Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

ウエスタンスピーカーで聴くスティーブ・アレン

2014-03-16 09:45:31 | JAZZ

横浜に住むSさんの古いウエスタンエレクトリック製16Aホーンシステムという1930~40年代のアメリカスピーカーをときどき聴かせていただく。昭和でいえば初期に全米の都市にある映画館で活躍していた業務用スピーカーで曲がりくねったホーンロードは厚手の黒い鋼でできている。その容姿はオーデイオ産業勃興期の始祖鳥みたいなものだ。その容姿の巨大に反してSさんはとても小さなボリウムでまったりとした蕩けそうな音調で女性や男性ボーカルの珠玉レコードをかけてくれる。1970年代以降のF特全開オーディオ文化に育った人が聴いたら?。。という音の佇まいである。

私がよくステレオサウンド誌の資本主義的消費促進策略に嵌められて剛性思想の囚人と化していると揶揄している対象の一人であるKさんなどは、まだまだ年季が足りない人格らしくSさんのシステムを聞いていたら眠ってしまった等という逸話を耳にしている。しかしこれで聴くペギー・リー、ジュリー・ロンドン、ミンディー・カーソンという4~50年代女性ボーカリストの妙なる吐息の甘さにはいつもまいっている。オーディオ次元を越えた官能まで顕わになる装置というものには滅多に巡りあえるものではない。Sさんの趣味言辞で目立つトートロジー(同義反復癖)等多少の鼻につく面を引いてもこの装置の柔らかな囁きの親密性に魅せられて四季折々、訪ねるという習慣は知り合って10数年にもなるが消失していない。

今回もよい出会いがあった。Sさんとはお互いに多趣味の余禄を分け合うことがある。男性ボーカルはジャズというジャンルでは不遇な分野である。サッチモやシナトラ、トニー・ベネット、ディーン・マーチン、ジョニー・ハートマンくらいなら誰にも周知されているが、50年代中期くらいまでに地味にスタンダードソングを弾き語りしていた男性シンガーなどに目をむけるジャズファンは少ないものだ。たまに趣味散歩へ同行した折にSさんへお薦めするレコードが過去にも何回かあった。Sさんのスローバラード嗜好を熟知する自分が知っていて、Sさんの視野にはいっていないものだ。スティーブ・アレンもその一人だし、ジョー・デリーズも駄盤漁りの途上にてSさんに耳打ちしたものである。Sさんはこれをインプットすると持ち前のフットワークでいつのまに群小男性ボーカリスト収集の達人になっている。スティーブ・アレンもふんわりと囁くボーカルのまったりムードが16Aホーンと相性がぴったりである。昔、Sさんへ薦めたLPとは別なコーラル盤の「スティーブ・シングス」が取り出された。余談だがジャケットの収録現場風景に映っているマイクはやはりウエスタンエレクトリック製の大型マイクで振動板がいかにもタフネスなもので通称「鉄仮面」というニックネームで通人には知れている。こういう写真のなにげなき事物にも音は象徴されているものである。

50年代中期のアメリカが第二次大戦の戦勝の余勢をかって白人ワスプのエレガンス文化がまだまだ受け入れられた時期の収録LPである。TVショー向けにもジャズバンドは失業という憂き目はなかったようでスティーブはNBC放送の専属中規模バンドによい腕前のジャズメンを従えている。春ちかしとはいえSさんの部屋には寒冷前線が留まっているようだ。丁寧に点てられた珈琲をいただいてしばし16Aから蕩けぎみに流れ出すスティーブの歌、ピアノを堪能できるのがLPのB面である。B面にはやはりキャピトルというメジャーレコード会社からでた男性ボーカルのディック・ヘイムズが歌っていて終生の愛聴LPの1曲になっている「この春はちょっぴり遅いよ」というフランク・レッサーが作った素晴らしい曲が3曲目に収録してある。大好きなお目当てである。最近ではリー・ワイリーの後期CDにも入っていてこれもちょくちょく聴いている。ヘイムズの歌が豊かで深い正調を湛えているのに対して、スティーブの歌はフェイントモーションも多く間の取り方が絶妙だ。バックのルー・マクガリティーのトロンボーンソロもジョージ・マッソのようなよく歌ってしみじみとした音を紡いでいる。スティーブの歌とピアノというモノクロームカラーにジャズ的遠景の華やいだ色彩を添えていてこれがこたえられない。16Aホーンの出番、適材適所ここにありの感を強めることになった。やはり音という概念を忘れさせてドリーミーに再生できるSさんも高い授業料を払っただけの馬鹿オーディオご仁ではないことにあらためて納得する。寒冷な部屋を出て散歩がてらの帰り途は遊歩道にも自宅にも春は確実に巡ってきていることが体感できる陽気を喜びながらのウオーキングとなった。

 


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