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定本宋斤句集 秋 7
新薬師寺行
鹿 雲さむし奈良にて鹿を見ぬところ
秋の猫 草深く走り戻り來秋の猫
鳥渡る 桑の風ひとつら鳥の渡り來し
木津川しもの渡舟場にて
渡し場に夕たのしめば渡り鳥
伏見稲荷神社
参道の知らず空なる渡り鳥
地車の岸和田の空鳥渡る
頬 白 茶どころに一閑庭や頬白啼く
鵙 高鵙のおのが谺へ飛びしかな
雁 雁の夜なりすがる座敷杖
穴 惑 穴まどひ零餘子こぼしてのぼりゆく
秋 蛙 秋蛙土のいろして山に跳ぶ
みのむし みの蟲のあまたに秋のうらゝ哉
みのむしを夕暮れびとのゆびさしぬ
秋の蝶 秋の蝶峽たかたかと雲をゆく
蟷 螂 憎くざまの蟷螂飛べば青かりき
かまきりは小智に傾ぐ顔もちて
糺の森
つくぼうし 檜垣茶屋柱に啼きてつくぼうし
蜻 蛉 蜻蛉の入日にさはり來リけり
とんぼうの深寝やかさと翅伏せて
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定本宋斤句集 秋 4
秋の聲 秋の聲舟はものいふ燈の合圖
月 鐘楼は柿の中なり月彼方
山崎宗鏡出生の地 江州志邦を訪ふ
夕月や支那さゝ波の古みなと
良夜なる鷽の寝すがた籠に見る
居待月 月居待ち中座し歸る萩の闇
十六夜 十六夜の茶の花垣のしろさ哉
後の月 欄干へ舟つげて來ぬ後の月
天の川 旅といふほどにも來ねど天の川
ひしひしと世がひゞくなり天の川
病むもまたよかりし日あり天の川
流星 流星をたがひに知りて黙し居る
秋の雨 川欄を客のよろこぶ秋の雨
秋雨のながめ筏にいさかへり
秋の山 案内の子に捨てられて秋の山
野の色 野の色に燈のひとつなく
花野 わが心放ちやりいる花野かな
秋の海 秋の海の雲に照りけり峠平
東京より
燈いるころ高輪にみる秋の海
淡路由良
由良の門に初来て秋の海のいろ
秋の波 秋の波の一歩にひかへ佇ちにけり