豊浦町噴火湾展望公園です。
前回の記事で、これは遊具?ベンチ?と書いたが、
豊浦町歴史の道彫刻公園
豊浦町は、先史時代より近代まで多くの遺跡が発見され、近年では、道央自動車道(長万部・豊浦・虻田洞爺湖間)の建設により大規模な発掘が行われ、数多くの貴重な出土品が発見されております。
また、江戸時代より海岸線に沿って街道が作られ、道南の陸上交通路における要衝として発展しましたが、海に迫り出る断崖と険しい山道が続くことから、北海道の三大難所の一つとして多くの記録(「東蝦夷日誌」松浦武四郎など)が残されております。
豊浦町の農水産業の歴史も古く、その歴史を語るとき忘れてならないのは、ホタテ養殖と苺の栽培です。
豊浦町は、この噴火湾でのホタテ養殖の発祥の地として、昭和38年頃より約34年の歴史をもち、イチゴの生産については、昭和10年頃より半世紀以上の歴史があります。
ここに、豊浦町における街道としての歴史の道と、先人たちの将来を見据えたたゆみない努力を記念し、噴火湾を一望するこの場所に本町発展の基礎となった苺とホタテのモニュメントを設置いたします。
平成3年10月
豊浦町長 武藤氏蔵
豊浦町歴史の道彫刻公園 と言っているくらいだから、これは彫刻なんだ~と思いました。
説明の中ではモニュメントって言ってるけどね。
ブタの説明がないぞ~。
ホタテ と イチゴ と 豚肉 は、豊浦町の名産品です。
遊歩道を降りると、
ロケット公園があって、
そこに眠そうなブタのモニュメントがあります。
だらしなく寝ています。
これは本当にベンチかも。
案内板に豊浦への道 石碑 を見つけたので、遊歩道をさらに下ります。
ここから200mと書いてあったのに、もう700mくらいは歩いたぞ。200mって直線距離のこと?と思ったら、
さらに分岐の案内板が!
ここで分岐したら迷子になる!帰れなくなる。どうする?夫(超方向音痴の私を導いてくれる人)と出直すか?
と思ったところで、みはらし展望塔を発見!後ろにオブジェもある。
良かった。たどり着いた。
伊能忠敬測量200年記念碑
見づらいが、小方位盤の絵が描かれている。
豊浦町通過
1800年6月10日~13日
伊能忠敬(1745~1818)
・延享2年 上総国山辺郡小関村生まれ
(千葉県山武郡九十九里町小関)
・宝歴12年(1762) 香取郡佐原村伊能家婿養子となる
(千葉県佐原市)
・寛政7年(1795) 家督を長男に譲り江戸へ出て歴学者高橋至時に師事
・寛政12年(1800) 第1次測量 蝦夷地(北海道)55歳
・享和元年(1801) ~第2次から第10次全国測量
このあと、元来た道を歩かずに噴火湾展望塔の矢印の方へ行き、無事に戻れました。
みはらし展望塔はロープで立入禁止
昔はみはらし展望塔から噴火湾が見えたらしいのですが、森が深くなり、木が生い茂って今は海が見えません。
一応、説明もあったのですが、草に浸食されており、文字起こしはあきらめました。
噴火湾展望公園
豊浦町高岡67-1
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