風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

夏の西国ひとり巡礼 2-2

2017-08-15 | 近畿(京都・滋賀)
● 次は能登川駅

その1からの続きです。 
近江八幡駅からふたたび琵琶湖線の特急に乗り、2つ先の能登川駅へ移動しました。
電車を降り、駅前に停まっていたバスに乗り換えます。
乗客は数名おり、観音寺口のバス停で降りたのは私だけ。
次のお寺の観音立寺に行く人は、同じバスには乗っていなさそうです。

バスを降りたものの、そこからの道の方向がわからず、しばしうろうろ。
さきほどの長命寺のおまもりにあった、飛び出し坊やのサインがありました。



● 祝神社

事前に観音立寺へ行き方を調べたところ、「祝(いわい)神社の境内から向かう」と書いてありましたが、ほんとかなあと半信半疑。
神社への標識はなく、道を人に聞こうにも車しか通らないため、あてずっぽうに向かってみた方向がたまたま当たっていました。
町内の小さな神社かと思いましたが、かなり威厳のある、立派な神社です。
広い境内は無人で、時が止まったかのようにシーンとしており、別世界に来たかのような違和感。
境内にお寺への道があるということですが、すぐには見つけられず、静けさの漂う境内をぐるりと一周し、くまなく探してみます。



● 古すぎる標識

ようやく見つけました。探している人でないとわからないような小さな標識がありました。
その古さに唖然とします。
「この坂は大変すべりやすい 特に◯◯すること」
古すぎてところどころ読めない箇所があり、注意書きの役目を果たしていません。
長年メンテしていない看板を見て、不安になります。
参道は、ちゃんとメンテされているのでしょうか。



右側が神社の境内。
そこから横道が出ており、どうやらこれがお寺への参道のようです。

● 厳重な柵を越えて

ここを登っていくと、山へと続く道になりました。
すぐに柵に突き当たります。



扉にはワイヤーがかけられており、開けることはできましたが、「開けた人はワイヤーをしっかり固定して開いたままにしないように』との注意書きがありました。
境界線がきっちりとひかれていることに、驚きます。
どうして柵で囲っているの?
山にはイノシシかクマでもひそんでいるの?
柵の中に入っても、本当に身の危険はないのか、一気に不安感は強まりました。



本当に入っても大丈夫なんでしょうか?
それを尋ねられる人は、周りに誰もいません。
バス停を降りてから、人っ子一人会っていないのです。
こんなにちゃんとした神社なのに、誰もいないなんて。
なんだか怖くなってきます。

捨て置かれたような古いままの標識に、柵で仕切られた山の中。
この先に、本当に道はあるんでしょうか。
西国の巡礼者たちがみんな通っていくとは、考えられないような野ざらし感です。
これは、想像していなかった状況です。

● ひとり森の中へ

でも、いくら躊躇しても、他の行き方を知らないため、前に進むしかない私。
本能が「なんだか落ち着かない、進みたくない」と抵抗しますが、仕方がないので歩き始めます。
柵を超えて、うっそうとした森の中へ。
これは虫に刺されると思い、念入りに虫除けスプレーをかけます。
杖を貸してくれる茶店もないので、近くに落ちている折れ技からよさげなものを拾って、杖がわりに使うことにしました。
右手の平は先ほど滑って擦り傷だらけになっており、まだヒリヒリしているため、破傷風にならないように杖は左手で持つことにします。
ワイルド〜。

本当にこの道で合っているのか、怪しみながらそろそろと進んでいくと、観音立寺への標識がまたありました。
ホッとしたのもつかの間、矢印の方向には道がいっさいありません。
いや、これは無理でしょう〜。



● 無人の山中

無理なので、歩ける道の方を進んでいきます。もう山の中なので、神社のところからずっと坂道が続いています。
どう見ても、私の前にもあとにも、人が歩いている気配は全くありません。
道に段が作られている箇所もありますが、夏なので草が伸びて、ぼうぼう。
道もすぐにわからなくなりそうです。



突然道がなくなり、途方に暮れて四方八方を見渡します。
すると、木立の奥に、階段を発見。
あそこだろう、と向かいます。
標識は一切なく、ここが正しいという確証はありません。かなりきわどいギャンブル気分。
上に登っていけば、迷わずに山の頂上に着くだろうという予想だけです。



もはや、完全に私一人が山の中。まったく人がいる気配がありません。
助けを呼んでも誰も来てくれない場所で、熊とか出たらどうしよう。
丸腰ですし、擦り傷だらけですし、ここで獣に出くわしたら、逃げられる自信はありません。
変な人に遭遇しても、同じこと。
あとで取り返しがつかない事態になったら、どうしよう。
もちろんネットは通じません。
警戒心の塊になって、とにかく緊張しています。



道しるべがありました。紅葉公園は、スタート地点の神社あたりでしょうか。
お寺まではまだ1.5キロもあります。ずっと上り坂です。

下の画像の石段がわかるでしょうか。そう、これがルートなのです。
生い茂った草をかき分け、顔に掛かりそうな枝を払い、道なき道を進みます。



みすみす山に遭難しに入ることになりはしないか、あとで後悔するようなことにならないかと、悩みながら進みます。
突然大きな石碑があり、ぎょっとしながら近寄ってみると、忠魂碑でした。
石碑の影に賊が潜んでいて、突然襲われたりしたら、もうどうしようもありません。
極力、物音を立てないように、忍者になった気分で進みます。

● 恐怖との闘い

ひたすら石段を上っていく山道登山に1時間掛かるということで、絶望したくなる気持ち。
先程の長命寺の石段ほど段差はありませんが、ここはとにかく整備されておらず、段差以前にメンテナンスの不安があります。
山の奥へと分け入ったが最後、自分がどの辺りにいるのかわからず、何がひそんでいるのかわからないというのも、恐怖感を煽ります。

長命寺よりもうっそうとしている山の中なのに、日光が差し込んできて、暑さで消耗します。
そして自分の周りを山の虫がブンブン飛び交います。前日の施福寺への石段に次ぎ、またかと、げっそり。
なるべく消耗を抑えるために、こまめに止まって、休み休み行きたいのですが、立ち止まるとすぐに虫たちが寄ってくるため、そんなに休めません。
ブヨとかに来られるのもイヤだし。

● 見晴らし台



見晴らし台があったので、虫除けスプレーを再びかけながら、ちょっと休憩。
拾った杖を立てかけています。
もくもくと足を動かし続けて、これだけ眺望がいいところまで登ってきたことがわかります。
眼下には、のどかな緑の田畑が広がっていますが、そんな穏やかな人間の社会から、今は遠く離れています。



● まだこの倍

相当がんばって登り続けて、ここまで歩いたのならお寺まであと少しだと思っても、ようやくあった標識を見つけて見てみると、まだ半分も登れていないことがわかって、がっくり。
これまでと同じだけのきつい思いをさらにする必要があると知って、滅入りそうになります。



早く山の森の中を抜け出したいという気持ちでがんばってきましたが、道はきつくてなかなかたどり着きません。
恐怖感も消えないまま、体力が落ちたぎりぎりの状態になっています。
こういった追い詰められた状況になると、ほとんどのことは頭の中から飛んでいき、ただひたすら、どうやったらこの事態を乗り越えられるかということだけを考えるものですね。
小さなことはどうでもよくなり、目の前をいかに切り抜けるかということだけに集中します。
つまり、余裕がまったくないのです。
標高は400m強ですが、とてもきつい行程です。

● 文明社会が近づいた

夏草をかき分けかき分け、虫を払いながら進んでいくと。ようやくのことで、車の音が聞こえてきました。
あ、文明社会が近くなった。
進む道を見失いそうな深い山の中から、お寺への広い参道に出て、車で来た参拝者と合流できました。
やったあ。助かったわ。
すでに気力体力ともに相当くたびれており、頭は動きません。
脊髄指令による本能で、足を前に動かしているだけです。



ああ、他に人間がいるわ。車も来ているわ。
山の中で獣に牙をむかれずに済んでよかった。
参道の所々に、言葉が書かれた板が立っています。
「一歩一歩の尊さ」
一歩一歩足を進めて、なんとかここまでやってきた自分にはしみる言葉です。



先ほどの長命寺行きのバスで一緒だった人たちはどうしたんだろう、とふと考えました。
車ではなかった人たちですが、このお寺では一人も会いません。
2つのお寺は割と近いので、みんな同じ日に巡ると思っていましたが。



山の上では、まだアジサイがきれい。
巨石を祀る神社がありました。でももうそこまで行く体力はありません。

 

● 西国三十三所第32番札所 観音正寺

お寺にとうとう、やっとのことで到着しました。
他にも参拝者はいましたが、みんな軽装で、涼しい顔をしています。
もらったパンフレットに「最近は徒歩巡礼をする人はほとんどいなくなった」と書かれています。
たしかに下から歩いて登ってきたのは、私一人だけ。
他の方々はみんな車でやってきたようです。
関西の人たちは、ここがきついと知っていて、車を借りるなりするんでしょうか。



ここは聖徳太子が人魚に頼まれてつくったお寺。
平成5年に火災で本堂が焼け落ちてしまい、その後再興されました。
こんな山の上にあるのに人魚?と不思議ですが、お寺が保管していた人魚のミイラも焼けてしまったそうです。
登山のハードさからまだ抜け出せず、ぽーっとしながら、まだ新しい大きな観音様を拝見。
宮島・大願寺の巨大な不動明王像を手掛けた仏師、松本明慶氏の作でした。(堂内は撮影禁止でした)



ごつごつとした迫力ある巨岩が目を引きます。
よくみると、観音像が2体立っていました。
境内には茅葺屋根に樽で作られた、かわいらしい形の小さな祠がありました。
中には北向き地蔵が祀られていました。



本堂の濡れ縁のベンチに座って、一休み。
本堂からのお経を聞き、風を受けながら、眼下の景色を見渡します。
いい眺望です。



● 脚の限界

時刻はちょうどお昼にさしかかったところ。
午後になると、暑さもより厳しくなってきます。
酷使した足は、疲労が溜まって棒のようになっています。

この足の状態で、もと来た道を一人で下るのは、危険だと思いました。
ガクガクして、何度も転んでしまいそう。
そこで一大決心。
参拝者の誰かに、麓まで車に乗せてもらえるか、頼むことにしました。
お寺までのバスはないし、タクシーも来ていません。
突然お願いするのは勇気がいりますが、そうこう言っていられない自分の状況。
背に腹は変えられません。

● ヒッチハイク決行



右が私が登ってきた山道、左が駐車場。
最初にやってきたのは一人の男性でしたが、その人はやりすごして、次にやってきた若ご夫妻にお願いしてみることにします。
さあ、勇気を出して、言ってみよう。
「突然で済みませんが、下まで乗せてもらえませんか?」
これって、超ピンポイントのヒッチハイクですね。
「え〜」とためらわれるかなと思いましたが、「いいですよ」と二つ返事で快く乗せてくれることに。
わあ、よかった〜。ほっとして、握っていた杖を置きます。
頼んだ人全員に断られたら、いくらきつくても歩いて帰らなくてはならないと、左手から手放さずにいたのです。

感謝をして、後部座席に乗せてもらいます。
私が名乗ると「ぼくたちはユゲです。弓に削るって書きます」と言われたので「わかります」といったら、「本当ですか?」と驚かれました。
「なかなか読んでもらえなくて」
「友人にいるので。でも珍しいお名前ですね」
「いつも、ユミケズリって間違われます」
京都市内の方で、私と同じく、長命寺を訪れてからこちらに来たんだそう。
「長命寺の駐車場に停めたから、私たちは100段くらいで済みましたが、下から800段、登ったんですか〜。きつかったでしょう〜」
「ええ、下りで転んじゃいました」

車はくねくねカーブを降りていきます。
山中ではない舗装道路なので、(この横を歩ければいいのに)と思いますが、この道は車専用で、歩行者は通れません。
話をしながら、ふと気がつくと、もう車専用の道が終わって、普通道路に出ていました。
「え、もう山の下? 」と驚くと、その様子に二人が笑います。
あれほど苦労して上った道のりが、車ではあっという間。
「さっきは登るのに1時間もかかったのに…」と言うと、「いやー、ほんとにお疲れさまです!」と労わってもらいました。
やっぱり巡礼仲間は、優しいです。

「どこでも停めやすい適当な所で下ろしていただければ…」と言いましたが、二人は車中から通りのバス停の時刻表を見て「バスは1時間に1、2本しか来ないし、バス停の周りに時間を潰せるところもないから、最寄りの電車の駅まで行きますね」と言ってくれました。
ありがたさに涙が出そうです。

● 王道があった

この観音立寺は、まちがいなく、私にとって西国最難関のハードな行程でした。
ここまで大変とは、予想だにしませんでした。
でも車で来た人は、全くそうでなさそう。
前日の施福寺には王道がなく、大変さは万人に共通でしたが、このお寺には王道がありました。
車を使うというロイヤルロードが!
夏でなければまだ歩けるかもしれませんが、他の方にはレンタカーで行くことをお勧めしたいです。

車の中で、西国巡礼の情報交換をしました。
第1札所の青岸渡寺は、熊野にあって京都からは距離があるため、阪急の日帰りツアーに参加したそう。
一日がかりですごくハードだったと教えてくれました。
偶然にも、私は翌日、同じツアーに参加して、青岸渡寺に行く予定です。
こっちの人も、巡礼にバスツアーを利用するんですね。

「関東からだと、こっちに来るのが大変ですね。どうして始めようと思ったんですか?」と、きっかけを尋ねられました。
百観音巡礼中だと話しましたが、二人とも百観音のことは知りませんでした。
関西で観音巡りというと、西国巡礼のみを意味します。
百観音巡礼については、あまり知られていません。

● あかねさす八日市駅

八日市駅の前で、車を止めて下ろしてもらいました。
感謝を言って、去っていく車に手を振って見送りました。
彼らに「JRの駅です」と言われましたが、実際には近江本線の駅でした。
土地の人ではないので、馴染みがないのでしょう。
電車の本数はバスレベルに少なく、1時間に2本のみ。
発車まで20分ほど時間があるので、ホーム周辺を見てみました。



八日市駅って特徴的な名前です。四日町駅は三重で、十日町駅は新潟。
八日町という駅はありませんが、八王子にある地名だそう。
もうすぐ映画化される小説「君の膵臓を食べたい」の舞台だそうです。
駅前に万葉集の額田王の「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」のレリーフがありました。
舞台は奈良だと思ったけど、この辺なのかしら。



ポストの上に何かが載っていました。
これがなにか、よくわかりませんが、どうやら凧のようです。
東近江では、日本一の巨大凧を飛ばすそうで、100畳敷サイズの凧が空を舞うんだとか。
う〜ん、体育館サイズくらい?(え〜っ、そんな大きいのが飛ぶなんて!)



● 萌えキャラトレイン

駅のホームには、萌えキャラがペイントされた電車が停まっていました。
「鉄道むすめ」に登場する、八日市駅の「豊郷あかね」 ちゃん。



鉄道と萌えキャラ好きの男性には大人気でしょうね。
鉄子はまだ少ないでしょうから、「鉄道むすこ」は今のところ登場しなさそう。
私が乗ったのはこの電車ではなく、向かいに停まっていた、シンプルな黄色無地の車両。
キャラクター電車は、特別な時しか動かないのかもしれません。



初めての路線を楽しもうと思いましたが、暑いため窓のサンシェードが全て下ろされていて、外の様子はあまりよくわかりませんでした。
近江電鉄にはレトロな駅舎が多いそうですが、電車の中からは見えません。一旦降りないとね。

● 宵山スルー

終点の近江八幡駅に到着し、ここでこの日何度も乗ったJR琵琶湖線に乗り換え。
姫路行きはけっこう混んでいます。結構遠くまで行くんですね。
冷房の効いた電車が快適で、うつらうつらし、周りの喧騒で京都に着いたと気がついて、ぼーっとしたまま降りました。
電車内には浴衣の人もおり、そういえば祇園祭の宵山の日だったなあと思いだします。
でも私はパワー切れ。祇園祭も宵山もパスして、宿に帰ろうっと。

宇治に着いたのは夕方5時頃。
午前中に転んで打った指が、腫れ上がっていました。
背中も足もじんじんと痛み、歩きづらくなっています。
だましだまし宿に戻って、この日はもう外出せずに部屋で休んで、ゆっくり疲れをとることに専念します。
打ち身と腫れが悪化しないか心配だったし、日中暑い思いをしていたために身体の火照りがなかなかとれず、熱中症にならないか気になったので。

旅はまだ2日目ですが、山ばかり登っていて、すっかり体力が落ちています。
今回の旅は、行くのが大変なお寺ばかりを選んでいますが、暑さの中で動いているため、思っていたよりも大変です。

この日の移動ルート。といっても京都ー滋賀間は電車です。



2日目にして満身創痍ですが、それでも予定通りにこなせているので、まあよしとしましょう。
3日目に続きます。


夏の西国ひとり巡礼 2-1

2017-08-13 | 近畿(京都・滋賀)
1日目からの続きです。

● 宇治から滋賀へ

2日目の朝。7時起きして宇治駅に向かいます。。
よく晴れたいい天気。飛行機雲が空いっぱいに斜めに突っ切っています。



西国三十三所のお寺は、1から33までそれぞれに番号がついています。
前日は2、3、4番を巡りましたが、この日行く予定のお寺は、ぐっと後ろの31と32番。
番号によって、お寺のある場所が変わります。
前日は和歌山・大阪。今回は、滋賀をめざします。

● 巨大な京都駅

宇治から奈良線で京都駅に行き、琵琶湖線に乗り換えます。
ホームで後ろに並んだ女子高生二人が「これから滋賀に行かなあかんねん」「滋賀か。遠いわぁ」と言っていました。
隣の県でも、やっぱり遠く感じる場所なんですね。



毎年京都に来ているのに、ホームからの眺めは、見慣れぬ光景だなあと思います。
たいてい私鉄電車のパスを使っていて、JRに乗ること自体が少ないからです。
しみじみ、大きな駅ですね。

路線図で確認すると、見知らぬ駅名ばかり。近江八幡はけっこう遠いとわかりました。
まず、野洲行きが来ましたが、途中で止まるため、乗れません。
次に、米原行きの新快速がやってきました。近江八幡駅に停まるか、駅員さんに確認してから乗りました。

1月に神戸に行った時、晴れていたのに新幹線で近江付近に差し掛かった時だけ、本格的な雪景色だったことを思い出します。
帰りも同じだったので、なんだか不思議な場所というイメージで、興味津々です。

● 近江八幡駅

駅に着きました~。見た感じ、何らほかの場所と違う雰囲気はありません。
ここだけ冬のままということもなく、電車を降りるとやっぱり暑い場所でした。



ここは近江商人の地。でも駅の周辺はのんびりしていて、特に商業の町というイメージはありません。
かつて栄えた町は、駅から少し離れたところにあるようです。



● 相席のおばあちゃま

ここから一つ目のお寺、長命寺行きのバスに乗ります。
1時間に3本の割合ですが、混んでいて相席になりました。
発車してしばらくしたら、隣席のおばあちゃまが、しゃべりかけてきました。
聞き取りにくいですが「街路樹が通りの右と左で違うんな」みたいなことを言っているよう。

うんうんと聞いていると
「友人宅には奈良で一番と言われるイチョウの樹があり、時期になると20人がかりで銀杏を採る」
「大阪の御堂筋もイチョウ並木。みんな好きに銀杏を採っていいと言われてるけれど、銀杏の実はにおいがきつくてなあ」
「おまけにかぶれるし、重いし、食べるまでが大変や」
と、銀杏の話になっていました。

地元の人かと思いきや、奈良の人。
「ここの街路樹はまだ若いなあ。30年くらいか。人が手をまわしてギリギリつくくらいが樹齢100年や」
やはり奈良の人はメジャーが大きいです。

おばあちゃまの口調になれてきた辺りで「あ、ここや、降りるわ」と、八幡ロープウェー口で降りていきました。
ここでかなりの人が降りたので、バスは一気に空きました。
みんなお寺に行くのかと思ったけれど、違ったのね。

● 心臓破りの石段

バスには30分くらい乗っていましたが、終点で降りたのは10人弱。そのうちのおじさま方4、5人連れは、すぐに近くのあずまやで休憩しだしました。
ほかの人たちも、何やかにやと、すぐにはお寺の方へ行こうとしないため、私が一番乗りに参道に到着しました。
目の前に、808段の石段がそびえ立ちます。う〜ん、すごい。ゴールが全く見えません。
参道の茶屋から杖を借りて、登り始めました。



足を上げると筋肉痛。前日の疲れが出ています。
今日もハードなお寺参りが続きます。
極力無理をしないよう、疲れたらすぐ休むことにして、休み休み上っていくことにします。



ボールは友達ならぬ、杖は友達。
私のように杖を借りる人もいれば、必要とせず、持たずに上がっていく人もいます。
自前のステッキを両手に握っている人もいます。



ロードバイクのレーパン姿の青年2人が、ハッハッと大きな息を吐きながら、後ろから追い越していきました。
自転車乗りは脚力あるわ〜。



鳥居のような、不思議な形の山門が見えてきました。
ここからが本格的な聖域の入り口ということでしょうか。



まだまだ続きます。けっこうな段差がある、登りづらい石段ですが、木陰になっているので、助かります。
昨日「午前中に来たらよかったのに」とオレンジバスの運ちゃんに言われたとおり、朝のうちはまだしのげるくらいの暑さ。



少し曲がっているため、石段の果ては見えません。上を向いても下を向いても石段だけ。
何段目という標識がないため、今自分がどの辺りにいるのかさっぱりわからなくなっています。



静岡の久能山東照宮の石段が1159段だったことを思い出します。
きつかったものの、段差がそれほどないため、子供やお年寄りでも挑戦できる、観光地としての登りやすさがありました。
久能山よりも段の数は少ないですが、ここのほうがぐっと上りづらくハード。
人を選ぶ石段です。

もう上がること以外、何も考えられません。
でも黙々と上がっていけば、それだけお寺に近づきます。

かなり上まで上がった所に、駐車場がありました。
車で来た人は、そこから100段程度登るだけで済むのです。
この差は大きいわ〜。



● 第31番 長命寺

一歩一歩進んでいき、ようやくお寺の入り口が見えてきました。
なおも進むと、三重塔も現れます。



はあ〜、到着。
西国第三十一番札所 姨綺耶山(いきやさん) 長命寺です。
あまりに遠かったので、お寺に着いたという実感がありません。



三仏堂、護法権現社、鐘楼など、いくつも建物が並ぶ、見所が多い寺院。
神社風の建物も並び、神仏習合の名残を感じます。



聖徳太子が建てたという古刹。
古めかしい立派な本堂をお参りします。



● 飛び出さないで

お寺には「飛び出しぼうや」の交通安全お守りがありました。
初めて見ます。裏返すと少女になっていました。

 


梅雨も終わって、関東ではもう散ってしまったあじさいが、ここではきれいに咲いていました。
山の上では、今が盛りの気候なんでしょう。



● 琵琶湖の眺望

境内からは、琵琶湖がすぐそばに見下ろせて、湖からの涼しい風が吹いてきます。
ここまで上ってしまえば、とても心地よい場所。



空にはやっぱり飛行機雲。
かつての巡礼者は、弁天様が祀られている琵琶湖の中の竹生島から船に乗って、このお寺を訪れたそうです。



ゆっくり上ったけれど、予定所要時間よりも早く着きました。
あと20分後に、帰りのバスが来ます。それに乗れれば、少し早く次のお寺に行けそうです。

● 帰りの石段

変な欲が出て、急ぎ気味に石段を下ります。
前日の紀三井寺からの帰りもそうで、無謀にも一段飛ばしをして降りていきました。



それでも、途中の不思議スポットには寄っていきます。
ここに祀られているのは、一体何の神仏でしょう。中からすごいパワーを放っていそう。



● 滑って転ぶ

朝に雨が降ったのか、朝露なのか、石段はうっすら濡れています。
上りでは全く気になりませんでしたが、滑りやすくなっていたようで、下りでつるっと脚を滑らせてしまいました。
あっと思った時には、ぐらりとバランスを崩し、仰向けに転んだ状態で、数段ズルズルと落ちていました。

その反動で背中を強く打ってしまい、「~~~!!」と一人で痛みに耐えます。
先を急ぐあまりに、スピードを出して降りていたため、派手に身体を打ち付けてしまったのです。

実は前日の夜も、宇治に着いてから薄暗い道の車止めに気が付かずに足を引っ掛けてしまいました。
疲れた脚では踏ん張れず、顔から派手に転んであごを打ち、青くなっています。
その時にすりむいた手のひらが痛みますが、さらに背中もすりむいてしまい、ひりひりします。
夏の薄着の時には、ケガをしやすいのです。



周りには誰もいません。上りよりも下りの方が危険なので、気をつけて降りなくては、と自分を戒めて、急がずゆっくり降りることにします。
それでも、そもそも脚力が落ちていたため、再びズルルッと滑り落ちてしまいました。
今度は横向きに転んでしまい、右足や左手に変な負荷が掛かったようで、痛みも倍増。
くるぶしにもすり傷ができ、ダブルの痛さに、涙がにじみます。
気をつけて杖を突いていても、こんなことになるなんて。

全身打撲になりましたが、石段の途中で立ち往生することはできず、がんばって降りていきました。
石段を滑ったことは、これまでにも何度かあります。
行きの登りで体力を使い果たして、帰りの下りで足を踏み込めずに、バランスを崩してしまうのです。

前日の石段疲れも残っているし、もうこれ以上転んだら、動けなくなりそう。
相当足元に注意しながら下まで降りましたが、バスが来るまで時間はたっぷりありました。

● 巡礼とレジャー

バス停の向こうはもう湖。長命寺港という小さなポートになっており、降りてしまえばのどかな景色が広がります。
湖上にはジェットモービルが何台か出ており、日光の下でモーター音を鳴らして楽しそうにはしゃぐ人たちの笑い声が岸まで届きます。
ひたすら鬱蒼とした山の石段ばかり登っている自分とは、あまりにも違う境遇。まぶしいわ〜。



やってきたバスに乗り込みます。行きに一緒に乗ってきた人は10名ほどいたのに、帰りは私だけ。
このまま駅までずっと一人かと思いきや、途中のバス停からけっこう人が乗ってきました。
「楽しかったなあ」とわきあいあいで、とたんに賑やかになる車内。
この辺りは水郷なので、遊覧船に乗ったり近江八幡の昔の街角を散策する観光客が多いようです。



● 近江八幡宮とは

近江八幡の由来となった近江八幡宮・・・という名前の神社はありません。
日牟禮八幡宮がその由来です。立派な鳥居の前を通りました。



● 近江の町並み

この辺りがかつて商人たちで賑わった界隈です。
街の景観保存もきちんとされているようです。



古めかしい近江の町並みをゆっくり散策し、水郷を船で周遊してみたいものですが、今回はがまん、がまん。



ここには近江兄弟社の本社があります。近江さんという人の名前だと思ったけれど、土地の名前だったんですね。
近江兄弟社前のバス停があったので、きょろきょろしましたが、どの建物かはわかりませんでした。
この会社の虫除けスプレーを旅に持参しています。

● マンホール

駅に到着し、(そうそう)と気づいて、駅前でマンホールチェックをしました。
余裕がないときには、マンホールにまで気持ちが回らないため、気付いた時がチェックタイムです。
白壁の蔵が描かれた、きれいな柄ですね。



駅のホームには、さぞ近江兄弟社の宣伝がたくさんあるかと思いきや、1枚もありませんでした。
近江牛の宣伝ならたくさん出ていましたが。
はっ、食べ損ねた!あっ、巡礼中だった!

その2に続きます。


夏の西国ひとり巡礼 1-2

2017-08-10 | 近畿(兵庫・大阪)
その1からの続きです。

● 三つの国々

和歌山駅から乗った電車は大阪に入りました。一本で乗っているとはいえ、けっこう距離があります。
8時から動き始めて、2つのお寺を巡り、今は昼にさしかかっていました。
今頃、職場スタッフはランチ中かな、と考えます。
こちらは暑くてふうふうなのに、涼しいオフィスの中にいるんだろうな。
でもこれも修行です。

計画では粉河寺から南海高野線に乗り、橋本駅経由で向かう予定でしたが、紀三井寺から和歌山駅経由で行くことになったため、JR阪和線から南海高野線に乗り換えることになりました。
乗り換え駅は、初めて降りる三国ヶ丘。
(三国ってどこだろう?)と考えます。
以前、ブラジル・アルゼンチン・パラグアイの三国国境展望台に行ったことがあります。
ここは、南米じゃなくてナニワですが。



わあ、ピカピカの近代的な駅がまぶしい。気分はすっかりおのぼりさんです。
あとで調べてみたら、三国とは摂津・河内・和泉のことでした。今は全部大阪ですね。

途中、中百舌鳥(なかもず)駅を通ります。鳥好きとしては気になる駅名です。
モズも鳴かずば撃たれまい。あ、キジだった。

● バスを乗り継ぐ

南海電鉄は知らぬ間に泉北高速鉄道に変わり、終点の和泉中央駅に着きました。
ここから乗る最終市営バスの時間の15分前。予定通りの到着で安心します。
駅前のすべてが新しく、歩ける範囲に歴史的名所はなさそうだったので、短い待ち時間で済んでよかったです。



西国観音巡りは、関西では割とメジャーに行われており、よく巡礼者と出会います。
(バスの乗客に、同じ巡礼者がいるかも)と思いましたが、20分ほど揺られていくうちに、乗客は私一人になりました。
誰もいなかったようです。
さらにずいぶん乗っていきますが、まだ降りるバス停になりません。
(もしや、終点に行くルートがいくつかあって、これは私が行きたいバス停を通らない路線だったらどうしよう)と青くなります。
心配の塊のまましばらく行くうちに、ようやくアナウンスされたので、ほっとしてバスを降りました。

● オレンジバスの運転手

相当外れた場所までやってきました。
ここからさらにコミュニティバスのオレンジバスに乗り換えます。
アスファルト道路への日光の照りつけが厳しく、少し離れた日陰に避難していると、じきにマイクロバスがやってきました。



ほかに乗客はおらず、私しか乗る人がいないようです。
運ちゃんに「槙尾山まで行きたいんです」と言うと、まじまじと顔を凝視されたので(違うルートだったらどうしよう)とここでもまた焦ります。
でも「まあ暑いんで乗ってや」と言われたので、大丈夫だったみたい。
出発時間までバスの中で待ちましたが、ほかに乗客は来なかったので、貸し切り状態で出発。

これから向かうのは、オレンジバスの終点から、きつい坂道を30分上ったところにあるお寺。
時間は14時半。一番暑い時間にその寺に行くと私が言うので(大丈夫なんか?)とまじまじ見たそう。
「今日は、午前中に10名ほど、お寺さんに行くゆう人たちを乗っけたわ。"午前中は涼しいから" ゆうて」
そう聞いて、ため息が出ます。
「私は午前中、和歌山のお寺を巡っていたんです」
確かに、真夏の午後2時に山登りするなんて、無謀ですよね。それも旅の荷物を全部しょって。

私が横浜から来たと知って驚くおじさん。
地域の住民用のコミュニティバスを、様々な場所の人が利用するのが不思議でたまらないようです。
「それにしても、みんなよくこのバスのこと知っとるよなあ」
「必死ですから」

● プランニングは大前提

車ではなく公共機関を使ってお参りする人たちにとって、アクセス方法は最重要事項。
このオレンジバスを知らないと、市営バスを降りてから1時間山裾まで歩き、それから山登りをすることになり、時間と体力の負担が大きいのです。
車なら、ナビに頼ればいいですが、自力の場合は事前の下調べがとても大切。
さらにお寺は、4時~5時には閉門してしまうため、動ける時間は限られています。
巡礼には、プランニングが必要なんです。

間寛平のような風貌と口調のおじさんは、親切で気さく。
「冬ならまだしも、あのお寺に、この暑い日の午後になあ~・・・」
運転しながらため息交じりに何度も言われ、そのたびに「まったくだわ」と思います。
「それも修行ですから」
すべての理由になりうる魔法の言葉、「修行だから」。

「しかも、こんな女の子が一人でなあ・・・」
おじさん、ありがとう。かなり甘く見つもってくれています。
まあ、巡礼者はご年配の方が多いので、その中ならたしかに若者枠に入れそう。
「一人で大丈夫なん?気になるわー」
おじさん、ありがとう。バスに乗っている間ずっと、父親のように心配してもらいました。

「最終バスは5時半だから、そのときまた迎えに行くわ。
時間はあるから、無理せずそろそろと向かいや。」
ああおじさん、なんて優しいの・・・。
山のふもとのお寺の駐車場につき、楽しい会話は、10分ちょっとで終わりました。
私が下りるのと入れ違いに、バスを待っていた男性が一人乗り込んでいきました。

● 一人きりの登山

さて、おじさんにエールをかけてもらったことだし、がんばりますか。
バスを降りたとたんに、ムッとまとわりつく暑さ。これはきついわ。
目の前の急な坂道を見て、最初からめげそうになります。
なんだか行ける自信がないなあ。

でも、ここまで来たら行くしかないのです。
仁王門のところに、杖が置かれてありました。山の上のお寺に向かう時の必需品なので、一本拝借します。





暑い中、延々と続く石段を、一歩一歩踏みしめて登って行きます。
うー、きつい。
大分の国東半島にある熊野磨崖仏へ続く、鬼が作ったゴツゴツの石段を思い出しました。



石段に加えて、小さな虫が大量にずっとまとわりついてくるのが大変。
目に飛び込もうとしてくるので、細目にしていないといけません。
オーストラリアのエアーズロックにいる、大きなハエを思い出しました。
あそこは乾燥した砂漠地帯なので、水分を求めて人間の汗に寄ってきます。
でもここの小さな虫は、肌につこうとはせず、ただひたすらぶんぶん飛び回り、目をめがけて向かってきます。
虫よけスプレーも、全く効果がありません。
暑さと急勾配に加えて、虫の襲撃という三重苦。
気分は、ひとりアマゾン探検隊です。

片手で杖をつき、もう片手で目を守って、バランスを保ちながら石段を上っていくのは、骨が折れます。
牛の尻尾のようにタオルをブンブン振って、その風で虫を払いながら進みました。



途中「本堂まで後250m」の表示があります。
おお、もうすぐね。
と思いましたが、それは平地での話。
ずっと石段を登って行くため、かなり歩いたように思えても、距離はあまり進めていません。

上から参道を降りてきて、すれ違った人は4名。
私のほかに登っていく人は見かけません。
やっぱり普通は、猛暑時間は避けますよね。

● 空海の髪の毛



暑さと疲れで気が遠くなりそうな中、小さな愛染堂にたどり着きました。
空海が髪を剃ったとされる場所に立つ、弘法大師御剃髪所跡です。

そのそばには、剃った髪を祀っている弘法大師御髪堂がありました。
このお寺は、延暦12年(793)、真魚という名だった20歳の青年空海がこのお寺を訪ね、滞在中の奈良の高僧勤操を導師として出家剃髪したという場所なのです。



そこから、さらに絶望したくなるような石段がありました。
うわー、夢に見そう。最後の最後まで追い込むお寺です。
息を整えて、残り少なくなってきた体力をかき集めます。



● ようやく到着

麓の駐車場からひたすら登って1キロメートル。ようやく参道を上りきった時には、もうフラフラ。
暑さで頭がポーッとして、何も考えられなくなっています。

しゃくれ気味の手水舎の龍がありました。
その向こうには、奉納されたブロンズの馬の像が見えました。



すぐに参拝できる心の余裕はありません。
まずは本堂横のベンチに腰掛けて汗を拭き、少し休憩しました。
(そこに誰かいるのかな)といった風に覗き込んだお寺の人と目が合ったので、ご挨拶しました。



本堂にはご住職とお寺の人が2名。
今は山じゅうが青々としていますが、秋になると紅葉が色づいて、それはきれいになるそうです。



境内には、西国三十三観音のお堂があり、無事に全部周れるようにとお祈りしました。



見渡すと、そこは山また山の緑の中。人が住んでいる気配はありません。
こんなに上まで、自力で上ってきたんだなあと実感します。



とても大変な行程でしたが、そういうことを考えたら、そもそも行けない場所が、西国巡礼にはいくつもあります。
無の気持ちになるしかありません。これぞ修行だわ。

● ガクガクの下り

参拝を済ませ、再び登ってきた山道を降ります。
ダイヤモンドレールというすてきな名前がついていますが、そちらは山越えルート。
無理~。迷わずバス停への道を選びます。



体力温存のために下りはゆっくり降りようと思いましたが、再び虫たちがつきまとってきたので、それを避けるために早足で下ります。
気をつけてはいたものの、膝が笑って足がガクガクになりました。



またもや無の境地で、ただ降りていきます。



涼しそうに見えるかもしれませんが、すっごく暑いです。



そろそろお寺が閉まる時間。下り道は誰にもすれ違わず、山の中ではほとんど一人でした。



● 徐々に下界へ

仁王門のところまで戻ってきた時には、ほっとしました。
山から下りると、虫たちも執拗に追ってこなくなったので、あずまやの木のベンチでしばし休憩します。



仁王門の屋根の軒下に大きな丸いものがふたつありました。
あれはもしや、蜂の巣?



● 静岡の巡礼者

お寺の駐車場前の停留所でオレンジバスを待っていると、一台の車がやってきました。
ここから先はお寺への山道になっていて、車は通れません。
道を間違えたのかな?と思っていると、車は私の横で停まり、運転席の窓が開きました。
男性ドライバーが「行ってきましたか」と私に話しかけてきます。
なんでも明日、このお寺に登る予定で近くに宿を取ったので、その下見にきたとのこと。
「いやあ、暑いですねー」
「登るのは午前中がいいそうですよ」

その人は、静岡からきた西国巡礼者でした。車で周れたらかなり便利ですね。
京都のお寺を周ってから、大阪に下ってきたそうです。
「京都はほかにもいい寺がたくさんあるから、西国だけっていうのもなんかもったいなくてねー」

話していると、両手にトレッキングポールを持った人が山から降りてきました。
(お寺にはほかに誰も参拝者はいなかったのに)と思い、さきほど御朱印を書いてくれた人だと気が付きます。
もう閉山したからですね。
その人も、駐車場に停めてあったマイカーに乗って帰って行きました。

巡礼者同士は、お互い話がしやすいです。
タフな行程を続けているというシンパシーがあるからです。
情報交換は大切ですしね。
オレンジバスがやって来たので、その人と健闘を祈り合って、お別れしました。

● オレンジバスふたたび

さっきの運ちゃんがまた来てくれました。
帰り道もやっぱり貸し切り状態。
孤独でつらい山の上り下りを済ませて、再会できてほっとします。
「どうや、へとへとやろ?」
「へとへとです~~」
今話していた人は静岡の巡礼者だと話すと「浜松やな」
仕事がてら、ナンバーを確認したんでしょう。

先ほどお寺の人が降りてきたと話し、「ご住職は、山の上のお寺に住んでるのでしょうか?」と聞いてみました。
「いや、麓に住んどるよ。バス停のすぐそばに」と教えてくれます。
「え、じゃあ、あの山を毎日登っているんですか?」ビックリして聞きました。
「そうや。どんなえらいさんや金持ちだって、みんな平等や。
 あの山は自分で登らな、お寺までたどり着けないんや」

学問に王道なし、施福寺にも王道なし!
行きたい人は、自力で登るしかありません!

● 運ちゃんとの会話

「ああ、なんとか参拝できてうれしい~」
「夜はビールで乾杯やな。これからどこに向かうんや?」
「今晩は宇治に宿を取ってあるので、これから移動します」
「それは結構距離あるな~。次は三室戸寺だから?」
さすが施福寺そばのルートを担当する人だけに、西国のことをちゃんと知っています。
「宇治なら、ほかの西国の寺を巡りやすいしな」

「今5時半ですが、宇治に着くのは9時近くになりますね」
「せやな。ビールはまだ遠いな、ハハハ」

そういえば、と思い出しました。
「泉州ってどの辺ですか?」
「この辺や」
おお!水茄子が好きな私は喜びます。
「水茄子、和泉中央駅で売っていないでしょうか?」
でも、水茄子で有名なのは泉佐野の辺りで、ちょっと違う場所になるそう。
そして和泉中央は新しい駅なので、探せないんじゃないかとのこと。
うーん、残念!飲めない私は、ビールより水茄子なんですが!

「リタイアする前は夜行バスの運転手やっててな。よく東京行っててん」と話す運ちゃん。
「でも運転は夜やから、辺りが暗くて景色はつまらんかった」
「富士山の横を通っているのに、富士山みえんし」と言うので、笑っちゃいました。
だから、どこへでも車で行けるそうです。

「今は京都は祇園祭りや。明日は宵山」
祇園祭りですかー!巡礼にばかり気を取られていたので、気が付いていませんでした。
どうりで京都市内のホテルは軒並み満室のはずです。
「行ったことありますか?」「あるよ。」
「どうでした?」「暑いなあ~」
ですよね~。
森見登美彦の『宵山万華鏡』を読んだので、宵山が気になりますが、暑くてバテていそう。
今回は京都の猛暑をなるべく避けようと、中心地には極力足を踏み入れない予定です。

楽しくおしゃべりして、停車場に到着。あっという間でした。
「どうもありがとうございます」
「これからの修行もがんばって。大変やけど、ええことしとるからな」
「その手助けをしてくださっているあなたに、いいことがありますように」

帰りにも「女の子が一人でなぁ・・・感心や、うん」と褒めてもらいました。
「またね!」と言われて、「またね!」と返し、手を振って見送りました。

降りた場所で市営バスを待って乗り込むと、キンキンに冷房が入っており、汗ばんた身体が急激に冷やされます。
風邪を引かないよう、上着を羽織りました。

● とが・みきた

また30分かけて和泉中央駅に到着。PASMOの残高が、残り数百円になっていました。
和歌山では、ICカードが使える場所が限られてており、紀三井寺往復には使えるけれど粉河寺ルートはだめ。
降りる駅がICカード非対応ならばはじめから使えない、など細かいルールがありました。
旅先でも使えれば便利。ダメもとでPASMOチャージをトライしたら、ちゃんとできました。
認識してくれるとは、泉北高速、すごいわ。

この日の予定をすべてこなし、後は宿へと向かうだけ。
途中、なんだか気になるアナウンスが聞こえたので、駅名に注目しました。
「栂・美木多(とが・みきた)駅」。人の名前のようですが、なぜ「・」があるの?

Wikiにその説明がありました。
駅名を決める時に「栂駅」と「美木多駅」とでもめて、妥協案として併記することにしたそうです。
まあ、横浜にも「元町・中華街駅」がありますからね。



● ホームに百葉箱

途中の南海電鉄「中百舌鳥駅」で降り、地下鉄御堂筋線「なかもず駅」に移動しました。
漢字がひらがなになっただけで、響きは同じ?
移動中にマンホールをパチリ。この日は、このときまでマンホールに目を向けられないほど必死に過ごしていました。



まあ、古いお寺の周りには、そもそもそんなにマンホールはありませんが。

話にはよく聞いていながら、御堂筋線に乗るのは初めて。
名前のイメージからいつも牛すじとか青筋を連想していたなんて、浪速の人には言えません!

ちなみに「千里中央駅」では、いつも阿蘇の草千里を思い出します。
かっこわるい振られ方~♪の人とか。
そんなことを考えながら、地下鉄御堂筋線「淀屋橋駅」で降りました。

ちょうど帰りのラッシュにかち合い、車内は混雑しています。
淀屋橋のホームには、なぜか百葉箱がありました。
学校の校庭の片隅にある、あれが、どうしてここに?



淀屋橋駅に着き、地表に上がりました。
ああ、都会です。



ここから京阪線に乗り換えます。ああ、ようやく京都が見えてきました。

● 中書島と中之島

でもここで、大きなミスをしでかしました。
中書島駅に行くことばかり考えていた私は、ここで京阪中之島線に乗り換えるものと勘違い。
中之島線は、一反地表に出て、橋を渡った向こうにあるとわからず、しばし辺りをうろうろ。
駅員さんに「ちゅうしょしま線はどこですか?」と聞いて「なかのしま線ですか?」と聞かれ、(まちがえちゃった)と思いながら「そうです」と答えたのです。
「地表に出て、橋を渡って下さい。大江橋という駅になります」と言われ、その通りに移動していたんですが。
大江橋、シックな駅でした。



次に乗るはずの電車はもう出てしまったようだったため、その次を待って乗ります。
ホームで路線図を見て、中書島まではすごく遠いと思っていたのに、駅2つ目にして「終点、中之島に到着」とのアナウンス。
え?それ、おかしくない?
ここで、間違いに気づきました。

前からこの二つの駅の名前は紛らわしいなと思っていましたが、まさかこんな形で間違えることになろうとは。
大阪の人は、紛らわしくはないんでしょうか。
神谷町と神保町みたいな感じ?大倉山と大岡山とか?



中之島駅行きの電車は緑色だったから、中書島駅へ行く宇治線かと思ったんですよね。
これは宇治線だけのカラーじゃなかったんですね。

仕方がないので、もう一度反対路線に乗り込みました。
途中で特急に乗り換えて、反対終点の中書島駅へ。

疲れ切った私の目に飛び込んできたのは、プールで遊ぶ「ひらぱー兄さん」のポスター。
こちらは巡礼でヘトヘトですが、そちらはバカンスしてますねー。



淀屋橋から間違えて大江橋に移動し、反対方面の中之島に行った私。
ルートを戻って中書島駅に着き、そこから宇治線に乗り換えます。
ようやく宇治にたどり着きました。ふうふう。



● 宇治の夜

何度もお世話になっている宇治の宿に到着。部屋に通されて、ほっとしました。
シャワーを浴びて、ようやく足を延ばします。
夜行バスあけで全荷物をしょって動き回るには、相当に過酷な暑さでした。
1日目からなかなかハードでしたが、予定通りにこなせてうれしいです。

ちなみに、この日の和歌山から宇治までのルートはこんな感じ。
うーん、がんばったわ。(遠い目)



疲れていったん仮眠を取り、少し体力を取り戻してから翌日のルートを確認して、寝たのは4時でした。

2日目に続きます。



夏の西国ひとり巡礼 1-1

2017-08-09 | 近畿(奈良・和歌山)
● prologue

数年前から日本百観音巡りをしている私。
あまりなじみがない言葉ですが、日本百観音巡礼とは、西国三十三所・坂東三十三箇所・秩父三十四箇所という、関西と関東と秩父の100のお寺の観音さまをお参りすることです。
坂東と秩父は関東地方にあるため、日帰りできますが、関西地方になる西国は、遠いためになかなか周れません。

神社やお寺巡りが好きなので、軽い気持ちで始めましたが、巡礼というと、結構ものものしい響きです。
自分でも、ちょっとした楽しみとして、旅のついでに周ってきましたが、気軽に行ける範囲のお寺は巡り終え、本気で行かなくては辿りつけないような大変な場所ばかりが残りました。
いよいよ佳境に差し掛かったということです。

来年、開創1300年を迎える西国三十三所。この時期は特別ご開帳もあるし、特別なスタンプを御朱印に押してもらえます。
(無理はせず、ライフワークとして一生かけてのんびりいこう)と思って始めたのに、気がつけば急ぎがちになっています。
まだまだ修行が足りませんね!

そんなわけで、今回は西国(さいごく)三十三所のお寺巡りのために関西に行くことにしました。
観光ではなく巡礼が目的なので、今回はストイックな旅になりそうです。
だって私は巡礼者。関西の友人にも会わないで済ませる予定。
この時期、なによりも心配なのが、体力を奪う夏の暑さです。あまり照りつけなければいいけれど。

● さっそくリスケ

一日使ってお寺巡りをするには、朝から動かなくてはなりません。
横浜Ycatから夜行バスに乗り、8時に和歌山駅前に到着しました。
途中の名古屋辺りで事故渋滞があり、到着が遅れて、乗る予定の電車は行ってしまいました。
最初から予定がずれて、がっかりします。

この日は、和歌山のお寺2つ(紀三井寺、粉河寺)と大阪のお寺1つ(施福寺)を訪れる予定。
かなりきつい予定を組んでいるので、時間がちょっとずれれば計画倒れになる可能性大。
慎重にプランを立て直さなくてはなりません。

● 駅員さんのアドバイス

(2番寺の紀三井寺よりも3番寺の粉河寺を先に行くべきか)、(でも粉河寺が先だと戻ることになるし)と、電光板を見て考えていたら、女性駅員さんが「どうされましたか?」と声をかけてくれました。
相談してみると、時刻表を持ってきてくれて、一緒に考えてくれました。



「どちらのお寺に行く路線も、本数は1時間に2本。同じくらいの時間になる」と言われたので、戻りの距離の少ない2→3の順番でいこうと思ったら、「ちょっと待ってください」と彼女。
奥に引っ込み、「次のきのくに線は、大雨の影響で遅れてくる予定です。それが折り返しになるので、遅れることを考えると、最初に2ではなく通常運行の3に先に行った方がいいかもしれません」と教えてくれました。



ということで、予定を変更し、まずは奈良行きの和歌山線に乗ることにします。
親身になって考えてくれた駅員さんにお礼を言いながら「今の時間、大勢の駅員さんが改札のところで立っていますが、毎朝こうなんですか?」と聞いてみました。
いつも、出勤にいく人たちをこうやって見送っているのなら、和歌山駅ってサワヤカだなあと思ったのです。
でも「違うんですよ。特急くろしおが遅れているからです」とのことでした。
くろしお号のお出迎えだったのね~。



和歌山線は2両編成。何の気なしに2両目に座りました。
次の駅に着き、向かいの人が立ち上がって、ドアの前に立ち、降りようとしましたが、ドアが開きません。
(あれ?)と思いました。その人も当然思っていることでしょう。
だってドアには、開けるためのスイッチがないんです。
どういうこと?
混乱しているうちに、どのドアも開かずに、電車が動き出しました。ええ~?
さらに次の駅のアナウンスが流れ、「お降りの方は、1両目から降りてください」と言っていました。
その人も私も聞いていなかったようで、結局その人は一つ先の駅で降りました。
1つ駅を戻るにも、本数が少ないから大変だわ。



● 小雨まじりの粉河の町

30分ほどゴトゴト揺られて、粉河で降りました。
1両目に移動しようとしたら、この駅は2両目でもドアが開きました。
うーん、旅人をまごつかせるローカルルール。

電車を降りると細かい霧雨が降っていたので驚きました。
南部の方は電車が遅れるほど大雨だったと言うけれど、さっきまでの電車の中では晴天だったのに。
でも今回は、暑さとの戦いだと思っているため、日が照らないのは助かります。
といっても湿気がとても強いのですが。



もうすぐ、紀州三大祭の粉河祭があるようです。
山笠祭りとだんじりを一緒にしたみたい。

● クスノキの御神木

駅を降りるとお寺の表示があったので、それに沿ってまっすぐ歩いて行きました。



途中、粉河寺の門前の大神宮の境内に樹齢1000年のクスノキの巨木がありました。
境内じゅうに枝を広げており、まさに神社の御神木です。



大きなお寺の大門のところで、前方にバスツアーらしき団体御一行様を見かけました。
この方々がみんな御朱印をお願いするとなると、えらく待つことになってしまいそう。
時間に限りがある身としては、先を急がなくては。

ご年輩の方々ばかりだったので、皆さんゆっくり歩いています。
そう急がずとも、静かに横を通り抜けられました。



大門の次には、立派な中門が見えてきました。
山号の「風猛山」の字が書かれています。
名前から、どれほど強い風が吹いているのかと思いましたが、無風でした。



門の中には四天王がいましたが、足元で踏まれている邪鬼を集中的に撮影します。
接近の度合いで力の入れ方の違いが分かります。



● 西国一の大本堂

このお寺は宝亀元年(770)開創の立派な古刹。
本堂に着く頃には、傘が必要なほど、かなりの雨が降ってきました。



江戸時代中期の本堂は、西国三十三ヶ所の寺院の中で一番大きいと言われています。
奈良の長谷寺の方が大きな気がしますが、気のせいなんでしょう。
横から見ると、重ねたような立体的な屋根組みになっています。



実はこのお寺は、天台宗の一派、粉河観音宗という変わった宗派。
ここのご本尊は、千手千眼観音ですが、絶対秘仏で、今まで誰も見たことがないそうです。
千眼って、ちょっとこわいんじゃない?



またこのお寺には、千手観音の化身といわれる童男大士(どうなんたいし)がいるとされています。
境内の出現池から白馬に乗って現れたんだそう。

● 芭蕉の句碑と牧水の歌碑 1



芭蕉の句碑がありました。
「ひとつぬぎて うしろにおひぬ ころもがへ」(『笈の小文』)。

近くには若山牧水の歌碑もありました。
「粉河寺 遍路の衆の打ち鳴らす 鉦々きこゆ 秋の樹の間に」



まだ朝早いからか、平日だからか、境内の茶屋は閉まっていました。



参道の小料理屋でしょうか。
干支の鶏と夏草の描かれた丸皿が飾られていました。
実際の夏草とのバランスがすてき。

● 切符を買えずに電車の中へ

雨がザーッと降ったり、止んだと思うとカーッと照りつけたり。
変わりやすい、変な天候です。


和歌山の桃


元来た道をサクサクと戻り、電車の到着時間少し前に駅に到着。
切符を買おうとしたら窓口は閉まっており、駅員さんは不在。
電車が近づいたら開くかと思って待っていましたが、開かないうちに電車がやってきました。

向こう側のホームだったので、驚いてお財布を閉じきれないまま抱えて猛ダッシュ。
階段を上って降りて、ホームにいた駅員さんに「切符が買えてないんですが」と言います。
「どこまで行くの?」「ミーデラです」「じゃあ電車を乗り換えたら駅員さんにそう言って」
この駅の駅員さんは、この電車からなにかを受け取るために、ホームに出ていたようでした。

そんなわけで、駅員さん公認の無賃乗車(?)となりました。
1両目に駅員さんが控えており、その足元にはジェラルミンケースがいくつも置いてあります。
駅に停まるたびに、待ちまかている駅員さんにそれを渡す様子を眺めていました。
あの中には、なにが入っているのかしら。朝刊かな?違いますよね~。



再び和歌山駅に戻り、今度はきのくに線の発着ホームに移ります。
反対側のホームに特急くろしおがやってきました。
ホームは大賑わい。



ホームの乗車位置目標シールがかわいい!
四川省の山奥に住むパンダは、海とは関係が遠いものですが、アドベンチャーワールドだとぐっと近くなるんですね。

● 出口をさがして紀三井寺

紀三井寺まではたったの2駅。精算しているうちに着きます。
でも、お寺への表示がありません。2つに1つだとあてずっぽうに降りた口があきらかに違ったので、再び改札口まで上りましたが、ここにも全く表示がありません。
駅員さんはほかの人の対応をしているため、うろうろしたあげく、反対側の口に降りてみました。

駅名にもなっているくらいだから、粉河寺のようにもっとわかりやすくしてもいいのに。
裏側の駐車場でおばあさんを見かけて、はらはらしながら聞いてみました。
「その道の突き当りを右に曲がってまっすぐ行ったら、あの山に見えるのが、観音さん!」
にっこり笑って教えてくれます。駅的には裏側の方が、お寺側でした。

● 長い結縁坂

てくてく歩いていくと、大きな朱門が見えてきました。



門をくぐるとすぐに、231段の急な心臓破りの階段が上まで続いています。
わあ、これ登らなくちゃいけないのね。



ここは結縁坂という名前。
紀の国屋文左衛門は、母親を背負ってこの坂を登り、観音様へお詣りしていたそうです。
ある日、ぞうりの鼻緒が切れて困っているところに近くの神社の宮司の娘が通りかかり、鼻緒をすげ替えたのが縁で二人は夫婦となりました。
また彼は、神社の出資金でみかん船を出して莫大な利益を出しました。
それで結縁坂という名がついたそうです。



大変ですが、そこに石段がある以上、行くしかありません。
たとえ夜行バスで来て旅行道具すべてしょっている身だとしても。
登っている人はほかにおらず、下る人たちとすれ違います。
滑りかけて手すりにつかまり、「危ないところだった」とため息をつく男性がいました。
一気に登ると息切れするので、少しずつ休みながら一段一段登って行きます。

● 芭蕉の句碑と牧水の歌碑 2

途中に、湧き水が出ていました。
ここの正式名称は「救世観音宗総本山紀三井山金剛宝寺護国院」という眩暈を起こしそうな長さですが、紀州にある、三つの井戸のある寺ということで、紀三井寺と呼ばれています。



三つの井戸の三井水(吉祥水・清浄水・楊柳水)は「名水百選」に選ばれており、松尾芭蕉が紀三井寺を訪れた際に詠んだ句を刻んだ碑が建てられています。
「みあぐれば さくらしもうて 紀三井寺」
『奥の細道』で「芭蕉翁足跡最南端の地」と言われているのが、ここ紀三井寺。
最北端は、秋田のみちのく象潟蚶満寺(かんまんじ)。
よく動きましたね~。忍者だといってもいいくらい。

ちなみに、先ほどの粉河寺同様、若山牧水も紀三井寺を訪れています。

「紀三井寺 海見はるかす 山の上の 樹の間に黙す 秋の鐘かな」

「一の札所 第二の札所 紀の国の 番の御寺を いざ巡りてむ」

一の札所とは熊野にある青岸渡寺、第二の札所とはここ紀三井寺。
もしや彼も、西国巡礼をしたのかしら?

● 見晴らし抜群



結縁坂の横には石垣がありました。お城みたい。
別にお城にだけ石垣があるっていうわけではないんですね。

フーフー言いながら、結縁坂を全部登り終えると、とてもいい眺望が開けていました。
すぐそばに和歌山湾が見えます。



右側には新しい四角い観音堂があり、中には高さ12mの巨大な金の大千手十一面観世音菩薩像がありました。
木造立像仏として日本最大の総漆金箔寄木立像。
厳島神社のお寺の不動明王を手掛けた仏師、松本明慶工房の作品だそうです。
左側にある本堂は、ぐっと古めかしいものでした。



本堂にかかる赤提灯。
書かれている文字が長いので、細長いフォルムになっています。



● 電車をのがす

そろそろ次の電車がくる時間が近づいてきたので、急いで帰途につきました。
怖さも忘れて、急な結縁坂を早足で降ります。



駅までの道を急ぎましたが、改札に入る前に、電車は行ってしまいました。
あとちょっとだったのに。
次の電車は30分後。最初で少しつまづき、ここで時間のロスをしたため、いよいよ旅程をこなせるか不安になってきました。

次の施福寺まで行けるか、行けないか。
施福寺はアクセスが面倒な場所で、いくつも電車とバスを乗り換えていかないといけません。
諦めて、別の日に出直すのがいいかな。でも泊まる場所は京都なので、お寺のある和泉までは距離がありそう。

待ち時間にルート検索をしました。
諦め半分でしたが、気が付けば、次の電車でも間に合うルートがただ一つだけありました。
考えていたプランは、和泉中央駅でバスが来るまで1時間待つことになりますが、これは15分ほどの待ち時間で済みます。
よし、これでいこうっと。
待ち時間が余っていたので、そこで調整ができてよかったです。
和泉中央駅は新しく、周辺には何もないらしいので、長く待たずに済んで逆にラッキーだったかも。

● 和歌山から大阪へ



次にやってきた紀勢本線で、和歌山駅にみたび戻り、そこから大阪-和歌山間を結ぶ阪和線に乗り換えます。
午前中は、和歌山駅を拠点として東と南に動きました。
これから、紀ノ川の上を通って、大阪に移動します。
大河を渡りながら、合唱コンクールの課題曲を思い出しました。


♪~水清く 大地を潤し 流れゆく川よ 紀の国 紀の川~♪


歌の通り、ゆったりと流れる豊かな河でした。

その2に続きます。