早春 「早春」昭和十七年四月 第三十三巻四号 近詠 俳句
近詠
暁け霞八十八百嶋に晴るる今
日の本の東風よ同族同祖聴け
ものゝのみな春なり畔を入學兒
一堂を僉り萍生ひ初る
野戻りの猫柳持つ手の誇り
春堤工場ぬちに響く音
大東亜ついづ生まるゝ風ひかる
インドネシア舊土に安く春南風
摘み草の野は寒かりし胼藥
摩耶昆布すみれ咲くべに垂らし賣る
鶯の琴花の莟を啄ふ隙に
薄風邪の癒らで雁を送る夕
春晝や落花を食って魚肥ゆ
竹秋の伏見詠みたる古句の味
花の夜やべたと手に貼る淺井膏
鳥交む大地に細雨にしとりとし
雲見る眼地に落したる陽炎へる
菜飯炊く胡蘿萄もよし骰子刻み
小鏡餅の水餅をしつ黴を抓く
奇しきまで野井の澄見よう龍天に
白椿ふかく來て庭のよろしさは
あかつきの林檣飛べり島の蝶
街ぬくゝ子等が舗道を描き汚し
植うる蒔く猫額の土餘すなく
彳めば鮠の散る水花の冷
憚らず雲に嚏す松手入れ
遮るはなく草萌に下春かな
春の地理
照りくもり春の細瀧ゆれにけり
鳥籠のかゝれる軒に春の瀧
ともしびは遠く花より春の瀧
葉櫻
葉さくらの丘まで來るや海猫は
葉櫻に村と離れて住める哉
葉櫻を砂ざらざらのベンチ哉
二葉會十二月例會
事始め厨何かと人の數
冬の山夕深まりて檪なる
二葉會一月例會
橙の掌にあまりたろさかな
寒椿野ぶかに棲みて日洽う