立春のころ見かけた禅寺院の標語に面白い語句を見つけた。「煙霞不遮梅香(えんかばいこうをさえぎらず)」というフレーズだ。寺院発行によるパンフのコメントには「春の夜のやみにあやなし梅の花、色こそ見えぬ香りやはかくるる」という粋な和歌が添えてあった。内陸に位置する座間周辺はちょうど梅も見ごろを迎えている。春が近くなって雨模様の日が増えている。近所の谷戸道めいた雑木林の縁には放置梅林がある。ここへやってくると少し前に読んだ上林暁の随筆集「幸徳秋水の甥」に登場する南武線沿線の川崎在「久地」の梅林を再訪したエッセイを思い出す。
先日ウオーキングのついでに寄って眺めた時はそこの梅も戻ってきた寒気に竦んでいて三分咲きの様子だった。一週間を経た本日は花の蕾は一斉に綻びかけている。ちょうど日曜の来客が都心から二名やってくる。梅の香りももてなしの一部にはなるだろうと思い、道端にはみ出している梅の枝を数本折らせていただくことにする。お客さんは我が小部屋のバイタボックス12インチ同軸スピーカーから発するジャズやクラシックサウンドに魅せられている参詣客的常連だ。小雨を浴びてしけっている梅は花びらもしゃんとして愛してやまない益子の偏古壷とつい最近入手した窓絵の角型壷に挿してやることにした。どちらかといえば孤独めいた部屋にしめやかな春の香りが這ってよい気分になる。「おでん」と「栗おこわ」の昼飯を済ませて午後は新旧を取り混ぜた日曜ジャズ鑑賞会がはじまった。
しばらく遠ざかっていてさりとて忘れることもできないCDを引っ張りだしての大きなボリウムは近所迷惑の臨界域なのかもしれない。大昔、野毛の「ちぐさ」で毎日リクエストしていたリー・コニッツの「モーション」やジャッキー・マクリーンの「4 5&6」等を元気一杯に鳴らす。この「モーション」の愛好曲は「帰ってくれれば嬉しいわ」と「4月の想い出」に尽きる。クールな奏法にもかかわらずハードに疾走するコニッツの即興の大波小波のリフレインをエルビン・ジョーンズの彩りも豊かな革新的ドラミングとソニー・ダラスの特太ウオーキングベースが三位一体的構造をもたらす稀有のジャズ名盤だ。これを聴いていた参詣客の年下さんが上手いセリフを評す。「エルビンのドラムはどこの場面でも「俺。俺。俺!」なんだね」こちらもそれに同意して頷く。「しかしエルビンのおかげでこの演奏はモダンジャズが印象派段階からキュービズムへ変身したようなものになったのでは?」とついでの実感も付け加えることを忘れない。
参詣客へのお薦めCDは夕方までブロッサム・デアリー、ホレス・パラン、ビルエバンス等のよい時期のものを選んでかけたから日曜ジャズ講座は梅の芳香を遮らないよい後味を迎えた。