○ プロローグ
巡礼といったら、どんなイメージが湧きますか?
私が巡礼者となる前は、とても遠い言葉に聞こえていました。
どちらかといえば海外の話という感覚で、バチカンを訪れるキリスト教徒や、メッカを訪ねるイスラム教徒を連想していました。
そのうち、スペインにはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路があると知りました。
それから、日本の四国のお遍路さんも同じような巡礼者なのだと、つながりました。
どれも、簡単な道行きではありません。
みんな死を覚悟して、本気で聖地巡礼に臨んでいます。
イスラム圏のメッカ巡礼にいたっては、一生に一度すべき義務のようなものとなっています。
日本には四国遍路のほかにも、さまざまな巡礼があり、私はそのいくつかを巡っています。
普通に生活をしながらでは、昔の巡礼者のようにひたすら歩き続ける行程は、とても無理。
今では休日に車や電車で参拝できる、便利な世の中になりました。
専用のツアーバスも出ているくらいですからね。
ただ、楽にお寺を巡っても、張り合いがないというか、達成感がいまひとつ感じられられません。
やっぱり「ファイトー!いっぱーつ!」的に苦労した後の方が、リポビタンDはおいしく飲めるもの。
白装束も着ず、菅笠もかぶらず、普通の格好で札所巡りをする私ですが、せっかくですから少しは巡礼者っぽい参拝をしてみたいとも思います。
目下、トライしているのは、百観音巡礼。
100ある観音様の中で、うちから一番近いのは、坂東三十三箇所観音霊場の十四番札所、弘明寺観音です。
横浜にあるのはこのお寺だけ。せめてここくらいは、歩いてお詣りしてみようと思いました。
最寄の駅から弘明寺駅まで、電車を使うと横浜経由で30分弱。
電車の直線距離では、15.5キロくらいです。
つまり、往復すると31キロ。
普段、10キロ歩くこともそうそうありませんが、まあゆっくり歩いていけば往復できるかな・・・とのんきに考えます。
宮部みゆきの『平成お徒歩(かち)日記』を読んで、ちょっと影響されたのかもしれません。
5月の晴れの日を待って、出発しました。
○ 私と弘明寺
弘明寺は百観音の中で一番身近なお寺です。
学生時代は電車通学で、毎日弘明寺駅を通っていました。
高校3年間ずっと一緒にいた親友も、そのとき憧れていた人も、弘明寺に住んでいました。
定期圏内だったので、友達としゃべり足りなくて、よく途中下車しました。
ここの弘明寺商店街は、活気があっていつも賑やか。
お寺へと続く商店街をおしゃべりしながら往復したり、川沿いを歩いたりしたものです。
弘明寺・上大岡の人たちは、みんなここに初詣に行くそうです。
ただ、私は肝心の弘明寺参拝をしたことがありません!
門前の弘明寺観音せんべいなら食べたことがあるのにー。
知っているのは商店街ばかり。あと「珈琲パーラー泉」という喫茶店のサラスパが好きだったわ~。
高校生の頃は、友人ともども、お寺や仏像といった日本的なものに全く興味がなかったから、仕方がありませんね。
そんな風に、昔からよく知っている駅前界隈。
当時住んでいた家から数駅のところにあった身近な場所なので、(これなら歩いていけそう)と思ったわけです。
○ 横浜駅越えウォーキング
といっても、朝一で出かけたわけではありません。
洗濯や掃除をして、昼食を食べて、家を出たのは13:30でした。
天気はいいけれど、ちょっと暑さを感じます。
家から横浜駅までは、8.5キロほど。
時々歩いているので、よく知った道を歩いていきます。
でも普段は、往復はめったに歩きません。クタクタになってしまうので。
これは、旧綱島街道沿いにある白幡身代わり地蔵尊。
旅の途中に辻強盗に襲われた兄妹が、この像の影に隠れたところ、振り下ろされた刃がはね返って強盗にささり、二人は難を逃れたのだとか。
幼い兄妹の命を救ったお地蔵さまです。
東白楽駅-横浜駅間の線路跡にできた東横フラワー緑道を通ります。
以前は大回りをして車通りに出ていたため、この遊歩道ができてから、歩くのがとっても快適になりました。
これは白楽から横浜に抜ける高島山トンネル。トンネルの向こうは、もう横浜駅辺りです。
横浜駅には15:15に到着しました。
(あれ、けっこうかかっちゃった)と時計を見て思います。
一日で一番暑い時間帯のため、あまり負荷がかからないよう、急がず歩いてきたからでしょう。
○ 時間短縮、京急ワープ
それから京急沿いに歩いていくことにします。
ここから先は道が不慣れなため、線路を追いながら。
横浜駅の中心から、京急の線路が伸びていく方面に出るまで、少し時間がかかりました。
長丁場になるため、ペースを調整しながら歩いてきましたが、だんだん心配になってきます。
目指す弘明寺の御祓い・祈祷の受付は16時まで。
となると拝観は16時半までくらいでしょうか。
門が閉まるギリギリに駆け込みたくはなく、お寺の開いている時間内に、余裕を持って行きたいところです。
ただ、横浜駅を抜けた段階で、もう15:30を過ぎていました。
あと1時間で、京急6駅分を歩けるかしら?
歩いたことがないので、わかりません。
汗だくになって、ハーハーいいながら参拝するのは避けたいので、時間短縮をすることにしました。
つまり、横浜駅となりの戸部駅から京急に乗ることに決めたのです。
徒歩巡礼のはずが、サクッと主旨変更ー!
まあ、その辺は柔軟にいきましょう。
一人なので、自分が納得すればいいことです、ええ。
15:50の普通電車に乗り、途中で快速通過待ちをして、弘明寺駅に着いたのは16:05でした。
○ 弘明寺駅は山の上
さあ、弘明寺駅到着です。
でも、案内板がないため、どちらの口に降りればいいかわかりません。
駅名にもなっているお寺なので、駅をあげてお知らせしているのかと思ったのにー。
地図を見て場所を確認してから、駅の外に出ます。
私の知らない出口の方にありました。
駅前にドドーンとお寺があるのかと思いましたが、きょろきょろ見渡してもありません。
あれー?
先ほどの地図に書かれていた方向に向かうと、急な下り坂になりました。
その坂の奥に、お寺らしき中国風の屋根が見えたので(あれかな)と降りていくことにしました。
けっこうな急坂で、自転車の人はみんな乗っていられません。
ふうふう言いながら引いて上がってきます。
駅前なのに車はエンジンをふかさないといけなさそう。
京急弘明寺の駅が、こんな山の上にあるとは知りませんでした。
○ 坂東33箇所観音霊場14番札所 弘明寺観音
降りていくと、果たしてそこが弘明寺でした。
古めかしいお寺。横浜市内最古の寺院です。
境内はそう広くはありませんが、きちんと整備されています。
結界の中には霊石とされる七つ石があり、その上には、小さな願い石が載っていました。
高野山でよく見かける、「こうやくん」のパネルを見かけて(あれっ)と思いました。
こうやくん、これまで高野山か高野山カフェでしか見たことがなかったので。
ここが高野山真言宗の寺院だからですね。
このお寺オリジナルの「ぐみょうくん」とかがいてもよさそうです。
修行中といった風の若い僧侶が数名、境内で何か作業をしていました。
作務衣姿でてきぱきと動いており、活気を感じます。
ようやく弘明寺観音に会えました~。
ここから数駅のところに住んでいた10年間、一度も参拝せずにごめんなさい~。
今回がいい機会でした。坂東の札所になっていてよかったです。
お堂には、木造の閻魔大王がおいででした。
目を見開いて咆哮しています。
ギャー、コワいー!でもえんま様、好きー!
ほかにも弘法大師像や弁才天像がありました。
古刹を訪れると、歴史の重みを感じて胸がいっぱいになります。
このお寺も、時代の流れをまとうすばらしい場所でした。
さっそく「弘明寺観音友の会」に入会しました!
行きは横の山門から入ったため、帰りは正門から出ようと、お寺の石段を降りて行きました。
かなり下っていきます。これ、地下鉄の駅や商店街方面から来たら、ウンウンいいながら石段を登ることになったんだわ。
仁王門の横には「さあ、一緒に祈りましょう!」と明るく勧めるメッセージ。
レッツ・プレイ♪ってことですね。
石段の上にあって、古めかしい仁王門からは見えないお寺は、敷居が高くて初めての人は入りづらそう。
こんな風に背中を押してもらえると、行きやすくなります。
門の中には、表情豊かで今にも動き出しそうな赤い仁王様がいました。
「ここ、ひと押ししたら簡単に出れるな!」「確かに、ひと叩きしたら壊せるな!」みたいな力自慢の会話が聞こえてきそうです。
仁王門の先には、アーケード商店街となった参道がまっすぐ奥まで続いていました。
その2に続きます。