「おととい亡くなった詩人の塔和子(とうかずこ)さんは、小学6年の春にハンセン病を発病した。福岡の病院で宣告され、古里の愛媛へ父親と船で戻った。一緒に身を投げようと思ったと、ずっと後になって聞かされたそうだ。容赦のない偏見に、この病がさらされていた時代である・・・・・
紡いだ詩は千を超える。自身の言う「生きた証し」を残しての、静かな旅立ちだったという。」(8/30 朝日新聞・天声人語)
という記事を読んで、初めて塔和子さんの詩を読みました。
沢山の心に染みる詩の中から・・・
「胸の泉に」
かかわらなければ
この愛しさを知るすべはなかった
この親しさは湧かなかった
この大らかな依存の安らいは得られなかった
この甘い思いや
さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
子は親とかかわり
親は子とかかわることによって
恋も友情も
かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は 人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
私の胸の泉に
枯れ葉いちまいも
落としてはくれない
「涙」
あるとき
死のうと思った私が夫に
「一生懸命なのよ」と言うと
夫は
「同じ一生懸命になるのなら
生きることに一生懸命になってくれ
がむしゃらに生きようではないか」
と言ってくれた
私は目が覚めたように
そうだと思った
どんなに懸命に生きたとしても
永遠に続いている時間の中の
一瞬を
闇から浮き上がって
姿あらしめられているだけだ
いのち
この愛(いと)けないもの
思いっきりわが身を抱きしめると
きゅっと
涙が
にじみ出た
紡いだ詩は千を超える。自身の言う「生きた証し」を残しての、静かな旅立ちだったという。」(8/30 朝日新聞・天声人語)
という記事を読んで、初めて塔和子さんの詩を読みました。
沢山の心に染みる詩の中から・・・
「胸の泉に」
かかわらなければ
この愛しさを知るすべはなかった
この親しさは湧かなかった
この大らかな依存の安らいは得られなかった
この甘い思いや
さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
子は親とかかわり
親は子とかかわることによって
恋も友情も
かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は 人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
私の胸の泉に
枯れ葉いちまいも
落としてはくれない
「涙」
あるとき
死のうと思った私が夫に
「一生懸命なのよ」と言うと
夫は
「同じ一生懸命になるのなら
生きることに一生懸命になってくれ
がむしゃらに生きようではないか」
と言ってくれた
私は目が覚めたように
そうだと思った
どんなに懸命に生きたとしても
永遠に続いている時間の中の
一瞬を
闇から浮き上がって
姿あらしめられているだけだ
いのち
この愛(いと)けないもの
思いっきりわが身を抱きしめると
きゅっと
涙が
にじみ出た