週刊 最乗寺だより

小田原のほうではなく、横浜市都筑区にある浄土真宗本願寺派のお寺です。

勝田山 最乗寺
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きっと 世界は素晴らしい

2010-11-25 01:43:17 | ひとりごと

最近、精神的に「疲れたなぁ」と思うときに聴く音楽がある。


  高橋 優 『素晴らしき日常』  (タイトルをクリックするとYoutubeでPVが見られます)


初めて聴いたとき、なぜが涙が溢れてきた。
あまりに痛々しい歌詞は、心が癒されるというよりも、古傷に爪を立てられているような…。
そういう感覚に陥るほどの、鈍い痛みが伴うものだった。


    麗しき国に生まれ育ってしまったために
   どれもこれもあって当たり前の日々を生きて
   完璧なものだけを欲しがっていった始末に
   完璧じゃない人間を遠ざける人々


育児と家事と法話や寺報やコラムの作成に追われ、精神的にも肉体的にもボロボロのとき。
それでも完璧にこなさなければならないと、自分を追い詰め、更に心を荒ませる。

そんなときにこの曲に出逢う。
そして、張り詰めていた心の糸が切れたのだろう。
ただ泣けた。

完璧であろうとしても完璧になりえない自分がいて。
その自分が、完璧であれと、相手へ強要する。

相手の不完全さを許せない潔癖さと、完璧であろうとする向上心を持たない者への冷ややかな軽視。
それらを併せ持つ不完全な自分が、「我が子」という1人の人間を育てていることへの不信感が急に襲ってきたのも事実。

「こういう人間になってほしい」

息子に願うことなら、たくさんある。
でも、私の願う理想の人間像になるためには、身も心もボロボロになるほどの経験と痛みを伴う過程を経てしか、なりえないということに気づけたから。
一つ一つの経験と痛みを、時間をかけて自分の糧にしていってもらえたらいい…それくらいの願いだけにしようかと思ってみる。

きっと息子も、私と同じように、完璧からは程遠い人間になるだろう。
不完全であろうとも、不完全であることを開き直るのではないのなら。
それでいい…それがいいんだ。


    そこから覗いている景色は天国にも地獄にも変えられるよ
   まだ笑うことができるかい?
   まだ歩くことはできるかい?
   その通じ合っているような気がする人を連れて
   愛し合う人の間から生まれてきた
   僕らの明日が待ってる
   きっと 世界は素晴らしい


まだ笑うことも、まだ歩くこともできるはず。
だからきっと、世界は素晴らしい。