神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.365 刊行1周年

2024-12-15 22:56:18 | 多謝
(1)『御料局測量課長 神足勝記日記』(J-FIC)刊行から1年経過しました。発行元の日本林業調査会(J-FIC)からまだ連絡がありませんから、どんな刊行経過なのかわかりませんが、もう国公立図書館・大学図書館・林業や測量関係の研究所などには伝わったでしょうから、刊行に伴う自分の役割は終わりとし、このブログも刊行の宣伝から解放しようと思います。「解放」という意味は、看板は変えませんが、内容を見直したいということです。

(2)私は何かを人に知らせたいという意識に乏しく、疑問に思っていたことでも、自分で納得したり、解決してしまえば、もう先へ行きたい方です。
 ですから、こういう場でも作っておかないと、発表することがなく、多少のメモ程度のことができると、積んでおくばかりで見向きもしないということがしばしばです。もちろん、売り物になるようなものではありませんが、原稿類が、棚をざっと見ただけでも5冊分くらいはあります。

(3)このヘタクソなブログも今日で365回です。この回数は偶然1年分になっただけで、番外なども数えると、実際にはもっと多くなりす。
 この間、閲覧ページは39584PVで、1日当り108PVです。また、訪問者は29434UUで、1日当りは80UUです。9~10月の入院の時の中断と、先日のロックによる設定不良とで、訪問者・閲覧件数とも少なくなりましたが、それでも毎日50人くらい入るようです。 
 gooblogのスタッフにアピールして閲覧者を増やしてポイントを稼ぐということがあるようで、しきりにその手続きをするようにとの誘いの宣伝が入りますが、私にそういうことを使いこなすスマホだとか機器もないので無関係です。
 書いておきますから、時間のある方はぜひどうぞ。

(3)ブログ開設1年を迎えて、考えているのは次のようなことです。
1.この「神足勝記を追って」は、回数を週に3~5回にし、内容は従来のことを踏襲する。
2.新規開設の「神足勝記を追って 2」は、何かまとめたものを随時に発表する場とする。
 いずれにしてももう今年は終わります。その間に構想を練ってみるつもりです。

    
    陽に映えて 

【コレクション 136 廣澤真臣日記】
 一坂太郎(東行記念館副館長・学芸員当時)は下のパンフレットの推薦文「『広沢真臣日記』について」)で広沢について次のように評しています。
 「いまや故郷山口県においてすら忘れ去られた感のある広沢真臣だが、維新当時は長州藩を代表する「顔」であった。薩摩藩でいえば、西郷隆盛や大久保利通に匹敵する人物といっていいだろう。・・・ところが明治4年1月4日、39歳で東京で暗殺された。・・・研究者の食指が動かなかったのも、案外そんなところに起因するのかもしれない。」
 あの大久保利通でさえ「もし生きて生涯を全うしていたら」といわれることがしばしばですから、歴史の波間に消えていった人をどう顕彰・評価するかは大きな課題です。



 この大きさは、B5判6㌻です。B5判3枚分の横長の用紙を、最初に左から3分の1を折り込み、次に右から3分の1を折り込むとできます。
 全体は、
 1㌻ 上掲
 2~3㌻ 解説 一坂太郎東行記念館副館長・学芸員『広沢真臣日記』について(一部上掲)
      資料・画像
 3~4㌻ 解題 藤井貞文 日本史籍協会 広沢真臣の人と業績 *下に掲載
      内容解説
      刊行案内 体裁:A5判650㌻ 定価:1万3000円 限定450部 
           平成13(2001)年11月 マツノ書店
 5㌻ 内容見本

     3~4㌻

 
 以上です。
 今日はここまで。

 1.左妙義山、右浅間山:藤岡市白石の稲荷山古墳近くより
   

 2.ホオジロ?
     
      とりわたり おもかげみせて さりゆきぬ   

 3.今日は満月
   



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« No.364 群馬の旧御料地 | トップ | No.366 子持山 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

多謝」カテゴリの最新記事