早春 俳人永尾宋斤

祖父で「早春」を大正15年2月に主宰・創刊した永尾宋斤の俳句・俳語・俳画などからひもといています

定本宋斤句集 後記

2019-02-13 | 永尾宋斤の句集:宋斤 思い出の記・定本宋斤句集



                     山崎冬尊
  謹んで本集を宋斤先生の御霊前に捧げます
故先生の句集がかく漸く発行されましたことは、誠に喜びに堪えないことであります。本集は神田南畝先生が撰ばれたものを、まず宿木君が短冊書きされ、それを私が類別浄書したものであります。浄書に際し色々と思い出の句が多く、その都度故先生の在りし日の面影を偲び不覚の涙を催したことも一再ならずであります。この旧師に對する感情は、恐らく本集を讀まるゝ早春社友の多くにも同様のことと思ひます。
  故先生は何と言っても句道に對する精力家でありました関係上、四十餘年に亘った作句は、おそらく五満近くに及ぶのではないかと推せられます。
何しろその書架の一隅に積まれた句帖だけでも随分大部のものでした。不幸にもそれは昭和十九年三月未明の戦禍によってその旧廬六橋観と共に一切鳥有に帰しましたので、未発表の遺詠は永久に見ることができなくなったのは返すがえす残念という外はありません。唯幸いなことに故先生と四十餘年の作句生涯中の三十餘年を終始相共に歩まれた南畝先生の書架中に、カラタチ、同人、早春等と故先生の発表された雑誌其の他が、一つの缼本もなく保存されてゐますので、少なくとも二萬句位は健在であることであります。
これは將來に機ありて遺詠の大集が出来ます場合には、尤も貴重な資料であると思います。そこで本集に撰択された八百餘句に過ぎないことでありますが、これは餘りにも僅少であり、いささか物足りない感じであります。しかしこれは南畝先生の言葉にもあります通り、弘く膾炙された力作を慎重に撰ばれたので、質に於いて遥かに量を補ってゐると私は確信しています。従って本集を誦さるゝ人々には再び故先生に接する思ひ浸り得ることは、推するに難くないと思うのであります。
  茲に本集発行に關與いたしました一人として偶意を記し後記とします。

                        昭和二十四年三月末日記


 昭和二十四年十月廿五日 印刷
 昭和二十四年十一月一日 刊行
     定価   二百五十円

 発行兼印刷人   神田 能之
 印刷所 東洋印刷製本株式會社
 発行人 早春社
   

 
 

定本宋斤句集 冬 6

2019-02-10 | 永尾宋斤の句集:宋斤 思い出の記・定本宋斤句集





定本宋斤句集 冬 6

兎     寺庭や暮れをぬすみて兎出る
根水仙   日にぬくむひとつの水や根水仙
返り花   返り花その英の涼しさよ
山茶花   山茶花の透くはなびら散り易く
      巫女呼ばれゐて山茶花を戻るかな
       平林寺
      山茶花のしずかさにゐて旅ならず
      山茶花をわすれてゐしがなほ散れり
冬薔薇   寳塚の夜の卓上の冬薔薇
冬椿    冬椿紅千々と畳みける 
石露の花  島に居て海わすれゐる石露の花
紅葉散る  みなかみへ躍る岩あり紅葉散る
       難波赤手拭稲荷神社
枯藤    境内や何も無けれど藤枯れて
枯欅    枯れ欅鳴る一望を行手かな 
枯     山彦に招かれつゝも枯れをゆく
       枯るゝもの枯れて平らか洽き日
蓮の骨   蓮の骨晴れて人馬の道高し
落葉    落葉照る小さき湊の丘祠
      芭蕉蕪村みな冬の忌の庭落葉
朽葉    水底の朽ち葉に枝を呢ましぬ
枯芭蕉   枯れしもの芭蕉ほか無く雪の松
枯芒    かれ芒正月すぎていとふるき
       新薬師寺行
      こゝら詠みし古句あるべし枯尾花
麦の芽   麦は芽に豆も植えたる日南かな
大根    大根の土出し首ぞ確と冬
       上京野火止辺り
      小菊黄にみだれ練馬の大根時
枯草    枯れ草のさまも見たしと野を思ふ
      草枯れの廣きはてなる鳥あがる
      あめつちのやすむすがたに草の枯れ 

                  定本宋斤句集 完

定本宋斤句集 冬 5

2019-02-10 | 永尾宋斤の句集:宋斤 思い出の記・定本宋斤句集



定本宋斤句集 冬 5

風邪    川舟の焚く火が寒し風邪ごもり
      我かげの壁に伸びしは風の神
野施行   野施行淵川すぎて行く燈かな
寒玉子   寒玉子ただ一呑みに吸へといふ
寒紅    寒紅やいっしょに包むみすや針
冬の燈   冬の燈に向いて正しき菊の顔
      冬の燈はみなが見てより頬にぬくし
神農祭   神農祭久し往かざる船場かな
宗鑑忌   宗鑑忌幾夜の庵の尼ケ崎
       久々知廣満寺の近松忌に参りて
近松忌   夜は寺に浄瑠璃ありて近松忌
翁忌    陶像の古びかろかり翁の日
水鳥    水鳥にかくれてやりぬ治水の碑
      水鳥のみなが陸つて落ち葉ふむ
笹子    俗住みて寺内干すもの笹子啼く
      笹鳴くや墨の巾なるほそ硯
凍鶴    凍鶴の嘴がぬけ羽を惜しむけり
梟     梟やはるか燈を出す由戸あり
       青有居に小憩句座
      障子外に人の聲する梟哉
寒鴉    寒鴉雪の彼方に歩み去る
冬の鵙   病むものを罵り去れり冬の鵙
冬の蝿   少年の頬をあましと冬の蝿