風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

愛媛-大分、海の道 2-(2)

2015-11-27 | 九州
2-1からの続きです。

○ 乗客が消えた!?

フェリーはゆっくりと速度を落とし、そして佐賀関港に着岸しました。
着いたー!
「降りる順番は、車とバイクが先で、徒歩の方は最後になります」というアナウンスが流れたので、ほかの人に続こうとあたりをキョロキョロ見回しましたが、誰もいません。
あれー、みんなどこに行ったの?
船底のフェリー出口付近には、車やバイクがスタンバっています。
みんな上で待っているのかなと思い、再び客席フロアに上がってみても、もうお客さんの姿はなく、フェリーの乗務員が閑散とした船内を掃除し始めています。
ぐるりと回って、また階段を降りてみると、もう船底には車両は一台もありませんでした。
あれ、みんな降りちゃったの?

急いで細い階段を下まで降りると、船の外に向かって腕で大きく「○」を作ってみせた人が、私を見て、あわてて「×」のサインに直しました。
「すみません」と言って、急ぎ足で外に出ます。
フェリーの外にも係員がいて、車が中に入るのを止めていました。
船内に乗客が誰もいなくなったと判断して、新たに車を乗せるところだったんですね。あぶないあぶない。

(船内にいた人たちは、みーんな車かバイクに乗って行ったのね)と、そこでようやく気が付きました。
徒歩で乗り込んだのは、私だけだったのかも。
旅の荷物を背負っていて、軽装の車の乗客とは違う格好だから、さきほど三崎港で、ご夫婦に(バスで来たのだろう)と推測されたんですねー。

○ アカネちゃんとの再会

なんだか取り残されたようで、一気にロンリー気分を味わいましたが、でももうここからは一人ぼっちじゃありません。
大分の友人、アカネちゃんと会うのです。
フェリーの甲板からも、波止場に停まっている彼女の赤い車が見えていました。

いつまでも私が降りてこないため、心配して車を降りて探しにきてくれた彼女と再会。
無事に会えて、ほっと一安心しました。
彼女が東京にいた時に知り合ったので、今までは都心でばかり会っています。
こんなに自然たっぷりの場所で会うなんて初めてのことで、なんだかとっても新鮮です。



乗せてもらった彼女の車は、ムーミン仕様でかわいらしかったです。



「それにしても暑いね」「こんなに気温が上がるとは思わなかったよ」と話しながら、出発。
この港に来たのは初めてだという彼女。
「え...これまで誰も、フェリーに乗ってきた人はいないの?」
「いないね~。四国の友達でも、フェリーはないなあ」
ふふふ、四国在住でもないのにフェリーで来た友達がここにいますよー。

○ インターナショナル温泉地

アカネちゃんの家は、大分駅のすぐそば。
「新幹線で行ったら、こんな面倒をかけずにすんだのね」と言ったら、「・・・大分には新幹線は通ってないよ」と言われました。
あれ?
「福岡から熊本を通って鹿児島に行くから」
九州の地図を思い浮かべます。そうか、そういえばそうだわ。
あちゃー。大分県民に言ってはいけないことを言っちゃった・・・。
九州新幹線というから、九州全県を巡っているのかとなんとなく思っていました。
丸い山手線状態で。冷静に考えると、ありえませんけどね!

「そうかあ、じゃあアルゲリッチが別府に来るのも、アクセスが大変なのね」
ピアニストのマルタ・アルゲリッチが毎年別府で行っている、別府アルゲリッチ音楽祭のことを考えます。
「知ってるんだ。うちの会社、そのグッズデザインの依頼を受けてるよ」
彼女はデザイン室に勤めています。

そうはいっても、人口に占める留学生の割合が、全国市区で日本一高いのは、なんと別府なんだそう。
国際的な温泉地なのね~。

○ 眼下に望む豊後水道

まずは、彼女おすすめの場所へと連れて行ってもらいます。
向かったのは、海からぐんぐん高度を上げて登っていったところにある、丘の上の海星館。
ロマンチックな名前です。



プラネタリウムのようなドームのある建物でした。
日食・月食のような天体イベントがあると、ここで観測会が開催されるそうです。



そこからは、豊後水道が一望できました。
少し霞んではいますが、すばらしくいい眺めです。
今そばを通ってきたばかりの佐田岬も見えます(画像左奥)。



水道を渡っていくフェリーや客船も見えます。
♪ はるかに見える青い海 お船が遠くかすんでる~♪
「みかんの花咲く丘」を口ずさみたくなります。
気持ちい~い。



夏のような日光を受けて、まばゆく輝く広い海と緑。
絵本の世界に飛び込んだようで、心が晴れ渡りました。

○ 海沿い急カーブ

すがすがしい気持ちでいっぱいになって、感動を共有しようと隣を向きました。
ところが、アカネちゃんは、予想外に浮かぬ顔つき。
慣れない急勾配の細道を、がんばって運転してくれたため「緊張したよー」と、まだ顔がこわばったままでした。
「帰りはもっと広い道がいいなあ」

確かに、通ってきた道は一方通行並の狭さで、対向車とすれ違うときにはかなり冷や冷やしたものです。



海岸沿いを通ってきたときに、しめ縄でつながった夫婦岩を見かけて、思わず「わあ!」と声をあげましたが、アカネちゃんはクネクネカーブを前にハンドリングに必死で、それどころではない様子でした。



ナビで帰り道をいろいろ検索しましたが、どうやら道は一本しかないようで、帰りも同じ道を通ることに。
やっぱりこわいー!



海の間際なのに、ガードレールがないし!
夜には、絶対通れなさそうです。



○ 磨崖仏の国

ハードな道をなんとか切り抜けた後は、私のリクエストで臼杵(うすき)に向かいました。



大分は磨崖仏の国。磨崖仏とは、岩に刻まれた仏像のことで、大分はその数が日本一多く、中でも臼杵の磨崖仏は国宝とされています。
関東では磨崖仏はあまり見かけません。私が見たことがあるのは、横須賀の鷹取山と、宇都宮の大谷観音くらいでしょうか。
大分市ではなく臼杵市になるため、距離がありましたが、のどかな里山に到着すると、そこには大勢の観光客がいました。



平安後期から鎌倉時代の石仏ということで、長年の雨風台風を受けてかなり磨耗しているだろうと思っていましたが、顔の表情までわかるほど保存状態がいいものが何体もありました。
驚異の維持力です。石がいいのでしょうか。

普通の仏像は、表情がくっきりはっきりして、時には恐ろしささえ感じさせるものもありますが、ここで見られる岩に彫り込まれた磨崖仏は、どれも穏やかで安らいだ表情。
見ていると、安心できます。
友人に磨崖仏ファンの子がいて、今回の私の臼杵行きをうらやましがられました。
ここで数多くの優しい磨崖仏と向き合っていると、その魅力がわかってきた気がします。



アカネちゃんがここに来たのは、小学校の時と5年前に親戚を連れてきた時だそう。
近くに住んでいると、案外そんなものかもしれませんね。
当時は、顔が落ちていたそうですが、元の形に修復されたとのこと。
今のきちんと顔がのった姿ではなく、顔が落ちていた状態の方で覚えている人が、今でも多いそうです。

○ 石仏さま、お願い

願い事を書く紙が置いてあったので、それを投函して祈ります。
「なんだか磨崖仏に祈るっていう気にならないんだよね」と、遠くで見ているアカネちゃん。
地元の人に言われちゃった。確かに、今ひとつしっくりこない感じはするけど。
でも、自然の中にある磨崖仏群を見ながら休んでいると、風が吹いてきて気持ちよくて、なんだか石仏と会話ができそうな気がしてきます。



園内で、楽しそうな学ラン姿の男子高校生3人とすれ違いました。
「高校生がここに来るなんて。なんでだろう?」と不思議そうなアカネちゃん。
「受験生で、合格祈願とか?」と私。
「でも、石仏に願いをかけるって、なんかピンとこないよね」とやっぱりそこが気になる様子。
「カメラを提げていたから、写真部かも」
「いずれにしても渋いよね。わざわざ入場料を払ってまで来るなんて」
「土曜日なのに学ラン姿なのは、なぜかなあ?」
お互い、微妙に違うところが気になっています。

その後も園内を巡りながら、何度か彼らとすれ違いましたが、3人ともとても嬉しそうで生き生きしています。
友達と一緒だからか、石仏に会えるからか、その両方なのか、どうなんでしょう?
ほぼ一緒に出口を出たので、(どうやって帰るんだろう。車じゃないだろうし)と思ったら、3人とも自転車に乗りました。
やっぱり楽しそうにこいでいます。
何をやっても楽しいお年頃なのかしら。青春だわー。

○ ささむた神社

それから西寒田神社に連れて行ってもらいました。
西寒田と書いて「ささむた」と読みます。読めませんねー!
「なぜささむたに行きたいの?」と聞かれたので「え?豊後の国の一ノ宮だから」と答えます。
「そうなんだ。友達に話したら”藤の季節でもないのに、なぜ?”って聞かれたから」
むしろ、藤で有名だということを、知りませんでした。

時々謎のルートを教える、アカネちゃんのカーナビ。
今回も、車通りの少ない静かな住宅街に入り込み、突然そこでルート案内が終了したため、私たちは右往左往。
辺りを散歩していた住民に正しい道を教えてもらって、なんとか無事到着しました。
たしかに藤棚があります。季節ではないため、青々とした緑の葉でした。

○ テンション上がる

アカネちゃんは、ここにもずいぶん長いこと来ていないそう。



神社の前の小川に石橋の太鼓橋がかかっており、グーンとテンションがあがります。
「石橋だ!!渡っていけるのね、わーい!」



今度は手水舎を見て、「おお!」と近寄る私。
「これ、火山岩だよね、珍しい!土地柄ね~」

さらに、狛犬を見て「おおお!」と駆け出す私。
「この狛犬、珍しいよ!遠吠えしてるみたい」



いつも、一人で暴走して連れを置き去りにしないようにしていますが、すてきなものが予想外にたくさんあったので、つい我を忘れてしまいました。
アカネちゃん、引いてないかな・・・とおそるおそる振り向いたら、「わあ、どれも気づかなかったわー」と言っていました。
大丈夫みたい。よかった。



ここの御祭神が月読命と知り、「わあ!」とまた声を上げる私。
月読命が主祭神の一之宮は少ないんじゃないでしょうか。
さすがにこれ以上は、アカネちゃんが後ずさりしそうなので、自重します。

○ 春日神社

私のはしゃぎぶりを見た彼女に、帰りがけにもう一つ神社に連れて行ってもらえることになりました。
やったあ。



帰る道すがら夕日が落ちていきました。
天気が良い日だったので、とてもきれいな夕焼けでした。
車を降りた時には辺りは暗くなっていましたが、元球場があった近くの春日神社を参拝します。
彼女が七五三を行った場所だそうです。



奈良の春日神社のように、朱塗りのきれいな建物でした。
狛犬はフラッシュをたいて撮りましたが、そうすると彫りが強調されて、顔が2倍増しで怖くなっちゃうんですよね。

手水舎は、やっぱり火山岩を使ったものでした。



「こんなに神社をしげしげと見たことって、ないなあ」とアカネちゃん。
そう言いながらも彼女は、拝殿に下がるちょうちんに注目していました。
「この神社って、こういう家紋なんだ」
もしや家紋好き?と思ったら「家紋を服に入れてほしいっていう依頼がよく来るから」
仕事をこなしているうちに、けっこう詳しくなったそうです。

○ 古民家カフェバー

駅の近くの彼女の家に車を止めて、歩いて食事に行きます。
熊本では、車の代行文化がいまだに主流だと聞いたので、大分ではどうかと聞いてみました。
ここでも代行を頼む人はいるそうですが、主流というほどではなく、彼女は頼んだことがないそう。
女性ですしね。



行ったのはhakoというところ。
古民家を改築した、こじゃれたお店です。
乾杯しながら、いろいろとおしゃべりしました。
あれこれ頼みましたが、会話に夢中で、料理はホタテのカルパッチョしか撮っていませんでした。



かわいい愛車を持っているのに、あまりドライブには出かけず、今日は初めて行った場所ばかりだったという彼女。
初めて体験をしたのは私と一緒ね~。
インドア派なのに、慣れない道をがんばって運転してもらって、ありがとう~。

この辺りは、駅の中心地以外はそんなに車の量が多くありません。
やはり、ドライブするには混んでいない場所がいいですね。



この日は別府の駅前に宿をとってあるので、大分駅まで送ってもらいました。
最近リニューアルした大分駅。以前の建物を知らないながらも、こうこうと光る駅ビルはとても大きく見えました。

○ 駅のブンブン号

駅構内に入ると、赤く塗られたレトロで可愛い電車が停まっていました。
車体に「Toy Train ブンブン号」と書いてあります。



床には線路が描いてあって、イメージが湧くなあと思ったら、ブンブン号は実際にこの線路に沿って走るんだそうです。
駅構内の床をおもちゃの電車が走るなんて、おもしろーい。子供が喜びそう。



見送ってもらってホームに入りました。
「またあしたね」
次の日も、彼女に付き合ってもらうので、寂しさはありません。

別府行きの電車は、15分遅れていました。
線路に人が立ち入ったからだとか。東京の通勤時みたい。

○ 大分マンホール



臼杵で見たマンホール。「カボス」というのが、いいですね!
ふと(香川のマンホールは「うどん」なのかな?)と考えました。



○ 別府×タツノコプロ

大分から別府までは電車ですぐ。別府駅に降りたら、目の前にこの細長いポスターが貼られていました。



なぜにガッチャマン?ドロンジョ様もいるー。
市とタツノコプロのコラボで、別府観光キャンペーンを行っているようです。

宿に着き、のんびり過ごして、2日目の夜が更けていきました。
3日目に続きます。


愛媛-大分、海の道 2-(1)

2015-11-19 | 四国

1日目-3からの続きです。
今回は、ほとんど海の画像ばかり。 単調で恐縮ですが、私にとってはここが今回の旅の目的になります。

○ 宴の翌朝 

旅行2日目。昨日の夜はじけたので、宿はしーんとしています。 
5時起きの彼女は、無事に出発できたそうです。(後日教えてもらいました)
私も支度をすませたところで、リエさんがやってきました。
「夕べは、途中から記憶が飛んでるんだけど」。。。案の定、昨晩のことはきれいに忘れている様子。
やかんのことを聞いてみると「やかん?わからん!」と答えが返ってきました。
ラッパーですかい。

意識の戻ったリエさんと少しおしゃべりして、チェックアウトします。 
ほかのみんなは、まだ夢の中でしょう。お世話になりました~。

○ 松山駅と松山市駅

モーニングをすませて、道後温泉駅から市電に乗りました。
松山駅行きと松山市駅行き。 行き先の名前が似ているので、間違えないようにしなくては。

そう思って、ちゃんと松山市駅行きに乗ったつもりだったのに、松山駅行きに乗ってしまっていた私。
だめじゃーん!途中で気がついて、慌てて乗り換えました。

○ 三崎行きの高速バス

レトロなJR松山駅とは対照的な、近代的なビルの松山市駅。 屋上には観覧車も周っています。

駅前のバス停から、三崎行きの高速バスに乗り換えます。
松山市駅から伊予市 - 大洲 - 八幡浜港と通り、三崎まで走る三崎特急線。
このバスの始発から終点まで、まるまる乗って行きます。
画像で見ると、結構な距離を走ることがわかります。青い吹出しはバス停です。

画像はjorudanより

市バスですが、大型観光バスのよう。白いカバーがかかった赤い座席で、足置きもついています。
思ったよりも乗客がいました。といっても10人ほどですが。
贅沢仕様のバスとはいえ、5、6分おきにバス停があるので、利用者が使いやすいのでしょう。

(さあ、この中で、終点まで乗っていくのは、一体何人かな?)と思います。
ここからが長丁場。一日3本しかないので、遅れずに乗れてほっとしました。

○ 車窓のお城

途中、うつらうつらして揺られていきます。 ふと目が覚めると、窓の外にお城が見えました。

大洲城でしょう。今回は寄れないとあきらめていたので、車窓からでも見られてラッキー。

○ 両側が海

八幡浜港で結構な人が降りていきました。 そこから先は、人が乗ったり降りたり。
普通の沿線バスと同じように、住民の足代わりになっています。
そのうちに、ちょっと酔ってきました。 長いことバスに揺られていたからでしょうか。
目をつぶってこらえているうちに、いつしかバスは海沿いを走っていました。

右を向いても海。左を向いても海。
はじめはボーッとしていましたが、少ししておや?と不思議に思いました。
これ、どういうこと?

○ メロディーラインのメロディは

そう、すでに佐田岬に入っていたのです。
そういえば八幡浜は、岬の根元にある場所でした。
八幡浜から三崎までのルートは「佐田岬メロディーライン」と言われています。
地図を見て、(どんなメロディが聴けるのか、楽しみ~)とワクワクしていましたが、実際にメロディラインを走るバスの中から耳をそばだてても、普通の車の走行音しか聴こえませんでした。 あれー?
どうやら、道路の凹凸でメロディが流れるものとは違うようです。
ここは、両側から海風が吹いてくる道なので、風の音がメロディに聞こえるということのようです。

ここは日本で一番細い岬で、最短距離は120mだとか。
ダッシュで行けちゃう距離ですね。 それで、どっちを向いても海という光景が見えるわけですね。
ただ、いつもその景色が見えるわけではなく、しかも動いているバスの中からその景色を一度に写真に収めるのは難しいため、自分の目に収めて満足しました。

○ そして一人に

日差しが強く、アスファルトに反射して、まぶしく照り返します。
車酔いがまだ残っているもうろうとした状態では、ちょっと非現実的。
どんどん三崎の先の方へと、バスは進んでいきます。
こんな遠くの方に、人の住む町はもうないんじゃないかしら。
そう思いましたが、町が開けて、高校もありました。 制服姿の女子高生が一人、そこで降りていきました。
これで乗客は私一人になりました。
やっぱり始発から終点までずっと乗っているのは、私だけ。
運転士さんでさえ、途中の八幡浜で人員交代しているのですから。 オンリ~ミ~♪(はは・・・)

○ 終着地は港

とうとう終点に到着しました。メロディラインもここまで。
運転士さんにフェリー乗り場を教えてもらうと、目と鼻の先でした。
バスが少し遅れたので、フェリーに間に合わなかったらどうしようと気をもみましたが、問題なく間に合ってよかったー。

○ フェリー待ちの人々

切符を買って、フェリーに入ろうと待っていたら、隣にいた年配のご夫婦が「あなた、あのバスに乗ってきたの?」と話しかけてきました。
見るからに「バスで来た風」だったんでしょうか。
「はい」と答えると、「松山から?」とさらなる質問。
松山からどのくらいかかるか、知りたいということで「9時10分に松山市駅前を出て、今さっき着きました」と話します。
「そう・・・じゃあ3時間くらいね」と言われ、「そうです」と答えながら、(3時間も路線バスに揺られてきたんだなあ)と改めて実感。
その方たちは、車で来たとだそう。
「佐賀関に着いたら、今度はどうするの?」と心配していただいたので、「友人がいるので」と答えると、「そうよね、よかったわ」と安心してもらいました。
車じゃない人って、そんなに少ないのかしら。

この方たちはどうするのか、聞いてみようと思ったところで、二人はフェリーから下りてくる人を見つけて、ブンブンと大きく手を振り出しました。
その様子を見て、お二人はフェリーに乗るのではなく、乗ってきた娘さんとお孫さんを車で迎えに来たんだと知りました。

その横では、フランス人同士が「キャー!」と盛大にハグして再会を喜び合っていました。 こんな場所にフランス人。
みんなが降りると、今度は私たちが乗り込みます。 甲板で出港を待ちました。

○ 旅のハイライト

いよいよ出発です。 フェリーは、港に沿って、ゆっくりと沖に出ていきます。

この佐田(さだ)岬は、四国の北西に延びる、日本一長細い岬。
なぜこんなに長細いんでしょうね。
「南米のチリがあまりに細長いから、気になっていたら好きになった」という私の母親の話を(なにそれ~)と笑って聞いていましたが、血は争えなかったみたい。

でもこの岬、意外と知られておらず、周りの人に「あのピュッと横に出てる細長いところ」といっても、「そんなところあったっけ?」「四国は室戸岬と足摺岬しか知らない」と言われてばかり。
さらに、鹿児島には佐多(さた)岬があるため、そちらと間違われたりもしました。
割と近くにあるし、佐田と佐多は紛らわしいですね。 


画像は国道九四フェリーのサイトから


佐田岬の先端にある白い灯台のところまで道は続いておりますが、今回は到達はあきらめます。 
最果ての地へのロマン心をかき立てられますが、そこから先はかなり高低差のあるハードな道になるため、一人で車を借りて走る勇気はありません(運転の腕前も)。
フェリーに乗って、佐田岬を見ながら四国から九州へ渡るのが、今回の旅の目的です。

 

フェリーは佐田岬沿いに進んでいきます。四国と九州の最短距離です。
おかげで、長細い地形を横からじっくり眺められます。 尾根沿いにたつたくさんの白い風車がくるくると周っていて、映画の光景のよう。

じきに、崎の先にある白い灯台が見えてきました。 うーん、あそこまで陸路で行くのは、見るからに大変そう。




暑いくらいのいい天気。空と海に、灯台の白さがよく映えていました。
初めて渡る豊後水道。水道と呼ばれるところにあまりなじみがないので、ワクワクします。


昨日松山で買った、スパークリングのポンジュースを飲みながら。
シュワッとさわやか、コカ・・・いえポンジュース!

  

潮風にあおられながらずっと岬を眺められて、満足します。
ああ、灯台が遠くなっていくわ~。

振り返って、後ろに小さくなっていく岬を見ていました。
ずっと甲板にいたら、すっかり身体が冷えてしまったので、あたたまろうと船の中に入りました。

モニターには今いる場所が表示されていました。

○ そして九州へ

あっという間に、もう九州が近づいています。



早々と到着。70分間の海路の旅でした。船を降りると、いよいよ大分県になります。
その2に続きます。


愛媛-大分、海の道 1-(3)

2015-11-19 | 四国
その2からの続きです。今回は、ひたすらしし鍋ナイトの話です。

○ しし鍋の会

夜も暮れてきたので、宿に戻りました。
宿をあげてのしし鍋の会にジョインします。
次々に宿泊客がやってきたほか、「しし鍋と聞いて混ざりにきたよー」と地元の人も集まりました。
近所のバーで宿のオーナーのアツシさんと会った時に、呼んでもらったとか。ゆるい~。

やってきたのは、総勢何人だったんでしょう。
入れ替わり立ち替わり、掘りごたつを囲んで常に15、6人はいたようです。

○ やっぱりみかん王国

宿に帰る前に通りかかったスーパーでは、店頭にポンジュースがずらりと並べられていました。
こんなにー!



「ポンジュース100%」「ポンつぶ」「ポンスパークリング」「ポンジューススリムペット」「ポンジュース グレープ」。
種類も豊富です。さすがは地元ですね!

宿に来た地元の人は、めいめいにみかんを持ってきてくれます。
その数の多さにびっくりしましたが、こちらでは、集まると誰かしらみかんを持ってくるんだそう。
「ポンジュースより、もっとおいしい絞りみかんジュースがあるよ」と瓶で持ってきてくれた人もいました。
ラベルが貼られていない、農家直売のもの。



はじめはみんなこわごわと口を付けますが、「おいしい!」と明るい声をあげます。
飲んでみたら、確かにポンジュースを飲んだあとに残るかすかな苦みが全くなくて、するするいけちゃいました。

土地の人たちは、みんなみかんにプライドを持っています。
愛媛みかんは有名なので、収穫量日本一だと思ったら、実は3位なんだそう。
毎年1位の座を静岡と和歌山で争っているそうです。
愛媛は、その2県と比べると収穫量ははるかに少ないのですが、クオリティで勝負しており、いい味のみかんが多いんだとか。
なるほどねー。たしかに静岡に住んでいたときには、みかんをたくさん食べていましたが、酸味が強くてすっぱいなあと思っていました。

実家では、愛媛の宇和島みかん農家と契約して、珍しい品種の柑橘類を送ってもらっています。
「まどんなルビー」という品種がいいと聞きますが、首都圏の方にはあまり入ってきていないので、そうそう目にする機会もありません。地元の人がおいしくいただいているのでしょう。

○ いのししジビエ

話に盛り上がっているところに、下準備された大きな土鍋のしし鍋が湯気を立てて登場しました。
待ってました~!



女性には持ち運べない重さだと、オーナーのアツシさんが自ら運んできました。
お椀との大きさ比較で、いかに大鍋かわかっていただけると思います。
そこに具材がぎっしり。豪快だわー。



ししとはライオンではなく(当たり前か!)イノシシのこと。
この辺でとれるのかな?と思ったら、アツシさんのお父さんが山でしとめてきたのだそう。四国のマタギ?
脂身たっぷりのお肉を箸でつまんだあつしさんに「脂身が多い方がおいしいけれど、普通に買うとなかなかこうしたものはないんだよ。猟師はわかってるから、自分でもらうんだよね」と教えてもらいます。
味がよくしみており、おいしくて箸が止まりません。野性味あふれるジビエです。

○ 燻製に羊羹

スタッフのリエさんが作った薫製卵もおいしかったです。
彼女は薫製を極めようとしているそうで、チップを選ぶコツを熱く語ります。
都内のお勧め薫製バーを教えてもらいました。



リエママお手製の紫の羊羹も出てきました。紫芋で作ったものだとか。
お手製なので甘すぎず、ゼリーのような食感でした。
手作りの羊羹を食べたのは、たぶん初めて。市販とは少し違う食感に、感激しました。



○ ヒギリヤキ

誰かの差し入れの箱を開けた人が「わあ、ヒギリヤキ」と言います。
何を焼いたもの?と思ったら、周ってきたものは今川焼でした。



こちらではお焼きは日切焼というそうです。聞いたことなかった…。
「今川焼や大判焼と似ているけど、違うのよ!食べてみて!」と言われて、いただきましたが、違いはさっぱり判りませんでした。



途中からハラダ・タイゾーさんがジョインします。
あまりに元気で、場慣れている風なので、宿の人だと思っていたら、実は宿泊者でした。
彼の差し入れは、日本酒にやっぱりみかん。



「石鎚」という日本酒をみんなで飲みます。
なめてみたら、かなり舌先にピリッときました。甘くナ~イ。
小皿には岩塩。お酒好きは「たまらんね~」と言って、塩を舐め舐め杯を交わしています。



石鎚山は愛媛の霊峰で、今日はその近くでお祭りがあったとか。
お祭り帰りのタイゾーさんは、明日早起きして登るそうです。

○ オレンジとマンダリン

実業団女子バスケの選手もいました。オレンジブロッサムと聞いて「あ、それ市役所の垂れ幕に下がっていたなあ」と思い出します。
その人に画像を見せようと、日中に撮ったものを探してみると、垂れ幕に書かれているのは「マンダリンパイレーツ」でした。


1-(1)で掲載した、市役所の画像です。


似てるけど微妙に違ーう!
黙っておくことにしました。マンダリンの方は野球チームだそうです。

「ヤクルトを市が応援しているのは、ここでキャンプをやっているからだよ」とアツシさんが教えてくれました。
そういうわけね。市長がファンで公私混同しているわけじゃなくてよかったわ。

○ ライトな方言

「こっちの方言は、語尾がけんけんいう」そうですが、あまり方言がないなという印象。
「だから実は電話のコールセンターが多い」と教えてもらいました。沖縄にも多いそう。
でもあまり発表はしていないそうです。

コールセンターじゃありませんが、一太郎のジャストシステムの本社が四国にあったなあと思い出しました。

○ メンバーいろいろ

しし鍋を囲んで、いろいろな人とお喋りしました。

横浜出身で、東京で就職・結婚をしたものの、どちらもやめて、今は愛媛大学で哲学を学んでいるという人と仲良くなりました。
いろんな顔を持っているのね~。振り幅大きいわー。
人生をあれこれ経験したので、これからは思想家になるのでしょうか。

与那国島で働いていて、帰省中だという人もおり、あこがれの海底遺跡の話に興味津々でした。

海外からの人もいました。
腕にヘナでアートペインティングしながら旅を続けているスペインの女性や、日本に長期滞在して、日本語を勉強中という台湾の子。

台湾の子は、日中青島に行って猫を見てきたと、写真を見せてくれました。
青島は猫の島で有名な場所。ほんとうに猫だらけで、ほのぼのしました。
翌日そこに行くという宮城出身の子がいて、盛り上がります。
宮城の猫島にも行ったそうです。どっちにも行ってみたいなあ。

道後温泉がすぐそばにあるので「ちょっとお湯入ってきます」と途中で抜ける人がいたり、「温泉入ってきた』と途中から混ざる人がいたり。
上がり立ててほかほか湯気が立っているような人もいます。いいですね~。

○ 飲めや歌えや

宴たけなわになった頃、あつしさんがギターを取り出して、歌を歌ってくれました。
お上手~。
飲めや歌えや、沖縄の宴会のよう。



いろんな人とたくさんの話ができた、楽しい夜。
しかしみんな、杯を重ねるごとにどんどん酩酊してべろんべろんになっていきます。

かわいいアニメ声の子がおり、男性陣が声を作って、その子の真似をしてみます。
「明日の朝は5時起きでしゅ」・・・野太い声で言われると、こわい~(笑)。

メンバーが酔っぱらいだらけになってきた頃、台所にいた私の横にリエさんがやってきて、落ち着いた声で「そろそろみんなにお茶を出してあげよう」とつぶやきながら大きなやかんに火をかけていました。
(酔い覚ましね。偉いなあ)と思っていましたが、いつまでたってもお茶は出てきません。
少しして、彼女が台所から「やかん湧いてるけど、お湯かけたの誰~?」と大声でみんなに聞いていたので、(ああ、リエさんは酔っている・・・)と遠い目になりました。

真夜中になったところで、会はお開き。飲み足りない人はバーへ繰り出そうと言いながらも、ほぼ全員が酔っぱらっていたので、そのまま解散となりました。
宿泊客は、めいめいに部屋へと戻り、地元組は、自転車や歩きで帰っていきます。
地元の人でも帰るのが面倒になって、そのまま宿に泊まった人もいるようでした。
明日の朝はちょっと早起きしないといけませんが、私以上に「5時起きでしゅ」の彼女がちゃんと起きられるか、心配。
わいわいがやがやと、名残惜しくも一日目の夜は更けていきました。

2日目に続きます。


愛媛-大分、海の道 1-(2)

2015-11-16 | 四国
その1からの続きです。
○ お遍路さんのお寺

道後温泉から1キロほど離れた場所にある、石毛寺に向かいました。
四国八十八カ所のお寺を参拝するのは、ここが初めてです。
てくてく歩いて緑深い境内に入ると、うっそうと生い茂った木々の間から突然謎めいたパビリオンがぬっと姿を現したので、(わっ!なに!?)とびっくりして後ずさりしかけました。



スペインにある、ダリ美術館を思い出したほどです。
一見かなり怪しげですが、ここはトンデモ寺ではありません。
長い歴史を持つ古刹です。



鐘楼の鐘を打ってから、参拝します。
境内には、さすがにお遍路さんが大勢いました。
三重塔の軒下では、外国人が瞑想をしていました。



○ 裏の洞窟へ

本堂をお参りした後、裏手に洞窟への道を見つけました。
情報がないため、どんな感じか全くわかりませんが、行ってみることにします。



中に足を踏み入れると、真っ暗でひんやりとしており、とても静か。
一気に別世界に入ったようで、本能的な恐怖感ですくみ上ります。
ぼんやりとした明かりはあり、かろうじて方向はわかりますが、出口がどこなのか闇に紛れて見えず、どれほど長いのかわかりません。
なにか物音がしたら響きそうな場所なのに、とにかくしーんとしています。
先が全く見えない洞窟の中には、私のほか、誰一人いません。
本堂前の境内には、お遍路さんが大勢いたのに、みんなここには来ないんでしょうか。

あるいは、他の人には見えない、私だけに開かれた洞窟にうっかり入ってしまったとか?
永遠にここから出られず、さまようことになったりして?
いろいろと考えて、ゾーッとします。



いえいえ、ここは修行のための洞窟。怯えていてはいけません。
前に入った、大船の田谷の洞窟を思い出しました。
あそこも暗かったのですが、ここほどではないし、ろうそくの明かりを持って進むので、まだましです。
ここは全くなにもありません。光の射し込まない場所なので、暗闇に目が慣れることもありません。
戻ってくる人とぶつからないように、左通行になっています。
そのためか、道の真ん中にはお地蔵さんの像が等間隔に置かれています。
それが、薄明かりの中で見ると影を落としてこわいー。



真っ暗なところでは、お地蔵さんにしょっちゅうぶつかります。
それもこわいー。
お地蔵さんは一体一体、頭巾をかぶっていますが、それは接触時のダメージを和らげるものなんじゃないかと思えてきます。

途中、大きな影があり、ふりかえって仏像とわかりました。手を伸ばして触れてみると、石だとばかり思っていたその像はどこかふわっとした感触で、えっ、なに!?とおびえます。
おそらく布を巻き付けていたのでしょう。
地下水が染み出して、そこかしこが濡れている静かな洞窟。じめっとした中で通路の奥から冷たい風が吹いてきます。
これは、かなり怖い体験です。
一人で入るんじゃなかった~。まだまだ先が見えないほど長いなんて。
何度も後ろを振り返ってみますが、誰も来る気配はありません。



と、その時道の先からなにか気配が近づいてきました。
ひたひたと足音がするので、人のようです。でも、暗くて視界が悪いため、どんな人なのか全くわかりません。
暗い中で、顔も見えずにすれ違う人間。
緊張していると、向こうの方から「こんにちは」と声をかけてくれました。
女性の声でした。
ほっとして、「こんにちは」と返したら、自分でも驚くような情けない声でした。

人間にようやく会えたので、「この道、暗くて怖いですね」とか「あとどのくらいかかりますか」とか、話しかけたかったのですが、顔が見えない正体不明の相手には声をかけずらく、結局そのまま、何も言わずにすれ違いました。
もしかしたら、人間でなかったかもしれないしね…!ヒエ~~。

○ びっくりオレンジ奥ノ院

ようやく小さな明かりが見えてきたと思って進んで行ったら、急に道が終わって日光の下にいました。
外に出てみると、普通の車道沿いの道。
でもうまく見えないようになっており、外から見ても洞窟があるなんて分からない状態です。
洞窟の上には「地底マントラ」と書かれていました。どうやら正式名称のようです。



道路の向こう側には、奥の院への看板がありました。
上から見下ろしているのは閻魔様?Welcomeって書いてるの?
50mと書かれた表示を見て、すぐそこだからと思って、門をくぐって行ってみました。
草ぼうぼうの道を進むうちに、あれ、なんかすごいものが見えてきたけど…?
そこには見たこともない光景が広がっていました。



えー?なにこれー!?これが奥ノ院?本当に?
普通、奥ノ院といったらひっそりとたたずむ小さなものですが、ここは完全に異空間。
金色に輝く宇宙人の乗り物のようです。
愛媛だからオレンジ色なんでしょうか。(違う)
暗い洞窟を抜けた直後にキンキラキンのパビリオン。
ついていけずに、頭がくらくらしてきました。



仏足石があり、きれいな石が埋められているなとのぞき込んだら、それはビー玉でした。
アート作品のようです。まあ、仏教美術もアートですけれど。
横には修行中のガリガリにやせたブッダの像などが置かれてありました。



辺りに虫がブンブン飛んでいます。鬱蒼としているからでしょう。
先ほどの道に戻ると、3人の人がちょうど洞窟から外に出てきたところでした。
無性に人恋しくなっていたので、私から寄っていって「すぐ先に奥の院があるので、行ってみたらどうでしょう?」と勧めると、いまいち通じていないような顔つきで「OK」と答えたので、おやと思って英語で聞き直してみたら、日本人ではありませんでした。
台湾の人たちだったので、「あとちょっと進むと、けったいなものがあるけど、見ておいたらおもしろいかも」と英語で言い直して、再び洞窟に入ります。



反対側からの洞窟の入り口。
あれがあってこれがある。確かにその通り。

○ 行きもこわごわ、帰りもこわい

やって来た道を戻っているので、行きよりも余裕が出てもいいはずなのに、どういうわけかさっきよりもなんだか怖くなっていました。
緊張がゆるんでそろそろ歩きをやめたのか、行きよりもお地蔵さんによくぶつかってしまいます。
見えない状態での思わぬ接触って、気持ちのダメージが大きいですね。
痛いよー。腿が青タンになっていなければいいけど。



細道から、さらにうなぎの寝床のような細い道へと入っていきます。
行き止まりの格子の向こうには、仏像が安置されていました。
洞窟内が曼荼羅のように金剛界と胎蔵界に分かれているようです。
でも、暗闇の中で出会う仏像は、こわいです!なにがどうなるかわからないし。
(こちとら丸腰なんだから、一刻も早くに明るい世界に返して―!)と、涙目になってきます。

すると、またもや突然洞窟は終わり、一人ぽつんと外にいました。
あの世へ行きそうになって冥界への道をうろうろしていたけれど、とうとう現世に戻ってきたような気分。
ああ、日の光って、あたたかい。
辺りが見えるって、すばらしいことですね。安心しましたー。



この洞窟、ほぼ真っ暗だし、進んでいくには恐怖心と戦わなくてはなりません。
我ながら、よく一人で行って戻ってきたと思います。
彼岸に行って戻ってきたような気分・・・。
確かに修行の道でした。荒行の精神鍛錬をしたような気がします。
珍しい体験ができるので、お寺を参拝された人は、ぜひ本堂の裏も覗いてみて下さいね。

○ 早業書道

庫裏に行き、お遍路さんの順番を待って御朱印をお願いすると、ちょうど電話が鳴りました。
電話を保留モードにして、ご住職は先に私の御朱印を書いてくれます。
待たせちゃっていいのかなと思いましたが、さらさらっと10秒ほどであっという間に書き上げてくれました。
しかも達筆です。書き慣れておいでなんでしょうね。



境内に、金ぴかの空海像を見かけました。奉納されたもののようです。
シュッとしたイケメンだったので、空海ファンの友人が喜ぶかなと画像を送ったら、「顔が違うよー」と返事が来ました。
喜んでもらえなかった…。ファン心理をわかってなかったようです。

○ ゆかりの人バス

いろいろと味のあるお寺でした。
参拝を済ませて、駅の方へ戻る途中に、気になるバスを見つけました。
プリンスホテルのもので、車体横に道後温泉ゆかりの偉人が描かれていました。



坂野上の雲兄弟や夏目漱石はわかりますが、なんと聖徳太子もなんですか。
病気の療養のためにここを訪れて、すっかり気に行ったとか。本当に?
西暦596年に訪れたと、伊予国の風土記に記されているそうです。

K's cafeを初めて見ました。サークルKが四国を中心に展開しているカフェです。
黄門様のような格好の人が、まっすぐ向かっていきました。
ご隠居のティータイムかしら。



○ いさにわ神社

次に、温泉街にある伊佐爾波神社へ向かいました。
いさにわ神社という名前が気になります。参拝しようと道を曲がったとたんに、神社に続くものすごい石段が目の前にあって、見ただけでめげそうになりました。



でも、おじいさんとおばあさんが、孫に手を引かれてはげまされながら、一段一段、一生懸命上っていくので、私もがんばろうと進みます。
ゼーゼー。
ようやく登り終えて上から見下ろして、(よく登ってきたなあ、フ~)と長い息を吐きました。
ここで階段落ちはしたくないわ!



朱塗りのきれいな社殿。石清水八幡宮を模したものだと言われています。
現存する八幡造は、その2社と宇佐八幡宮の3社のみという貴重なもの。



ぐるりと回ってみると、奥に駐車場があり、(下からがんばって上ったのに~)とちょっとがっかりしました。
車で上まで来れないと、体力が落ちたり足が不自由になったら、お参りできないので、必要ですけれどね。
ただ、車で傍まで行くことに慣れたら、神社への参拝の仕方が変わってしまいそうですが。



○ 一遍さんの生まれたお寺

神社の裏道を通って、時宗の宗祖、一遍上人の誕生寺だという宝厳寺に行きました。
立派で古めかしい山門をくぐって参拝しようとしましたが、境内にある本堂も庫裏も、まるまる建て替え中で、そこかしこにブルーシートがかかっていました。



参拝はあきらめて、そのまま門から出ます。
温泉街からお寺にまっすぐ伸びる参道。
一遍さんは道後温泉生まれだったんですね。
楽しい場所から宗教の偉人が現れるなんて、なんだか意外。
こんなパラダイスのような温泉地にいながら、つらく厳しい修行の道を選ぶなんて、普通の人にはできなさそう。
やっぱり偉人ですね。

○ 湯泉の神様、お菓子の神様



湯神社も高台の上にあります。石段を上っていって参拝しました。
道後温泉にいいお湯を与えてくれている神様で、地震などで温泉の源が途絶えそうになると、この神様にお祈りするのだそうです。
まさに自然は神頼み。



その隣に、別の神社がありました。いろいろなお菓子の会社名が奉納者名として刻まれているのを見て、(もしや、お菓子の神では?)と思ったら、果たして、お菓子の神様を祀っている中島神社でした。
出石にある本社を前にお参りしたことがあります。
そこから四国に勧請してきたそうです。

そばに「天空の道」という表示があるを見て(ロマンチックだなあ)と行ってみました。
上から道後温泉本館を眺められるスポットでした。
見下ろすと、本館のところだけ、明治の面影が残っています。
近くにはロシア人のシニアカップルがいて、熱心に眺めていました。



ベンチに座って少し休憩したら、さっそく蚊に刺されてしまいました。
東京では蚊はもう姿は消しているので、もう存在を忘れていましたが、こちらではまだいるんですね。

○ カラフル道後温泉

それから坂を下りて、道後温泉本館へ。
レトロな建物~。浴衣の人が多くて、雰囲気たっぷり。



真正面から見ると、写真でよく見る建物とは雰囲気が違っています。
もっと華やかでファッショナブル。





ちょうど「道後アート2015」として、写真家の蜷川実花氏とコラボ中なんだそうです。
カラフルないい時に来れました。



道後温泉のお湯は熱いですね。あまり長居はできませんでしたが、気持ちよくさっぱりしました。
あっ、『我が輩は猫である』のクシャミ先生と猫を発見!
名前つけてあげて~。



○ 足湯とからくり時計

夕方になると、一気に気温が下がって肌寒くなってきます。
明かりがついて、こうこうと輝きだすイルミネーション。



温泉街の入り口にあるからくり時計も、ライトアップを始めています。



隣にある放生園の足湯につかりました。



全身だと熱くて長湯はできませんが、足だけだとぽかぽかして、ずっとつかっていられます。
夕暮れ時になり、風が冷たくなってきても平気。



そのうちに、背後がガヤガヤとにぎやかになってきました。
振り返ってみると、なんだかすごい人だかり。
大勢の人々が近くにたむろして、何かを待ちかまえています。
外国の言葉も結構混ざっているのが聞こえてきます。



先ほど見かけたプリンスホテルの偉人バスが到着し、お客を下ろしています。



ちょうど6時になると、からくり時計から人形が現れました。
みんな、これを待っていたんですね。
足湯につかっている私は、特等席気分で座りながらの見学。
夜だからか、影絵になったファンタジックなものが見られました。



夜になってきたので、そろそろ宿に戻ることにします。
その3に続きます。


愛媛-大分、海の道 1‐(1)

2015-11-13 | 四国
○ prologue~『アダムの創造』

九州の大分県と四国の愛媛県に挟まれた豊後水道。
太平洋と瀬戸内海がつながる場所です。
そのうち最も狭い部分は、大分県大分市の関崎と愛媛県伊方町の佐田岬の間で、豊予(ほうよ)海峡と呼ばれます。
幅は、約14kmしかないのだそう。

愛媛から大分に向けて、西に細長く伸びている佐田岬。
これがあるので、海峡の幅が狭いんですね。

ここは前から気になる場所でした。
日本地図を見るたびに(『最後の審判』の手だわ!)と思っていたのです。

ミケランジェロがバチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂に描いた『最後の審判』。
この『アダムの創造』の絵をご存知の方も多いと思います。
神がアダムを創った時の様子です。



この絵の、神とアダムの指の部分を、いつも思いだしていました。



ほら、似ていませんか?
私には愛媛と大分に見えてなりません。
だめ?



もうちょっとアダムの手が下から出ていればよかったんですが。
『E.T.』のポスターを反転させる方が近いかなという気もしますが、まあアダムでいいでしょう!

前に、フェリーで伊勢湾を渡って鳥羽に行った時のことがとてもいい思い出となっており、今回は気になる佐田岬を目指すことにしました。
今回は、松山イン、大分アウトの旅程。四国から九州にフェリーで渡ります。
インとアウトの場所が違うと、移動の旅をしている気になって、わくわくします。



1日目=緑、2日目=紫、3日目=オレンジ、4日目=赤で囲んだ範囲を動く予定です。
大分在住のアカネちゃんにも会えることになりました。

この「岬を渡る旅」、我ながらすてきなプランだと思いますが、周りに「何しに行くの?」と聞かれて、「岬からフェリーで海を渡りに」と説明すると、相手はたいていリアクションに困ってしまいます。
それを見て(そんなにマニアックなの?)と不安になり「道後温泉と別府温泉をハシゴする」と言い直すと、「いいね、それ!」と生き生きした返事が返ってくるので、空気を読んで「温泉めぐりの旅」と言い続けていました。
温泉めがけて行ったと思っている友人たち、本当は違ったんですよ。
温泉も楽しみですけど、そんなちゃんとしたことが目的の旅は、一人の時はしません!

○ 雨の日は早目に出発(10月16日)

この日は朝から雨。電車もリムジンバスも、どちらも遅れ、バス乗り場はなかなか来ないバスを待って、大勢の乗客たちが騒然としていました。
予定よりも15分遅れで空港に到着。フライトギリギリの人がいたようで、何人もの人がフルダッシュをしていきました。
私はゆったりカウンターへ。早めに出発していて、よかった~。

初日は完全にフリーの日。
だから(もしフライトに間に合わなくても、迷惑をかける人はいないかな)と思いましたが、(いやいや)と思い直しました。
予約していた宿から、シシ鍋に誘ってもらい、お受けしていたんでした。
なかなか野性味豊かなお申し出です。

飛行機が分厚い雨雲を抜けると、きれいな青空が広がっていました。
朝から肌寒くて冷えて震えていたのが、嘘のようです。まあ、上空なので寒さはありますが。

○ 初めての愛媛

下界は雨でも、雲を抜けると明るい世界。高度16000mの空を渡っていきます。
「ただいま赤石山脈です」とアナウンスが入りました。木曽山脈や御嶽山が下に望めるそうです。
「左側に伊勢湾、志摩半島が見えます。もうすぐ琵琶湖が見えます」
今回の副操縦士は親切で、いろいろ教えてくれます。
でも、通路側だったし眠かったしで、瞼が開かず耳で聞くだけでした。

私にとって、初めて訪れる愛媛なので、ワクワクしています。
数年前に日本で訪れていない場所を調べてみたら、鳥取、愛媛、富山の3県でした。
2年前に鳥取を旅し、今回愛媛に行くので、残るは富山県のみとなります。
私にとって一番縁遠い土地は、富山でした。
我ながら意外ですが、まだ黒部には行けていないのです。

全国制覇はしたいですが、急いでコンプリートしたら、これから先の楽しみがなくなりそうなので、あせらずとっておくことにします。
富山のお話は、またその時に。

○ みかんジュースタワー

松山空港にはポンジュースが出てくる蛇口があると聞いていましたが、今は月に一回しか登場しないそうで残念。
でもみかんジュースタワーが迎えてくれました。



さすがはみかん大国。裏切りませんね。
シャンパンは無理でも、これなら全部飲み干せそう!樽ごと持ってこーい!

シャトルバスに乗って町の中心部へと向かいます。
途中の松山駅前で降りてみました。レトロな雰囲気で『ぼっちゃん』の世界を彷彿とさせます。



ゆるキャラグランプリ王者のバリィさんがいました。
今回、今治に行かないので、会えないかと思っていましたが、JR予讃線は今治まで行くからですね。
今治観光大使兼、伊予観光大使だそうです。



東京は陰気な雨が降っていましたが、こちらは突き抜けるほどのいい天気。暑くて上着を脱ぎます。
そこからお堀に向かって大通りを歩いていきました。



市役所がありました。愛媛マンダリンパイレーツってなんだろう?
なぜ東京ヤクルトスワローズも一緒にお祝いしているんだろう?

○ お城へ登山

お堀の横にある県庁はさらにどっしりとした建物で、風格がありました。歴史を感じます。
県庁の後ろには松山城が見えます。地図を見ると、お城へと続く道は4本ほどあり、県庁の裏からも行けるよう。
県庁裏登城道というルートです。ここから上っていこうかな。



そう思って行くと、すごい急勾配でした。
歩き出す気力が萎えますが、まあ行ってみましょうか。
山道なので緑が多かったのが救いでしたが、それでもきつい坂で、ゆっくり進んでいきました。

途中、立派な石垣がそびえています。
これは「登り石垣」といって、山腹から侵入しようとする敵を阻止するため、ふもとの館と山頂の天守を、山の斜面を登る2本の石垣で連結させたもの。
国内の現存12天守の城郭では、ここと彦根城だけにしかない、貴重なものだそうですが、ハーハー息をあげて登っている私には、見上げてじっくり鑑賞する元気はありませんでした!



全荷物を背中にしょっているので、重いのです。たいしたものは入っていないのに。
よろよろと歩いて行くと、坂の上から子守歌を歌いながら乳母車を引いてくる若いお母さんがいました。
ママさん、降りてきたということはこの急坂を上っていったの?乳母車引いて?うそでしょう?
謎です。あれは白昼の幽霊だったのかしら。

○ よしあきくん

ようやく天守閣まであがると、目下工事中で、幌をかぶっている建物が結構ありました。
お城や武将の写真と「工事中」の表示のアンバランスさがなんだか楽しくなります。



松山城のキャラクター、よしあきくんが出迎えてくれます。
一瞬、プリングルスかと思いました。



クラスメイトにいそうな名前ですが、松山城の初代城主、加藤嘉明(よしあき)にちなんだもの。
彦根城のひこにゃん、熊本城のひごまるに負けずに活躍してねー。

○ お坊さんと外国人

お城を黒い法衣を着たお坊さんが、一人で見学していました。
古城と松とお坊さん。とっても絵になる光景です。
草履ではなくスニーカーを履いていました。ここは山ですからね。





遠くに海が望めます。
ふと視線をずらすと、欧米人のカップルがいました。
同じお城にいても、お坊さんと外国人とでは、雰囲気ががらりと変わるものですね。



○ スズメがともだち

山登りをしたので、休憩しようとベンチに腰かけてクッキーをつまみました。
すると、チュンチュンと鳴き声がして、スズメが近づいてきました。
とってもこちらを見ているので、かけらをあげることにします。
自分の近くに置きましたが、無事取っていきました。
大きなかけらすぎたので、ちょっとずつついばみながら。
動画に撮りました。一人旅では鳥が友達さ~(ひゅるる~)。



○ 温泉なのか火事なのか

見晴らしはとてもよかったです。でも方角がつかめていないため、どっちがどっちか全くわかりません。
ふと目を凝らすと、一カ所からモクモクと白い煙が上がっていました。
あれは、火事?いえ、この辺りだと、温泉の煙でしょうか。



道後温泉かな。いいですね~。
これから向かうのはあの辺りかと思いながら、眺めました。(とかいって、本当に火事だったりして)



松山市は俳句王国なので、市内のあちらこちらに俳句の投句箱が設置されています。
俳句が趣味の伯母が、以前松山旅行の折に投句したものが、その年の最高賞に選ばれて、賞状と記念品が市から送られてきたそう。
伯母にとってなによりの旅の記念になったことでしょう。

○ 石垣ビューティフル

前を歩く人にぼーっとついて行ったら、違う折り口を歩いて行きかけて、あわてて戻りました。
お城の石垣に見とれます。夏に熊本城の武者返しに魅せられてから、すっかり石垣を眺めるのが好きになりました。
人がどんどん通り過ぎていきますが、気にせず立ち止まってじっくり見入ります。



ここの石垣も立派です。うーん、美しい。
こんな小高い山の上まで、大きな石を運んできた人々がいてこその芸術ですね。



リフトを下から眺めます。はじめからリフトに乗って行けばウンウン山登りをすることもなかったんですが、リフト乗り場が遠かったんですよね。
帰りは行きとは違う、東雲口へ向かいました。



○ 東雲神社

下り道の途中にある東雲神社を参拝したかったのです。
「東雲」とはすてきな名前ですね。
天照皇大神などのほかに松山藩の藩祖を祀っている神社。
横広で、靖国神社のような迫力のある場所でした。



長い石段を下りて、下に着きました。
道後温泉に向かおうと思いましたが、市電乗り場がわかりません。
近くにいた人に聞いてみると、そこはお弁当屋さんで、「よくわからないから」と、わざわざ奥で働いていた御主人を呼んでくれました。
「市電ですか、歩きですか?」と聞かれて、
「歩いても行けるんですか?」と聞くと、
「行けますよ。市電の線路をたどっていけば着きます」
確かに、もっともな話です。

○ 走り去る坊ちゃん電車

市電の走る道路に出ると、レトロな電車が目の前を走って行きました。
あっ、坊ちゃん電車!
乗ってみたいと思っていましたが、本数が少ないため、チャンスは限られています。
もうちょっと早ければ、あれに乗れたんですが。でも歩いて行くつもりなんだったわ。



それからは線路をたどっていきます。まるで「オズの魔法使い」で黄色い煉瓦の道をたどるドロシーになった気分。
市電は、オレンジ色の普通の車体のほかに、広告デザインのついたものも走っています。
これにぐっときました。五・七・五じゃないけど…。



てくてく歩いていくと、湯築城(ゆづきじょう)跡につきました。
松山城の近くですが、ここにもかつてお城があったんですね。



○ 終点の道後温泉駅

それからすぐに、終点の道後温泉駅に着きました。
レトロでクラシカルな駅舎。



その横には、先程走っていった坊ちゃん電車の車両があります。
乗り損ねた人も、ここに来れば一緒に撮影ができますね。



結局、JR松山駅からお城に上り、旅の荷物をしょったままで道後まで歩いてきたことになります。
私、修行の旅をしてたんだっけ?
お城で見かけたお坊さんでさえ、荷物はほとんど持っていなかったのに。
松山に着いてから、白装束のお遍路さんを何人も見かけていますが、やっていることだけは近いかもしれません。

○ 猫いっぱい





野良猫がいたのでちょっと遊んで(もらって)。
人懐こいなと思ったら、次々に別の猫に会いました。

道後温泉は、猫が多いですね。あちこちで見かけます。江ノ島みたい。
ゆっくりした観光客が多いので、かわいがってもらえるからでしょうか。



○ 坊ちゃんワールド

駅のすぐそばの宿に荷物を預けて、再び外へと繰り出しました。
駅の向かいは、もう道後温泉への入り口。
写真でよく見る光景です。



お土産通りになっており、ここでさっそく坊ちゃんコーヒーを買い求めました。



『坊ちゃん』の町と呼んでもいいほど、あちこちに坊ちゃんにちなんだものがたくさんあります。
そんな中で、私が気になったのは、この喫茶店。



あえての嫌われキャラ、赤シャツ(笑)!これぞ反骨精神!
店名を紙に書いて貼っているところも、いいですね~。

その2に続きます。