちがいーい。
さっぱりしてから、朝食を食べました。
台風が近づいているため、予定より時間を早めて8時半に出発。
今日の予定も、全く未定のまま。ゴールが東京だということしかわかりません。
今度は一番前の席で、見晴らし満点。
山を降りてすぐの湖畔には親子のナウマン象像が立っていました。
○ 大本山のお寺へ
すてきな橋を発見。
また高速を通り、須坂長野下で降ります。
着いたのは、とても有名なお寺でした。
去年の秋にも、家族で訪れた場所です。一年後にまた来るとは。
当時修復中だった屋根は、もうほろも取れて完成していました。
前に見逃していた、本堂の閻魔様を見上げます。
下からの照明で、怖さ倍増~!
写真に撮ったら閻魔パンチが飛んできそうなので、やめておきました。
彼の足元にあった風炉を見ると、小鬼が必死に持ち上げていました。
これいいわ!邪鬼好きの私は、縁の下で地味にがんばる鬼がお気に入りです。
けなげな感じがするから。がんばってー。
ここは盆地で、さらに台風が近づいているため、ムシムシして、とにかく暑い!
参道の石段の照り返しがきつく、ぐったりします。
それでも、本堂から山門を抜けて、門前町を通り、仁王門まで歩いていきました。
仁王門には、前と変わらず、鳩がたくさんとまっていました。
参道から一本それた道を通ると、喧騒はぴたりとやみ、落ち着いた静かな界隈になります。
山内寺院が続く寺町通り。
檀家を持たないこの大本山には、墓地がありませんが、去年、山門の上からすぐ隣に墓地があるのが見えて(あれは…?)と気になっていました。
そのお寺の前まで来ましたが、残念ながら閉まっていました。
「不審者が出るため閉鎖中」と書いていました。あれ、私もその仲間?
木戸の隙間からのぞいてみると、やっぱり墓地がありました。(のぞいている時点で不審者かも…)
寛慶寺という、違うお寺の名前でした。
不動堂では、僧侶が護摩焚きをしていました。
そのそばの木陰にいた延命地蔵像は、すっきりとした気高いお顔で、しぐさも美しく、見とれました。
ふと気がつくと、本堂から参道にかけて、びっしりと人が並んでいました。
「どうしたのかな?」「参拝者の行列じゃない?」
それにしても、見たことのないほどの長蛇の列です。
こんなに参拝に並ぶって、初詣みたい。しかも列は進んでなさそうなのに、誰もあせっている風はありません。
はっと気が付きました。
「もしかして、住職が本堂に上がってくるのを待っているのかも?」
「見届けたーい!」と粘る私でしたが、「もう出発時間だから」とヨウちゃんにやんわりたしなめられました。
裏道を早足で通っていく、袈裟姿のお坊さんを見つけて「あの人が実はシャイな住職で、こっそり裏から登壇してたりして」と笑いました。
この日気に入った樹木。
○ そば蔵
それからバスに戻り、おぎのやへ行きました。
おぎのやといったら横川ですが、そのほかにも、あちこちに大型店舗があるんですね。
そば蔵に通され、そこで信州そばの試食をしました。
コシがあって、おいしーい!
案内してくれた人は「虎御前」と書かれた名札をかけていて(源氏名ね。なぜ?)としげしげと見つめました。
ここは信玄と謙信が闘った古戦場のそば。
広い公園になっており、二人の銅像がバスから見えましたが、休憩時間中にそこまで行って戻ってくるのは、ちょっと無理です。
うーん、残念。
そば蔵の横に「山勘まつり」という旗が立っていたので「山本勘助のことだよね!」と言っていたら、果たしてその通りで、建物の裏に、彼ゆかりの橋がありました。
公園はヨウちゃんOKがおりませんでしたが、20m先の橋はGOサインが出たため(連れは有能なタイムキーパー)、行ってみました。
ここは、戦死した山本勘助の首と胴を家来が合わせたという伝説の場所だそうです。
小さな石橋ですが、かつてはもののふたちが激しく命を散らして戦った場所なんですね。
(信玄と謙信の戦場って、島よね?でも公園の辺りは、全然島じゃないのはなぜ?)と不思議に思ったら、この橋があるために辺りを公園に整備したということで、実際の古戦場はまた別の場所になるそうな。
島というより、長野県長野市の犀川と千曲川に囲まれた三角デルタ地帯なんだと知りました。
仏女、歴女として興味のわく場所を訪れて、嬉しくなります。
車中では、おぎのやの峠の釜めしではないお弁当をいただきました。
箸袋に「駅弁発祥の店」と書かれていました。そうなんだ~。
○ 棚田の収穫
バスは再び高速に乗ります。
「次は、最近ひそかに話題になっている場所です」と添乗員さんが言ったので、(戸隠じゃないかな?)と思いました。
ヒーリングスポットですし。
するとバスは、更殖(こしょく)で降りました。聞いたことが無い地名で、ヨウちゃんと「どう読むのかな?」とふりがなをキョロキョロ探しました。
細い道を、運転手さんが苦心して、大型バスで進んでいき、着いたのは『楢山節考』のモデルになった、間引きの昔話の残る山。
人生五十年と言われた昔、六十を越えたお年寄りが山に棄てられたという悲惨な話。(ここがその舞台だったのかしら)と身構えました。
実在したのかそうでないかは諸説あり、まだはっきり解明していないようです。
ICにもある地名ですが、名前の響きから、自発的に来ようと思わなかったことでしょう。
ここは棚田が有名なんだとのこと。
「最近のひそかな話題って、棚田じゃないかな」とヨウちゃん。
日本回帰ブームでしょうか。
ここにあるお寺は、とても眺望がよく、たくさんの句碑が立っています。
更科紀行での松尾芭蕉の句「俤(おもかげ)や姥一人なく月の友」もありました。
その碑は、写真を撮りづらい場所にあったため、撮影は諦めて、個人的に気に入った作者不詳の句を撮りました。
「信濃では月と仏とおらが蕎麦」飾り気のなさが、いいですね。
ここは月の名所で、月見堂からはそれは美しい月がのぞめるそうです。
おりしもこの日は中秋の名月。「ああ、夜だったらよかったのに!」とみんなで言いました。
お寺の周りには、「名勝 四十八枚田地区」と言われる棚田が広がっています。
2000haの敷地に2000枚の田んぼがあるそうです。
まさに水田は黄金色になり、大勢の人々が稲刈りをしていました。
ここは、棚田オーナー制を敷いており、この日みんなで集まって、大々的に収穫を行っていました。
ベストタイミングでその光景を見ることができた私たち。
段々になっている棚田は、一つ一つがそう大きくはないため、トラクターは入らず、手作業で鎌刈りしていきます。
こういう光景を実際に見るのは初めて。日本の原風景をしみじみと堪能しました。
ここは、夜になると月が一つ一つの棚田に映し出されるため、田毎の月と呼ばれるそうです。
幻想的な光景でしょうね。
名前の暗いイメージとは実際にはまったく違う美しい景色に、しみじみとした日本の自然を味わいました。
固定観念を払拭できるのも、行き先不明の旅ならではの醍醐味です。
○ 橋とトンネル
これで今回の旅の観光はすべて終了。あとは一路、帰るのみです。
とても天気がよく、棚田からの見晴らしも素晴らしかったため、台風が来るなんてなんだか信じられません。
吊り橋状の白い架け橋を見つけました。
カメラを構えながら、「きれいな橋ー。あなたの名前はなにかしら?」とつぶやいたら、横のヨウちゃんが「千曲橋ー」と答えてくれました。
ありがとう~。川は千曲川でした。
この辺りは山がちなので、長いトンネルが続きます。
トンネルもけっこう好きな私。2つ並んでいるのがメガネのようでかわいいです。
窓から見える田畑は、黄色くなっており、収穫時期を知らせていました。
この橋もすてきー。
旅の間に、好みの橋やトンネル、樹木、邪鬼、鬼瓦などを見つけては喜ぶ私を、ヨウちゃんは静かに見守ってくれました。
引かれてなければいいけど!
○ 台風来たる
2時過ぎから、激しい雨がザーッと降ってきました。
トンネルを抜けると雨がフロントガラスに叩きつけてきます。
この橋もすてき。(雨の中でも)
いよいよ台風が近づいてきました。
「台風は、時速40キロですが、私たちはその倍以上の速さで走ってますから、大丈夫」と添乗員さん。
なんというデッドヒートでしょう。
まだ台風も本格的に関東にはやってきておらず、時々小やみになったりするような状態の時に、東京に着き、解散しました。
雨よりは風が強く、傘もささずに帰りました。
新宿駅南口では、台風実況ロケ班がカメラを設置しているところでした。
帰宅後、ほどなくして関東は嵐に見舞われ、交通機関は軒並みストップしてしまいましたが、私たちは、早だおしして出発したのが功を奏して、問題なく旅を終えることができました。
旅行中は全く雨に逢うことが無く、天気にも恵まれて、ラッキーでした。
○ epilogue
今回のツアーは、宿泊したホテル代と朝食代くらいの料金で一泊二日間を楽しめたので、お得感がありました。
普通のツアーのようなコテコテの観光地にはほとんど行かなかったため、混雑で疲れてしまうこともありませんでした。
コスモスや棚田の収穫など、まさに今が旬という見どころに連れて行ってもらえて、地元の人のイチオシ場所を案内してもらったような感じ。
ひと月後は、同じプランでも行き先は全く変わっていることでしょう。
画像は、帰り路で添乗員さんが書いてくれた、今回の訪問地です。
行程をすっかりお任せして、からっぽの頭で行くだけに、実際に訪れた時の新鮮さはひとしお。
とてもおもしろかったし、十分満喫できた二日間でした。
またこうした旅行に参加してみたいと思います。