週刊 最乗寺だより

小田原のほうではなく、横浜市都筑区にある浄土真宗本願寺派のお寺です。

勝田山 最乗寺
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神奈川組 連続研修会

2010-08-22 01:36:24 | 行事のご案内

昨日、港南区にある善然寺さんにて連続研修会(連研)が行われました。

第9期の連研も、12回目となる今回で最終講座となりました。
テーマは『他の宗教に、また他の宗教者にどう対応するか?』です。

なかなか難しいテーマです。
広い視野で見れば、キリスト教やイスラム教、さらには新興宗教についても考えなくてはなりません。
しかし、今回の連研で出た意見をみると、私たちの身近な視点でも、このテーマについて考えることがあったようです。

例えば、浄土真宗以外のお通夜やお葬式、または法事の席で、どのようなお焼香の作法をしたらいいのか、迷ったりしませんか?
多くの宗派は、抹香を額に押し頂いてのお焼香を3回繰り返します。
対して浄土真宗は、押し頂くことをせず、1回だけ。
浄土真宗の作法にのっとるか、他宗の作法に合わせるか…多くの方がどうしたらいいのか判断に困っていたそうです。 

今回の講師は宣正寺のご住職・早島大英先生。
早島先生はこのテーマ全般を通してのキーワードの一つに【非難・排斥・強要をしない】ということを掲げていました。
お焼香の問題は【強要しない】が当てはまるでしょうか。
その状況において、自分が良しと思えるお焼香をすることが望ましいとのことでした。

しかし、まとめの講師である宝光寺のご住職・藤田恭爾先生は、その上で自分の宗教の作法を守ることが大切とのお話がありました。
どちらかを選ぶのではなく、すでに私たちは浄土真宗の門徒であるという意識の下にお念仏の人生を歩ませていただいているのだから、作法もまた選ぶということにはなりえないとのこと。

一見、真逆のようにも思えますが、どちらの先生のお言葉も、根底にあるのは自身が浄土真宗の念仏者という自覚があるということです。
その自覚の上に立ったとき、どのような作法をするのかは…それこそ強要されることなく自分の判断で行った作法が正しいということなのでしょう。

さて、ここからはこのテーマについての個人的な意見ですが、早島先生のキーワードに一つ付け足すことが叶うのならば、私は【比較をしない】を入れるでしょう。

≪自分の宗教(宗派)が優れていて、他の宗教(宗派)は劣っている≫

この意識は、ときに大きな渦となって世界中を荒らしてしまいます。
そして今も、止まることのない負の連鎖が多くの血を流し続けています。
いかなる宗教も、人々が争うことは望んでいない。
もし、そういう宗教もあると思うのなら、それは仏や神が望んだのではなく、人間がそう望んだだけ。

早島先生も話されていましたが、【共に生きる】という意識が大切なはず。
上もなく下もなく、優劣もなく、【共に生きる】者として、いかなる人とも接する。
言葉以上に難しいことではありますが、これこそ阿弥陀さまの願いの下、念仏者として生きる私たちが歩むべき道のような思いがしました。

次は連研の修了式が築地本願寺で行われます。
その後、半年ほどしたら、第10期の連研が開始されることでしょう。
興味を持たれた方は、最乗寺までご一報下さい。