放浪うどん人 ☆これから うどんに 会いに 行きます。☆

うどん食べ歩きブログ
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四月一日のきつねうどん

2016年04月01日 | オリジナル短編小説

私の小さな思い出話です。

私が小学生の頃、近所に馴染みのうどん屋さんがありました。

50歳過ぎのご主人と、その奥様、それから見習いがひとりいました。

見習いの方は、20代後半の女性でユイという名前です。

ユイさんは気立てが良く、笑顔がとても素敵な人でした。

時折、店主の許しを得て麺を打つことがあります。

ユイさんが打った麺、私は大好きでした。 


お店には、いつも家族で訪ねていました。

店の奥にある座敷が、私達家族の指定席みたいなものです。

そして注文をきいてくれるのが、いつもユイさんでした。

当時の私は「きつねうどん」が大好きで、こちらのお店では常に「きつねうどん」を注文。

その事をもちろんユイさんも良く知っていて「タツヤくんはきつねやね。」と優しく笑顔で言ってくれたものです。

きつねうどんをキレイに食べ終えると、ユイさんはいつも頭をなでてくれました。

 

ある日、小学校からの帰り道、ユイさんとばったり会いました。

いつも笑顔で元気なユイさんが、この時は何故か沈んだ顔をしていたのです。

そして、ゆっくり静かに口を開けると、


「タツヤくん、おねえちゃん遠いところへ行かなあかんねん、せやから今日でお店を辞めるねん・・・。

だからタツヤくん、今夜、お父さんお母さんと一緒にお店に来てな・・・。

今夜はおねえちゃんがとびきり美味しいきつねうどんをごちそうするから・・・。」


ユイさんはとても悲しげでした。

その悲しげな顔を見て、私も気持ちが沈みました。

言葉が出ませんでした・・・。


「うん、わかった・・・必ず行く。」私はそれだけ言って、ユイさんと別れました。

別れ際、ようやく見せてくれたユイさんの笑顔が、今も胸に残っています・・・。

 

その夜、ユイさんに言われた通り、家族でお店を訪ねました。

奥のいつもの座敷に腰を下ろし、ユイさんが顔を出してくれるのを待っていました。

ただ・・・気になるのが、お店に入ってからユイさんの姿を見かけなかった事・・・。

<ユイさんはきっと厨房で「きつねうどん」を作っているのだろう・・・。>

そして15分ほど経ったころ、

ユイさんではなく、お店のご主人がきつねうどんをお盆にのせて、私達の元へ来ました。 


「これ、とびきり美味しいきつねうどんやから食べ・・・。」


そう言って、私達の前に「きつねうどん」を・・・。

その時、何故かご主人の様子が変でした。

顔が青ざめていて、何かをグッと堪えている様子でした。

父が「何かあったんですか?」と訊ねると、ご主人から信じられない言葉が・・・。


「今日の昼前、ユイが車にひかれたんや。

すぐに病院へ運ばれて、暫くは意識があったんやけど・・・、あかんかった・・・。」


ご主人の瞳から涙が溢れていました。

そして私の頭の中は真っ白になりました。

ご主人は私の目を見て,


「このきつねうどん、ユイねえちゃんが作ったんやで・・・タツヤくんに食べてもらう言うて。」


今朝、ユイさんが麺を打ち、出汁を作ったそうです。

仕込が終わると、ユイさんは「郵便局へ行く」と言って出かけたまま、帰らぬ人となったのです。

 

でも、不思議なことがあります。

今日の午後、学校からの帰り道、私はユイさんに会っている・・・。

確かにユイさんに会った。

その事をご主人に話すと、ご主人は少し驚いた顔をして、

そして小さな声で「それでかぁ・・・それでかぁ・・・。」とつぶやきました。

ご主人の話では、ユイさんが病院で息を引き取る少し前、不思議なことを言ったそうです・・・。


「今ね、タツヤくんと会ったよ・・・今夜、タツヤくんがお店に来てくれる。」

私のきつねうどん、食べさせてあげて・・・。」


ユイさんはそう言うと、静かに微笑んだそうです。

その事があったから、この夜、お店を開けて、私達家族が来店するのを半信半疑で待っていたそうです。

ユイさんの思いが、魂が、私の前に現れたのだと、今となってはそう思います。

その夜に食べた「きつねうどん」はとても悲しい味だったけど、とても愛情を感じる味でした。

世界一美味しい「きつねうどん」でした。

すべて食べ終えたあと、また悲しみが・・・。

いつものようにユイさんが頭をなでてくれない・・・悲しみと寂しさで、私は大声で泣きました・・・。

その夜を境に、私はお店へ行くことを止めました。

行けば悲しくなるから・・・。


その後、お店へ行かなくなってから、幾つもの春を迎えました。

そして私が高校2年生になった頃、私達家族はこの町を離れることになったのです。

 

あれからもう随分と時が経ち、私も50歳を過ぎました。

でも、ユイさんの事は、今でもハッキリと覚えています。・・・。

そんなある日、私は思い切ってユイさんが勤めていた、あのうどん屋さんへ行ってみる事にしました。

あれからもう40年ほど経つけど、お店はあるのだろうか?

私は高校2年生まで過ごした町に戻って来ました。

町は様変わりしていましたが、チラホラとあの頃の面影が残っています。

そして、あのうどん屋さんのあった場所に・・・。

驚いたことに、あの頃と変わらない姿のままで、あのうどん屋さんは営業されていたのです。

お店の中もあの頃のまま・・・。

厨房の中を何気に覗くと、30代前半ぐらいの店主とおぼしき男性が麺を打っています。

私はいつも家族で座っていた奥の座敷に腰を掛けました。

すぐに女性のスタッフ(店主の奥様?)が注文を訊いて下さいました。

私が注文したのはもちろん「きつねうどん」です。 

「きつねうどん」が出来上がるまでの間、私は店内を見渡し、懐かしさに浸っていました。

厨房からユイさんが出て来るのではないかと、ふと思ったりもしました・・。

過去と現在が交差する空間の中・・・私はじっと目を閉じます。

しばらくして「きつねうどん」が運ばれて来ました。

あの頃と同じ丼ぶりが使われています。

懐かしさで胸が張り裂けそうです・・。

そして出汁をひと口飲んだ時、私の体は震え、涙をこらえることが出来ませんでした・・・。

〈これはユイさんの出汁や・・・。〉

この出汁の味は、間違いなくユイさんが亡くなった日の夜に味わった出汁でした。

麺もまったくあの頃と同じ・・・。

私は涙を拭いながら、そのきつねうどんを食べました。

そこに、先ほどの女性スタッフが近づいて来て「あの~、もしかしてタツヤさんですか?」

私は驚きました。

〈今日、初めてお会いしたのに何故私のことを?〉

「はい、そうですが何故私の名を?」

すると女性スタッフが「少しお待ちください。主人を呼んで来ます。」と。

そう言って厨房の方へ行きました。

厨房から、お店に入るときに見た男性が出て来ました。

やはりこのお店の店主でした。

そして女性スタッフは、店主の奥様です。

店主が私に一礼して「タツヤさんなんですね?すごくお会いしたかったんです。」と笑顔で。

私は事情が全く読めず「一体どういう事ですか?」と訊ねました。

そして店主は静かに語り始めました・・・。


「私はこの店の三代目になります。タツヤさんの事は、この店の一代目である祖父から聞いていました。」

「祖父の愛弟子であるユイさんが亡くなってから、

タツヤさんがお店に来なくなったと、祖父はいつも寂しげに話していました・・・。」


ユイさんの名前が出て、あの時の悲しみが蘇って来ました・・・。

三代目はなおも話を続けます・・・。

「先ほど、タツヤさんだと気づいた理由ですが、それはこのきつねうどんにあります。」

「このきつねうどんはユイさんのきつねうどんなんです。」


「祖父は、ユイさんが最後に作ったこのきつねうどんを生涯大事にしていました。

『愛弟子が、幼くして亡くなった我が子の事を思って作ったきつねうどんや・・・。

これだけ愛情に満ちたきつねうどんは世に二つと無い・・・。

ユイがこの店の為に遺してくれた財産や・・・この味は大事にせな・・・。』

祖父はいつもそう言っていました。ですから私もユイさんの味を受け継いで来たのです。」


「あの~、ユイさんには子供が?」私は初耳だったのです。


「はい、ユイさんには息子さんがいました。

でも、その息子さん、二歳の時に病気で他界したそうです。」


「ユイさんはいつもタツヤさんを見て『息子が生きていたらタツヤ君と同じ歳だった』と話していたそうです。

ユイさんは、息子さんとタツヤさんを重ねてみていたようです・・・。」


〈だから私はユイさんに大事にされていたんだ・・・。〉


「祖父が亡くなる前、私に言ったのです、

『店のきつねうどんを食べて泣いているお客さんがいたら、声をかけてあげてや、

そのお客さんはきっとタツヤ君やから・・・。』

『それでなぁ、タツヤ君に伝えてほしいんや・・・、お店に帰って来てくれてありがとうって・・・。』

『ほんまにおおきにって・・・。』そう言って祖父は瞳をぬらしていました。

タツヤさん、祖父はタツヤさんの事をずーっと待っていましたよ。」


「でも、こうして今日訪ねてくれた事で、祖父も、そしてユイさんも報われたと思います。」


私の顔は涙に包まれました・・・。

ただ、人のやさしさは、私の涙なんかより遥かに尊い・・・。


「三代目、このお店のきつねうどんは世界で一番美味しいです。」


勘定を済ませお店を出ると、三代目ご夫妻がわざわざ見送って下さいました。


「タツヤさん、またいらして下さい。 ユイさんも祖父も、きっと喜んでくれます。」


澄みきった青い空に、三代目の笑顔が溶け込んでいきました。

いろいろな思いを胸に、私はお店をあとにしました。

そういえば今日は四月一日・・・なんだか嘘のような出来事だった。

でも、今日の事が嘘でも何でもいい・・・。

さあ、私は、私が生きていく町へ帰ろう。

 

ー 四月一日のきつねうどん  完 ー

                                                                                                    作:放浪うどん人tati

 



6 コメント

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お久しぶりです (コロン)
2016-04-04 12:58:45
 深イイ話ですね
なんか小説のようです
絵はもしかして手描きですか?
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Unknown (tati)
2016-04-04 23:44:23
コロンさん、久しぶりです。
コメントありがとうございます(^○^)

この記事はフィクションで超短編小説です。
たまには趣旨を変えるのも良いかなと思い、今回は思い切りました。

読者の方がどう思うだろう?と、多少なり不安はありましたが、書いて良かったと、今では思っています。(^ ^)

記事内の絵ですが、あの絵は写真を加工したものです。(^ ^)
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こんばんは (たにむらこうせつ)
2016-10-23 20:55:01
優しいタッチの絵ですね。
こう言う絵好きです(^-^)
みんなのブログからきました。
詩を書いています。
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Re:こんばんは (tati)
2016-10-23 21:09:41
たにむらこうせつさん
コメントありがとうございます。
自分で撮った写真を絵画風に加工しました。
自分でも気に入っています(^ ^)
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いつも拝見致しております。 (たくお)
2023-06-18 19:18:46
お書きになったこの小説、とても心に残ります。時折,もう一度読ませていただいているのです。
その度に,目頭が熱くなります。また時折こんな素敵な作品、ご紹介ください。ありがとう。
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Unknown (放浪うどん人tati)
2023-06-19 06:07:18
たくおさんへ

素敵なコメントありがとうございます。
とても励みになります。
長らく小説を書いていませんが、折を見てまた書いてみようと思います。(^^)
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