今もアメリカは、国会が開院される時は、祈祷から始めます。大統領が就任宣誓をする時、聖書の上に手を置いて神様の前に誓い、聖職者の祝祷を受ける国です。さらには、貨幣にも「我々は神を信ずる(In God We Trust)」という言葉を書いている唯一の国です。このようにしてアメリカは、地球上に唯一、プロテスタントを信奉する世界的な形態を備えた国家となったのです。
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ところが、今のアメリカはどうでしょうか。公立学校では、公式的に祈祷を禁じています。創造論よりは進化論を教育しています。さらには五〇パーセントに至る離婚率は、家庭の神聖さを事ごとく破壊してしまっているのです。このような現実を心配されている神様の声を聞いた私は、既に一九七一年に祖国と家族をあとにしたままアメリカにやって来ました。何度も全国を巡回しながら私は、「火事になった家に消防士として来た。病気になっているアメリカを治療する為に医者として来た」と叫びました。
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その時私は、既にアメリカを離れていらっしゃる神様を発見しました。アメリカのいかなる所にも神様がいらっしゃらなければならないのに、反対に至る所で神様が離れ始められたのです。人々の心から、家庭から、学校から神様が離れておられました。振り返ってみると、ニューヨークのマンハッタンの五番街を歩きながら、アメリカを離れていかれる神様にしがみついて限りなく涙を流したのが、きのうの事のようです。不幸にもアメリカは私が予言したとおり、道徳的に衰亡の一途をたどっています。
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皆さん! レバレンド・ムーンがなぜアメリカで反対されながらも苦労してこのように叫んでいるのでしょうか。私は、神様が今日アメリカを訪ねてこられるまでに流された血と汗と涙の苦労を誰よりもよく知っているので、去る三十年間、アメリカにいながら一日たりとも楽な気持ちで過ごした事がないのです。アメリカの主人は誰ですか。ホワイト・アメリカンやブラック・アメリカンではありません。神様がアメリカを愛されるようにアメリカを愛する人が、本当のアメリカの主人です。アメリカは地上に神の国を立てる為に選ばれた長男のような長子権代表国家なので、今もイエス様は霊的に主にアメリカの地にいらっしゃりながら、そのみ旨を果たしてくれる事を切に祈っていらっしゃいます。
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一方、私は神様のみ旨に従って一九八二年にワシントン・タイムズ社を設立し、アメリカが行くべき方向を提示する保守正論紙として、アメリカの世論を主導してきました。そして真の家庭の価値運動と青少年達の為の純潔運動を通じて、強力な救国救世運動を展開してきました。この全てのものに、アメリカが神様の摂理の前に正しく立つ事を願う心から投資してきたのです。私が一九六五年にワシントンD・Cを訪問し、決定したホワイトハウスの近くの聖地には、今も夜を明かしてアメリカの為に祈祷する群れが沢山います。皆さん全ては、心の門を開き、あのピルグリム・ファーザーズから歴代の愛国の烈士達の切なる願いを聞く事が出来なければなりません。
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内外の貴賓の皆様!
今始まった新千年紀は、六千年の間追い求めてこられた神様の救援摂理歴史がみな終わり、エデンの園で失ってしまった創造理想が天宙的に実現される時です。人間の堕落によって主人を失った万物の嘆きも解放される時であり、長い間別かれていた父母と子女が再び出会い、これ以上涙のない新らしき天と、新しき地が成し遂げられる時であり、霊界と地上が一つに通じ、地上と天上に神様の国が成就する時代です。生きていらっしゃる神様の直接主管が、全般、全能の権勢として現れる時代です。さらに東西両洋全体が、天地父母を中心に「一人の神様のもとに一つの宇宙」として地球星大家族主義の世界が実現される時です。これは、聖書に預言された旧約の約束と新約の約束が成就される、成約時代の完成を意味します。
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今、時が来ました!
アメリカが再び目覚めるべき時が来ました。第二の建国運動を挙国的に展開し、神様を中心とした真の父母、真の家庭、真の国家、真の世界を取り戻すべき時です。そうして離れようとされる神様を再びお迎えしなければなりません。六千年間も準備して訪ねてこられた神様がアメリカを離れられたら、どこに行きますか。神様さえ正しくお迎えすれば、家庭問題、倫理問題、青少年問題、人種問題は自動的に解決されます。五色人種が一つに相まみえて生きて行くアメリカは、地上天国のモデルなのです。この時、私達みんなが一致団結して、人類が進むべき道を開かなければなりません。「長子の国(注:兄弟の最年長の事。最も期待が大きい国の意味)」であるアメリカが先頭に立って、天の父母様に侍り、世界各国を神様の前に導く先導者的な使命を完成すべき時です。
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この歴史的な課業を完遂する為に、共に同参して下さるようお願いいたします。もう一度この場を訪ねて下さった皆様に、深甚なる感謝を捧げ、天と地に平和と自由と正義があふれる新たな千年王国が始まる事を願いつつ、お話を終えようと思います。
皆様の家庭と国に神様の祝福が共にあらん事を願います。ありがとうございました。
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五 「神様の王子、王女が行くべき生涯路程」
南北統一を熱望する指導者、そして紳士、淑女の皆様。
たった今始まった新千年紀は、二十世紀の遺物である分裂と葛藤が清算され、和解と統一の地球村一家族という理想が実現される時です。皆様の各家庭に新千年の祝福が共にある事を祈願いたします。
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まず、私の八十回目の誕生日を祝賀して下さる為に、世界(全国)各地から訪ねてきて下さった皆様に心から感謝いたします。そして何よりも、この日まで見守ってくださり、共にいて下さった神様に全ての栄光をお捧げいたします。私の生涯を振り返ってみる時、ただの一時も平坦な時期がありませんでした。韓半島を取り囲む列強の狭間で、あらゆる苦難の道を歩んできた民族の受難史と共に歩んで来ました。
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私は、十六歳(数え)の少年時代に、祈祷している中で突然、天のみ旨と出合い、その後、生涯を通じて神のみ旨を成就する為に全身全霊を傾けてきました。そして気がつけば、人間の不幸の根本原因は、人類始祖の堕落によって霊的無知に陥り、神様との関係が断絶された事にあったのです。この事によって、人間は神様と人生と宇宙の根本問題等に対して無知に陥ったのです。今まで私は、世界各地の公式席上において一万回以上語ったみ言を通して、神主義に立脚した真の人生観、世界観、歴史観を提示してきました。それらの内容は、世界各国の十二の言語に翻訳され、既に三百巻以上の本として出版されました。これは、文献による総合的な研究や学問的な探求の結果として解明したものではなく、有形・無形世界を自由に行き来しながら、原則的で根本的な解答を解き明かしてきたものなのです。
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今日、私は、この意義深い場に感謝しながら、私達民族の宿願であり、世界の冷戦問題の最後の決算であるというべき韓半島の統一問題を念頭に置き、その方案に対する根本的な解答として「神様の王子、王女が行くべき生涯路程」という題目でお話ししたいと思います。
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内外の貴賓の皆様。
皆様は、どこの国の国民ですか。大多数の人が韓国の国民であると思います。そうすると、韓国が皆さんの祖国です。そうではないですか。それでは、神様の祖国はどこになりますか。今、神様の祖国はありません。この世界の全ての国家の起源はどこですか。神様が起源になっていますか、そうでなければ、他のところが起源になっていますか。このような、全ての国家の歴史的な起源が問題になっているのです。
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この世の国々は、全て闘いによって分かれて生まれました。それ故に、ある二つの国がある時、その二国の境界線は、深い恨みが積もった境界線になっている場合が多いのです。第三国、第四国との境界線よりも、隣接した境界線を中心としてより熾烈な闘いを繰り広げ、より多くの血を流した歴史的な事実があるという事を私達はよく知っています。このように、二国家間、二つの民族間の障壁が最も高いのです。
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闘いは常に、何万里も離れた所に飛んでいってするのではありません。昔から、隣接する二国家の境界線を中心として闘いが起きてきました。ですから皆さんも、最も近い隣人との間から闘うようになっています。なぜなら、人間が堕落したからです。隣人との間から闘いが起きるのは、堕落による結果なのです。
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堕落とは何ですか。神様と人間との間に藤が生じるようになった事であり、神様とサタンとの闘争が起きるようになった事であり、人間とサタンとの闘争が起きるようになった事です。人類歴史において、この地球上に数多くの国があったという事は、数多くの闘争があったという事を証明する事だという結論を下す事が出来ます。そのようにして生まれた国はどこに行くのでしょうか。全ての国が平和の世界を追求しますが、本当に平和の世界に行く事ができるかという問題が、今人類共通の課題として残っているのです。
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平和の世界というものは結果の世界ですが、過った出発、すなわち過った原因から平和の世界に到達するという事は、論理的な矛盾と言わざるを得ません。それ故に、このような戦争の起源を克服して乗り越えて行く事のできる運動を展開する所においてのみ、理想世界に向かう出発点を捜し出す事ができるのです。原因が完全である為に結果が完全であり、平和で始まるが故に平和の過程をたどる事ができ、平和の目的に到達できるという事は理論的に妥当なのです。
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このように見る時、自分の国と隣接している国が歴史的な怨讐国家であるといって、ずっと憎み続けようとするならば、永遠に平和の世界には到達出来ないという事を知る事が出来ます。それでは、行くら理想郷を慕い、理想郷に向かって前進したとしても、その目的達成は不可能です。このような闘いが始まった、その動機を否定し、過った歴史を消し去る為には、その反対方向の内容を主張する運動が必要であるというのです。
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内外の貴賓の皆様。
皆様は、国のない民と同様です。それでは、過去には国があったのでしょうか。歴史上に、「私の国である」という事のできる形態の国があったでしょうか。そのような国の形態も、持つ事が出来なかったのです。それでは、その国を取り戻す為に苦労した人がいなくてそうだったのでしょうか。そうではありません。その国は、過去の歴史時代の人が考えていた位置では、捜し出す事が出来ない為に迎える事が出来なかったのです。その時代圏内において、内外を備えた基準を中心としてその国を捜し出す事が出来なかったので、その国を迎える事が出来なかったのです。私達が取り戻さなければならない祖国というのは、今日、この地上に存在する、いかなる歴史と伝統をもった国でもありません。そのような国とは本質的に次元が違うのです。
154P
私達は、次元が違うその国を受け継ごうとするならば、そのようにできる思想的な主体性をもった国民にならなければなりません。しかし、その主体的な思想は、絶対的な創造主がおられるならば、その創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者が願う国を成そうとするならば、その国の主権を中心として国民が一致する事のできる国となる事を願わなければなりません。そのような国民性をもって国家形態を備えなければならないのです。
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一つの国が形成される為には主権がなければならず、国民がいなければならず、国土がなければなりません。天の国もやはり同じです。主権に代わるものが父母であり、国民に代わるものが息子、娘であり、国土に代わるものが国なのです。この中のどれ一つとして除く事は出来ません。これは鉄則です。最も重要な事は何ですか。世界と国の為に生きる事です。そのようにしさえすれば滅びません。滅びないところが限界点です。
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国の為に生きる基準で実際に行動をしていて死んでいった人々は、死んでもその国の民になります。その国がなくなる時まで残るようになるのです。国が形成される為には、国土がなければならず、国民がいなければならず、主権がなければなりません。
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主権とは何ですか。根源である神様と因縁を結ぶ事です。国を統治する人達は、国民が深く寝入ったあとに、神様と因縁を結んで政治を行わなければなりません。そして、主権者は国民と一つにならなければなりません。国民と一つになり、自分の持つ全てのものは自分の為のものではなく、国の為のものであると考えなければならないのです。
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そのように成れば、その国は繁栄します。そのような観点から地上に天国を実現するという問題を考えてみる時、天国の主人は誰でしょうか。主権者は誰でしょうか。間違いなく神様が主権者です。そして国民は誰ですか。国民は万民です。それでは国土はどこですか。地球星です。地上天国は誰に似ているのでしょうか。「私」に似ているのです。一つの国を見れば何がありますか。主権、国民、国土があります。これは人間と同じです。
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地上天国は誰に似ているというのですか。「私」に似ているのです。「私」という個人が集まって国になるのです。従って、「私」に心があるように、国にも主権がなければならず、人格体なので国民がいなければなりません。人間には万物が必要であるように、国土がなければなりません。このような原則から、国土は人に支配され、国民は主権に支配されるのです。この国土、国民、主権が国家形成の三大要素です。そのようになっています。
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人について見てみる時、心は体を支配し、体は万物を支配するのが原則です。この原則がある為に、全世界を見れば、天地人であるという決定的な結論が出てきます。天とは何ですか。人間の心と同じなので主権と同じです。人は国民であり、地は万物です。結局、国は誰に似たのかというと、「私」に似ているのです。
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行くら大きい社会、行くら大きい国家であっても、人に似なければなりません。それは、神様が御自身の形状に似たものを好まれるからです。それでは、人が最も好むものは何ですか。自らの形状に似たものです。ですから、理想的な国家とは、何に似なければならないのですか。人に似なければなりません。天・地・人に似るのです。
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統一教会の用語で「祖国」というものは、大韓民国という一つの国ではなく、世界的な国の事をいうのです。「世界的」という言葉は、堕落した世界圏でも使われる言葉なので気分が良くありません。それで、このような「祖国」を捜し求めて行く主義を統一教会では「天宙主義」というのです。
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その祖国は大韓民国ではありません。神様が願われる祖国は大韓民国ではなく、米国でもありません。共産国家でもないのです。その祖国は神様が願う祖国です。故に、私達は、新しいその祖国の文化を創り上げなければならず、その祖国の歴史を創り上げなければなりません。
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私達は、新しい理想的な祖国を建てる為に、新しい基準を定めなければなりません。私達の生活を変えなければならないのです。その世界は、今のこの世界と全く違います。言葉も違うのです。「原理主管圏」や「相対基準」、「相対基台」、「復帰基台摂理」という重要な言葉を、世の中の人々は知っていますか。ですから、違うというのです。
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統一教会が願う国が建設されれば、統一教会の看板を外さなければなりません。そして、統一教会が願う世界が形成されれば、統一教会が立てた国はなくさなければなりません。大韓民国の韓民族を中心とした文化と人格だけの為の宗教は捨てなければならないのです。世界の為に生きる宗教であってこそ、これからも残る宗教になるのです。
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満場の内外の貴賓、紳士、淑女の皆様。
神様のみ旨を受け継ごうとする人がいるならば、彼はどのような主張をしなければならないと思いますか。
この世の人々が好むような方向に行くようにという主張は絶対に出来ません。むしろその反対の道に行くようにと主張しなければなりません。それに該当する代表的な標語が「愛の心をもって怨讐を愛しなさい」というものです。「怨讐を愛しなさい」このみ言は、誤った歴史を元に戻す事ができるものであり、台風に揺さぶられる船の錨や錨綱のようなものです。
156P
しかし、復帰摂理歴史を通じて「怨讐を愛しなさい」というみ言を実践してきた人はいませんでした。もし、怨讐を愛する事ができる人々がいるならば、そのような人々によって一つの組織的な形態を備えた世界的な版図を確保しなければなりません。このような結論が出てくるので、そのような運動を神様が提示なさらなければならないのですが、神様によって提示されたその運動の反映体が、歴史に現れた宗教運動であるという事を皆さんは知らなければなりません。
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今までで、神様が最も愛する事のできる人は誰でしょうか。イエス様なのです。イエス様は、闘っているこの世界に新しい方向を提示して下さいました。ローマやイスラエルのような圧迫国家と非圧迫国家の間には、お互いを怨讐視する高い障壁があるのですが、イエス様の哲学は、それを壊してしまうべきであるというものでした。イエス様は「ローマよ、あなたは力で私を征服しようとするが、私はその反対に愛であなたを征服する」と考えられたのです。それで、十字架にかかりながらも怨讐の為に福を祈ってあげたのです。
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そのような思想は、ローマの兵士達に対して「彼らは、自ら犯した罪が分からないので、彼らを赦したまえ」という驚くべき宣言として現れたという事を知らなければなりません。イエス様がそのようになさる事によって、世界の全ての国がお互いを怨讐視する事を乗り越える事ができ、二つの国家間の国境を乗り越える事ができる一つの原型、または模範となりました。
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イエス様は、個人的な怨讐が全てではないという事を知っていたのです。家庭的な怨讐があり、氏族的な怨讐があり、民族的な怨讐があり、国家的な怨讐があり、世界的な怨讐によって四方から縛りつけられているという事を知っていました。これは、自分に従い、自分が行く道を行こうとする人には、数多くの怨讐が待っているという事なのです。そして、「家庭的に行けば家庭的な怨讐が待っており、氏族的に行けば氏族の怨讐が待っていて、熾烈な闘いが予想されるけれども、その時ごとに怨讐を愛しなさい」というみ言です。このような精神をもっていれば、いつかは勝利できるというのです。
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それでは、神様の理想国家の実現、すなわち神様の祖国の主権復帰はどこから実現されるのでしょうか。怨讐を愛するという思想をもった個人から出発するのです。それ故に「神様がいらっしゃる限り、愛で国境を崩し、全ての環境と文化的な垣根を越えて怨讐までも抱こう」という運動を提示したキリスト教は、世界的な宗教にならざるを得ないのです。大豆を植えれば大豆ができ、小豆を植えれば小豆ができ、真っ赤な花の種からは真っ赤な花が咲きます。同じように、あだを討つサタンの種を蒔けば、あだを討つ悪の木が育つのですが、怨讐を愛する善の種を蒔けば、怨讐を愛する善の木が育つという事です。これは自然の道理なのです。
157P
神様の祖国は、どこからどのような道を訪ねてくると言いましたか。それは、怨讐を愛する道、個人の怨讐を愛して、家庭の怨讐を愛して、氏族の怨讐を愛して、国家、世界の怨讐を愛する伝統を残す道から訪ねてくるのです。そのような道でなければ、神様の祖国は現れる事が出来ないという事を皆さんは知らなければなりません。
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見ていて下さい。米国が反対したが故に、国務省が反対したが故に、国会が反対したが故に、私は国会で勝利したという賞状を受け、国務省から勝利したという賞状を受け、米国で勝利したという賞状を受ける事ができる時が来るはずです。それで、反対する国務省の中にも友人ができ、国会の中にも友人が沢山できています。勝利は、私に返ってくるようになっています。
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私は、そのような友人が一人もいなかったとしても、あらゆる反対を克服して勝利に導く事ができるという確信があります。反対すれば反対するほど、こちらの怨讐を愛する内容が相対的により大きくなるので、反対が激しいからといって落胆する必要はありません。
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自然の道理は、一方が低気圧ならば、もう片方は高気圧になっています。一方が高気圧に成れば、もう片方は低気圧になるのです。米国の国務省が高い所から反対する時、私が低気圧圏を成していれば、高気圧が低気圧に吸収されるように、米国の国務省は私に屈服してしまうはずです。
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私が非難されながらも闘わずに彼らを愛すると、彼らは私の友人になり、友人の家庭ができ、友人の氏族ができ、友人の国ができたのです。怨讐を愛する精神をもった人々によって構成された国が現れれば、その国は、神様が願う理想境となる事ができ、人類が入って行く事のできる理想郷になる事ができるという事を知らなければなりません。
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私は、とても見すぼらしい男です。事実、そうではないですか。皆さんは「違う」と言いますが、世の中の人達は、私が愚かな人であると思っています。しかし、神様は、私が一番お好きです。世の中が私を愚か者扱いしたとしても、神様が認めるので、世の中に対して堂々とした立場で攻撃できるのです。
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怨讐を愛する心をもてば、言えない事がありません。なぜですか。神様が送った男性であり、美男子というならば、そのような人が美男子です。立派な人というならば、そのような人が立派な人です。堂々として勇ましい人というならば、そのような人が堂々として勇ましい男であると考えるので、私はそれを栄光に思い、世の中に対して自信をもって攻撃するのです。
158P
私一人がこのように陶酔して活動すれば、何が起こるか御存じですか。このようにする事によって、神様を喜ばせる若い青年男女が生まれ、神様を喜ばせる五色人種の家庭が生まれ、神様を喜ばせる民族が編成され、神様の祖国の主権復帰が可能になるのです。
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「怨讐を愛しなさい」と言ったので、最も憎むべき人をも愛さなければなりません。一番の美男子に一番の醜女を夫婦として結んであげたとしても、怨讐を愛する以上に愛さなければなりません。そのような人は、この世の怨讐を愛するにおいて最高の王子の旗を掲げて前進する人の候補者です。事実そのような人がいるならば、どれほど素晴らしいか考えてみて下さい。そのような人は、民族の国境をさっと越える事ができるというのです。愛する心だけをもって暮らす日には、全ての障壁が崩れていき、復帰摂理歴史が短縮されて天国が近づいてくるという事を知らなければなりません。
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私の哲学は簡単です。私は、やってみなかった事がありません。農夫にもなってみて、労働者にもなってみました。やれる事は全てやってみました。漁夫になってまぐろも釣りました。そのようにして生涯を生きてみると、一人だと思っていたのに、振り返ってみると英国人がついて来て、米国人持ついて来て、世界の数多くの人々がついて来ています。ついて来るなと足でけ飛ばしてもまたついて来て、後ろに飛ばされてもまたついて来ます。ですから統一教会を、幾ら研究してみてもその内容の全てを知る事は出来ないのです。
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内外の貴賓、そして紳士、淑女の皆様。
今から行くべきなのは、どのような道ですか。行くら氏族を編成したとしても、サタンの国の主権が残っている限り、皆さんは国のない人々です。ここが皆さんの国ですか。皆さんには国がないのです。行くら氏族があるとしても、その主権が天を中心とした主権でない時は、この氏族の首を切る事もあり得るのです。そうでしょう。それ故に、天が歓迎する事のできる国を訪ねていかなければなりません。今日、この地上における第一イスラエル圏というものは、天全体が歓迎でき、個人も歓迎し、家庭も歓迎し、氏族も歓迎し、民族も、教会も歓迎する事のできる、そのような地になるべきです。
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ところが、今日の統一教会を中心として見ても、既成教会を中心として見ても、大韓民国を中心として見ても、全体が歓迎できる立場に立ったでしょうか。そのようになる事が出来ませんでした。方向が違います。方向が違うのです。大韓民国が進んでいるのは外的です。そうでしょう。神様を中心としたものではなく、世の中を中心として外的に進んでいます。この国の主流的な思想がないというのです。
159P
従って、この国の主流的な思想を中心として天と連結させ、新しい立体的、あるいは平面的内容を備えた新しい国家観を形成し、その形成された国家観を、今日の国家を中心としたもの以上の内容として備えていかなければ、神様の祖国の主権復帰の時を迎える事は出来ません。
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今日の「解放」というものは第一の解放です。今、統一教会においては、第二の解放が必要なのです。大韓民国も第二の解放が必要です。ここで大韓民国が第二の解放を迎えれば、国家と民族はその事によって願いを成就できるかもしれませんが、統一教会は第三の解放を必要とするのです。そのようになるのです。大韓民国は第一の解放により、初めて内外において今の国家形態を備えましたが、第二の解放が必要な時が来ました。南北が統一されなければならないというのです。
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その国はどのような国ですか。その国は、歴史過程において、民族が悲惨な路程をたどらねばならず、蕩減復帰の原則に一致する事のできる国民性をもたねばならず、歴史的な伝統を引き継いできた国でなければなりません。その国はどのようにならなければならないのでしょうか。完全に統一された国にならなければなりません。今日の大韓民国がそのような国になろうとするならば、どのようにならなければならないでしょうか。
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その国の基準に上がって行く為には、南北を統一しなければなりません。北朝イスラエルと南朝ユダのように分かれた南北韓を、一つに統一しなければなりません。カイン・アベル国家に分かれたのと同じように南北に分かれたのですが、これを統一しなければ一つの勝利的イスラエル国家は現れないのです。
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それでは、この国において、大韓民国を中心として北朝鮮と韓国は、どのように統一されなければならないでしょうか。それは、新しい世界主義的な思想をもたなくては統一する事が出来ません。この時に備えて、新しい思想を掲げていこうというものが、今日の統一教会が主張する統一思想です。分かりますか。
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今、私達は二つの事をしなければなりません。世界において、いかなる国家持ついて来る事が出来ない団結した民族を形成しなければならず、そして、いかなる宗教もついて来る事が出来ない鉄のような信仰で団結した国家を成し遂げなければならないのです。このような思想を中心として、南北が統一された国家が成し遂げられなければなりません。そうしなければ、神様の国、世界に誇る事のできる天国の主権は誕生しないのです。これが、今日の私達の行くべき地上の第一目的地であるという事を知らなければなりません。
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祖国を取り戻す事が出来なければ、サタン世界の国家を凌駕する事のできる天を中心とした一つの国を持つ事が出来ません。その国を持つ事が出来なくては、世界のサタン国家を打つ事は出来ません。押し出せないのです。宗教、統一教会をもってしても出来ません。真の父母の思想を中心として、国が方向を定めて進んでいかなければなりません。このような問題が残されているという事を知らなければならないのです。
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