加計学園問題を巡って「総理の意向」とか「官邸の最高レベル」といった表現が飛び交った文科省の内部文書(菅官房長官によれば「怪文書」)について、文科省が文書の存在、記載されている内容の信ぴょう性について突如、再調査を行うことを発表した(9日朝)。
それまで再調査は行わないとしてきた官邸と文科省が方針を一変させたのは、松野文科相によれば「国民の声にこたえるため」ということだが、国民の声は昨日・今日に始まったことではない。9日になって、ようやく国民の疑問に気付いたというのなら、あまりにも鈍感であり、政治も行政も国民のほうに顔を向けていなかったということを自ら告白したことを意味しないか。
私は、この豹変をもたらした最大の原因は、アメリカのコミー前FBI長官の公聴会における証言が、日本時間8日の午後11時から始まったことにあると思っている。それまでメディアは「コミー氏はメモ魔」という根拠不明なうわさを流してきた。が、公聴会でコミー氏は、「大統領との会話をメモに残したのは初めて。大統領との会談が終わった直後、公用車の中ですぐ大統領とのやり取りをパソコンに記録したのは、会談の内容について問題になったときトランプ氏が嘘をつくと思ったから」と証言した。
いま、アメリカで大きな問題になっているのは、ロシアとの関係についてフリン大統領補佐官(すでに辞任)へのFBIの捜査に対してトランプ氏が、トミー氏にどういう要求をしたかである。明白な司法介入であればトランプ氏には逃げ道がない。弾劾の可能性が生じた。大統領を弾劾するには、下院の議決だけでなく、上院で2/3以上による議決が必要だ。
一般の読者は日本とアメリカの政治システムの違いについてあまりご存じない方が少なくないと思うので、簡単に整理しておこう。一般的には日米は「民主主義という共通の理念」を共有していると言われているが、世界的に民主主義という政治システムで共通しているのは「多数決原理がすべてに優先する」ということだけだ。「少数意見も尊重しなければならない」などというのは、民主主義の根本的欠陥を隠すためのごまかしでしかない。
日本ではアメリカの下院に相当する衆議院は参議院(アメリカでは上院に相当)より上位に位置しているが、アメリカでは各州の有権者数に比例配分されて選出される435人の議員からなる下院より、有権者数に関係なく各州に2人ずつの議席が与えられている上院(総議員数100人)のほうが優位にある。実際、日本では参議院議員で総理大臣になることはほぼ不可能だが、アメリカの2大政党である共和党も民主党も大統領候補に選出されるのは上院議員か州知事の経験者である(上院議員も州知事も経験したことがないトランプ氏が大統領に選出されることは常識的にはあり得ない)。
アメリカで最高議決機関である上院が、本当に全米の有権者の民意を代表するシステムになっているか否かは疑問だが、これはアメリカ合衆国が連邦国家として成立したことと無関係ではない。だからトランプ氏が大統領に選出された途端、民主党の支持基盤であるカリフォルニア州で米合衆国から分離独立しようという動きが生じたのも、そうした国の成り立ちに原因があるし、実際各州は連邦政府とは独立性の高い州政府があり、連邦法とは別に州法もある。当然地方自治は日本よりアメリカのほうがはるかに進んでいる。
こうした事情がアメリカではトランプ大統領の弾劾の可能性が否定できない状況を生んでいる。議員の数からすれば、現在は下院も上院も共和党議員のほうが多いが、数の力でトランプ氏への弾劾を上院が否決すると、来年の中間選挙で共和党は大惨敗することはほぼ間違いないからだ。それに日本と違ってアメリカは所属議員に対して党議拘束をかけられない。日本でも「カジノ法」(IR法)の採決で公明党が所属議員に自由投票を認めたが、こうしてケースは日本では異例中の異例である。
そうした日米の政治システムの違いから、アメリカでは日本のような「安倍一強体制」は不可能である。
だが、日本でも「安倍一強体制」にもとうとう綻びが生じつつあるようだ。加計問題に関する「総理の意向」とか「官邸の最高レベル」といった表現がちりばめられた文科省の内部文書にふたをしたままで今国会を乗り切ることが不可能だという、政権内部からの声が高まったためと言われている。実際、8日の夜にはネットで「政権内部から文科省文書の再調査を求める声が…」といった情報が流されており、翌朝には、いつもの菅官房長官ではなく萩生田副長官が再調査することを記者会見で明らかにした。前日には依然として「怪文書」として再調査を拒否してきた菅氏としては、記者会見で袋叩きに会いたくなかったため逃げたのだろう(騒ぎがある程度おさまった夕方には記者会見に応じたが)。
そうした経緯を見ると、8日の夜になってようやく「国民の声」に気付いたというのは、いくらなんでも話の筋が通らないだろう。やはりアメリカで、コミー氏が公聴会でトランプ氏とのやり取りをすべて暴露してしまったことが、民主主義のあり方として「アメリカではそこまでやっているのに、日本では臭いものには最後まで蓋をし続けるのか」という国民の声が爆発することを恐れて、政権内部や「官邸の最高レベル」もとうとう覚悟を決めざるを得なかったというのが、今回の騒動の真相ではないだろうか。
それはともかく、日本のメディアはこの「あっけにとられるような文科省と官邸の豹変」についてどう報じたか。
読売・朝日・毎日・日経・産経・東京の5紙の報道姿勢をチェックしてみた。
とりあえず社説で論評したのは朝日(朝日は2本立てで、もう1本は米大統領疑惑問題)と東京だけ。読売と毎日、産経(産経は「社説」ではなく「主張」)の3紙は全スペースを割いて「天皇の退位特例法成立」を取り上げ、日経は2本立てで皇位継承問題とイギリスの総選挙について取り上げた。
なお、朝日は皇位継承問題について無関心というわけではなく、前日の9日に社説面の全スペースを割いて論じている。また毎日は6日に社説で加計疑惑について「首相の答弁姿勢を問う」というかなり手厳しい社説を掲載している。また日経は社説では論じていないが、ほぼ連日加計問題については政治面で報道しており、10日の朝刊でも「怪文書などと断じ、逃げ切りを狙った首相官邸にとっては誤算となった」と手厳しい記事を書いた。
そうした中で異色なのは読売だ。朝日が5月17日の朝刊1面トップで加計学園・獣医学部の新設疑惑を報じた後(この時点では前川氏の名前は出していない)、読売は22日の朝刊社会面で「前川前次官 出会い系バー通い」と題する3段抜きタイトルで、加計学園騒動のいわば仕掛け人となった前川氏の「スキャンダル」(こんなのがスキャンダルになるの? 週刊誌でも出会い系バーへの出入りだけだったら記事にしない)を大大的に報じた。ただし、加計学園問題についてはこの記事では一切触れていない。
官邸が加計疑惑に火がつく前にもみ消すため、それなりの筋を通して読売にリークしたのかどうかは不明だが、この報道でよみうりへの批判が一気に火を噴いた。次回のブログでは加計疑惑問題についての読売の報道姿勢を徹底的に検証する。
それまで再調査は行わないとしてきた官邸と文科省が方針を一変させたのは、松野文科相によれば「国民の声にこたえるため」ということだが、国民の声は昨日・今日に始まったことではない。9日になって、ようやく国民の疑問に気付いたというのなら、あまりにも鈍感であり、政治も行政も国民のほうに顔を向けていなかったということを自ら告白したことを意味しないか。
私は、この豹変をもたらした最大の原因は、アメリカのコミー前FBI長官の公聴会における証言が、日本時間8日の午後11時から始まったことにあると思っている。それまでメディアは「コミー氏はメモ魔」という根拠不明なうわさを流してきた。が、公聴会でコミー氏は、「大統領との会話をメモに残したのは初めて。大統領との会談が終わった直後、公用車の中ですぐ大統領とのやり取りをパソコンに記録したのは、会談の内容について問題になったときトランプ氏が嘘をつくと思ったから」と証言した。
いま、アメリカで大きな問題になっているのは、ロシアとの関係についてフリン大統領補佐官(すでに辞任)へのFBIの捜査に対してトランプ氏が、トミー氏にどういう要求をしたかである。明白な司法介入であればトランプ氏には逃げ道がない。弾劾の可能性が生じた。大統領を弾劾するには、下院の議決だけでなく、上院で2/3以上による議決が必要だ。
一般の読者は日本とアメリカの政治システムの違いについてあまりご存じない方が少なくないと思うので、簡単に整理しておこう。一般的には日米は「民主主義という共通の理念」を共有していると言われているが、世界的に民主主義という政治システムで共通しているのは「多数決原理がすべてに優先する」ということだけだ。「少数意見も尊重しなければならない」などというのは、民主主義の根本的欠陥を隠すためのごまかしでしかない。
日本ではアメリカの下院に相当する衆議院は参議院(アメリカでは上院に相当)より上位に位置しているが、アメリカでは各州の有権者数に比例配分されて選出される435人の議員からなる下院より、有権者数に関係なく各州に2人ずつの議席が与えられている上院(総議員数100人)のほうが優位にある。実際、日本では参議院議員で総理大臣になることはほぼ不可能だが、アメリカの2大政党である共和党も民主党も大統領候補に選出されるのは上院議員か州知事の経験者である(上院議員も州知事も経験したことがないトランプ氏が大統領に選出されることは常識的にはあり得ない)。
アメリカで最高議決機関である上院が、本当に全米の有権者の民意を代表するシステムになっているか否かは疑問だが、これはアメリカ合衆国が連邦国家として成立したことと無関係ではない。だからトランプ氏が大統領に選出された途端、民主党の支持基盤であるカリフォルニア州で米合衆国から分離独立しようという動きが生じたのも、そうした国の成り立ちに原因があるし、実際各州は連邦政府とは独立性の高い州政府があり、連邦法とは別に州法もある。当然地方自治は日本よりアメリカのほうがはるかに進んでいる。
こうした事情がアメリカではトランプ大統領の弾劾の可能性が否定できない状況を生んでいる。議員の数からすれば、現在は下院も上院も共和党議員のほうが多いが、数の力でトランプ氏への弾劾を上院が否決すると、来年の中間選挙で共和党は大惨敗することはほぼ間違いないからだ。それに日本と違ってアメリカは所属議員に対して党議拘束をかけられない。日本でも「カジノ法」(IR法)の採決で公明党が所属議員に自由投票を認めたが、こうしてケースは日本では異例中の異例である。
そうした日米の政治システムの違いから、アメリカでは日本のような「安倍一強体制」は不可能である。
だが、日本でも「安倍一強体制」にもとうとう綻びが生じつつあるようだ。加計問題に関する「総理の意向」とか「官邸の最高レベル」といった表現がちりばめられた文科省の内部文書にふたをしたままで今国会を乗り切ることが不可能だという、政権内部からの声が高まったためと言われている。実際、8日の夜にはネットで「政権内部から文科省文書の再調査を求める声が…」といった情報が流されており、翌朝には、いつもの菅官房長官ではなく萩生田副長官が再調査することを記者会見で明らかにした。前日には依然として「怪文書」として再調査を拒否してきた菅氏としては、記者会見で袋叩きに会いたくなかったため逃げたのだろう(騒ぎがある程度おさまった夕方には記者会見に応じたが)。
そうした経緯を見ると、8日の夜になってようやく「国民の声」に気付いたというのは、いくらなんでも話の筋が通らないだろう。やはりアメリカで、コミー氏が公聴会でトランプ氏とのやり取りをすべて暴露してしまったことが、民主主義のあり方として「アメリカではそこまでやっているのに、日本では臭いものには最後まで蓋をし続けるのか」という国民の声が爆発することを恐れて、政権内部や「官邸の最高レベル」もとうとう覚悟を決めざるを得なかったというのが、今回の騒動の真相ではないだろうか。
それはともかく、日本のメディアはこの「あっけにとられるような文科省と官邸の豹変」についてどう報じたか。
読売・朝日・毎日・日経・産経・東京の5紙の報道姿勢をチェックしてみた。
とりあえず社説で論評したのは朝日(朝日は2本立てで、もう1本は米大統領疑惑問題)と東京だけ。読売と毎日、産経(産経は「社説」ではなく「主張」)の3紙は全スペースを割いて「天皇の退位特例法成立」を取り上げ、日経は2本立てで皇位継承問題とイギリスの総選挙について取り上げた。
なお、朝日は皇位継承問題について無関心というわけではなく、前日の9日に社説面の全スペースを割いて論じている。また毎日は6日に社説で加計疑惑について「首相の答弁姿勢を問う」というかなり手厳しい社説を掲載している。また日経は社説では論じていないが、ほぼ連日加計問題については政治面で報道しており、10日の朝刊でも「怪文書などと断じ、逃げ切りを狙った首相官邸にとっては誤算となった」と手厳しい記事を書いた。
そうした中で異色なのは読売だ。朝日が5月17日の朝刊1面トップで加計学園・獣医学部の新設疑惑を報じた後(この時点では前川氏の名前は出していない)、読売は22日の朝刊社会面で「前川前次官 出会い系バー通い」と題する3段抜きタイトルで、加計学園騒動のいわば仕掛け人となった前川氏の「スキャンダル」(こんなのがスキャンダルになるの? 週刊誌でも出会い系バーへの出入りだけだったら記事にしない)を大大的に報じた。ただし、加計学園問題についてはこの記事では一切触れていない。
官邸が加計疑惑に火がつく前にもみ消すため、それなりの筋を通して読売にリークしたのかどうかは不明だが、この報道でよみうりへの批判が一気に火を噴いた。次回のブログでは加計疑惑問題についての読売の報道姿勢を徹底的に検証する。
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