なぜ富山市の老人は、死ぬまで歩いて暮らせるか
プレジデント 9月22日(月)9時15分配信
富山市の高齢者は、全国平均より1000歩も多く歩く。すこし歩けば、駅や広場があるからだ。人口42万人の町がはじめた新しい暮らし方とは――。
■路面電車を核に「団子と串」へ投資
都市と地方の暮らしで、最も違う点は「歩くかどうか」だろう。国の調査によれば、65歳以上の高齢者の平均歩数は5368歩。傾向としては公共交通網が発達している東京などの都市は多く、反対に車社会である北海道などの地方は少ない。
これに対し、富山市が公共交通の割引サービス「おでかけ定期券」の利用者を対象に調べたところ、65歳以上の平均歩数は6360歩で、全国平均を1000歩近く上回った。富山市の森雅志市長は「定期券の利用者は1日約2600人。歩数増加には健康増進の効果が認められており、医療費に換算すれば年間7500万円程度の効果になる」と話す。
こうした取り組みに世界から注目が集まっている。今年9月にはニューヨークの国連本部で報告を行い、10月には富山市で経済協力開発機構(OECD)と共催の国際会議を開く。欧米やアジアの都市の首長らと、高齢化対策について話し合う。
なぜ富山市の高齢者は歩くのか。背景にあるのが、森市長が就任以来、10年にわたって続けてきた「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」だ。森市長は、その基本方針を「団子と串」と呼ぶ。「串」は公共交通、「団子」は交通網で結ばれた徒歩圏を指す。「団子」に対して手厚いサービスを行うことで、駅の近くに住む人を増やし、過度な自動車依存をあらため、中心市街地のにぎわいを取り戻す施策だ。
市内交通の中心は「LRT(次世代型路面電車)」が担う。市内を走るJR富山港線を2006年に第三セクターへ移管。さらに官庁街や中心部を走る路線を900メートル延伸して、「環状線」も新設した。最長60分だった運行間隔は、最短10分にまで改善し、終電は21時台から23時台に。車両は低床のバリアフリー車両に統一された。この結果、利用者はJR時代に比べて、平日で約2.1倍、休日で3.4倍となった。交通弱者である高齢者を中心に、市街地に出かける人が増えている。「団子」への投資も進めた。駅周辺の19カ所を「居住推進地区」として、マンション購入者には一戸50万円、マンション建設事業者には一戸100万円の補助金を用意した。05年に始まったこの制度によって、今年3月までに1417戸が中心部に住み始めた
■中心市街地の地価が税収を大きく左右
少子化も逆手に取る。3年前には廃校になった小学校を、全国で初めて温泉水を利用した介護予防センターに作り替えた。こうした施策の結果、中心市街地では6年前から転入超過となっている。なかでも高齢化に対応したまちづくりに呼応した、高齢者の住み替えが目立つ。
市全体でみると、05年には11.8万人と全体の約28%だった中心市街地の居住人口は、13年までに13.5万人と約32%にまで増えている。市全体の人口は25年までの20年間で約4万人の減少が見込まれているが、中心市街地の人口を16.2万人にまで増やし、全体の約42%を占めることを目指す。
森市長は「不公平な政策」と話す。「人口減少は避けられません。そこで地方都市が持続性を高めるには『選択と集中』しかない。市域一律のサービスを見直すことが、結果として市民全員のメリットになる」
地方自治体の税収は地価下落に大きな影響を受ける。13年度の市税収入のうち、固定資産税と都市計画税は約45%。このうち面積では0.4%に過ぎない中心市街地が両税の22%を占めている。中心市街地に投資を集中させることで、地価を維持し、税収を保つ。それは「ほかの都市には打てないような施策」(森市長)の原資に代わる。
たとえば富山市は中核市としては全国で最も多い32の「地域包括支援センター」をもつ。このため市民の約87%が半径2キロ以内に居住しており、きめ細かな介護予防事業が展開されている。
■「新幹線」で高まる老後移住の可能性
これから三大都市圏を急激な高齢化が襲う。介護を見据えた老後を考えれば、施設能力に余裕のある地方への移住は魅力的な選択肢であり、富山市はその有力な候補地になる。
「ぜひ移住先として富山を検討してほしい。ただ老後移住を本格的に誘致するには、『住所地特例』の見直しが前提になる。国にはぜひこの問題を考えてほしい」(森市長)
住所地特例とは、国民健康保険や介護保険などの加入者が別の自治体の特養ホームなどに移った場合、元の自治体が引き続き保険費用を負担する制度。転居後の自治体の負担を考慮したものだが、75歳になる前に転居した加入者が、移住先で75歳を迎えて「後期高齢者医療制度」に移った場合、現行の制度では住所地特例が認められず、移住先の負担が重くなってしまう。
森市長は「まずは2つ目の生活拠点として考えてほしい」と売り込む。
「これから複数の生活拠点をもつ『マルチハビテーション』の時代が来る。北陸新幹線の開業で、東京からは2時間半。歩いて暮らせるおしゃれな街を活用してほしい」
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富山市長
森雅志
1952年、富山市生まれ。中央大学法学部卒業。富山県議会議員を経て、2002年富山市長に。05年市町村合併で発足した新・富山市長選挙にも当選。現在3期目。
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星野貴彦(プレジデント編集部)=文・撮影