新しい風が吹く。さあ始めよう。
何があってもいつものように。今日も始めよう。
今日という人生を始めよう。
何も約束したことなどないのだが、
何も確かなことなどないのだが。
何も見えて来ないのだが。
さあ始めよう、今日を。
新しい風が吹く。さあ始めよう。
何があってもいつものように。今日も始めよう。
今日という人生を始めよう。
何も約束したことなどないのだが、
何も確かなことなどないのだが。
何も見えて来ないのだが。
さあ始めよう、今日を。
閉塞感はある。昨年から我々はその壁を超え、脱出を試み続けている。立ちふさがるならば超えるのみ。
「壁は乗り越えるためにあるのさ」(ルパンⅢ)
4月の公演「カネヨの小鳥」は謎に包まれている。作家(神原くみ子)の頭の中は計り知れない。この連載小説的劇作家は稽古場を見ながら創作する(台本を書く)。結末が変わるかもしれないロールプレイングのような進行。しかしこの作家、自分の宇宙(世界)を持っている。だから基本がブレない。どんな基本かはっきりとはわからないが、最後は必ず自分の作品として落とし前をつける。だから、役者は待てるのだ。不安を抱きつつ期待する。これから矛盾した日々が始まる。
でも厄介だ、美術をどうしよう?
昨夜の梅田シネリーブルは失敗した。予告につられて観に行った映画・・・しくじった(-_-;)
物語に翻弄されるのは好きである。人物に混乱するのも好きである。ただ一つ、混乱した創作世界を見せつけられるのは我慢ならん。混沌を表現しているのならばいざ知らず。作家が混乱していると世界が立ち上がらない。俳優には微塵も罪はない。すべては監督の責任である。
作家の頭の中の混沌を見せつけられるなど、不快以外の何ものでもない。 気持ち悪い…
訳しかたはいろいろ。「なすべき」と訳すか、「生きるべき」と訳すか。
・・・生きたいね、できれば。 問題は尽きないし、何も解決しないけれど、生きていれば何とかなることもある。また、どうにもならないこともある。人の心もまた然り。 命あってこその芝居ですよね。 命を大切に。
賞を取りましたね。封切当初から観たいと思っていたんですが、如何せん長い。179分の長尺です。上映回数も自ずと少ない。時間が合わない。だもんで、未だに観られてません。
こっちはこっちでとんでもない映画でした。これは観られました。2時間半の長さもあっという間。上映回数も多いので。でも、最後はシビア。ヒーローもんでも、こういうのもいいかもね。
前回の映画のお話ではありません。シドニーポワチエ氏が亡くなりました。94歳、大往生と言っていいのではないでしょうか。
彼がいなければ、今のデンゼル・ワシントンもモーガン・フリーマンもどうなっていたでしょうね。黒人初のアカデミー賞受賞者。ハリウッドの人種の壁に初めて突破口を開けた第一人者。1963年の「野のユリ」でアカデミー男優賞、ゴールデングローブ賞、ベルリン国際映画銀熊(男優)賞を受賞。少し世代がずれる私でも「招かれざる客」の衝撃は多少記憶に残っています。
大先輩、お疲れさまでした!
1月7日現在でもう3本観ました、映画。「99.9」「マクベス」ここまでは良かったのですが、シネリーブルでの「don't look up」はこりゃまたどうじゃろかい、てな感じ。これはブラックコメディではなくアメリカンブラックジョークです。観終わった後の後味悪さときたらもう…。
しかし、これを監督が狙っていたならば、これは凄いのかもしれない。観客をとてつもなく不快で不安定にする狙いがあったのなら大したもんだと思いますね。人に対する不信感、真摯なものに対する無礼な態度に対する不快、怒り。これは現代社会の居心地の悪さや人間関係における不条理を描いているのではないかと考えると、一転秀作となる。
とにかく悲しく、不快な作品だった。人間に対する情けなさばかりを感じて、善人のささやかな悲しみが(文字通り)消し飛んでしまうような。日本人には、多分馴染めませんね。しまった感がありました。複雑です。シェルターに飛び込んだらとんでもない所だったみたいな…。毒が強すぎました(-_-;)
でもこのメンツですよ!
※左端の黒人俳優が佐々木蔵之介に見えてしかたなかった(^^;)
以後、気をつけます。来週、12日は劇団 浮狼舎公演「カネヨの小鳥」(4月)の顔合わせです(^^)/