少し前にロシアは日本も牽制していた
ウクライナがネットで火炎瓶の作り方を載せている・・・
ウクライナの火炎瓶の作り方
瓶はビール瓶がベストだが投げずらいので
オロナミンCのでも可
ビール瓶の場合ガソリンの中に刻んだ発泡XXロールをいれると
火が付いたときナパーム化するので
あと小形の瓶の場合X糖をいれると同効果が望める
民間人がウクライナでは戦争に参加しているのだろうか・・・
あとロシアは核廃棄物の爆弾や燃料気化爆弾を
使用するとかいってる
ロシアが何故ウクライナが欲しいのか?
ウクライナはロシアの発祥の地だそうで
それで頭の可笑しいロシアの首相が欲しがっている
すでに死者の数も大変な数に膨らみ
両者引くに引けないというか
意地になってる感がします
ファーファ「ソビエトからロシアに帰ってきたときに」
soop「それならウクライナも、と考えたんだね」
初めの高校で簡単なことを
わざと難しく教える教師がいた
日露戦争の時丁度ロシア革命と時期がかぶってしまい
ロシアに勝った日本報酬として
ロシアの石油のでる島を獲得することに
この時日本は戦争に勝てば国が豊かになると思い込んでしまう・・・
その後国力を上げた日本は朝鮮大陸をゲット
満州国名付け日本の植民地にした
日本は富国強兵を掲げた
その後イタリア、ドイツと同盟を組み
日本は東アジアを手中に収める
大東亜共栄圏を発令
中国と争うことになる
その間に第二次世界大戦が起き
日本は同盟国と共に戦うことになるが
ドイツがロシアに負けたあたりから
戦況が一変した
イタリアも降伏し日本だけが孤立した
状態でなにを血迷ったか
アメリカの基地を奇襲する
これで完全にアメリカの敵国に確定した日本
まるで兵糧攻めのように
追い詰められ
日本の空に爆撃機がくるようになり
戦闘機が無ければ巨大な墓標と名高い
巨大戦艦を次々建設
お約束どうり撃沈された
日本は本土決戦のため女性迄訓練を受けることに
「アメリカが日本にきたら辱めをうける」とのこと
そのころ東アジアにいた日本兵たちは敗残の一途を
たどり飢えのため敵兵を食べる行為にまで至っていた
弱体化した日本へ条約を破りロシアが進攻
ロシアに日本を盗られたくないアメリカは
戦争の早期解決と兵器実験のため
広島と長崎に原子爆弾を落とし
それを機に昭和天皇の玉音放送が流れた・・・・
住む場所が違うだけで差別するとか・・・
なんて幼稚なんだろう
肌の色や目の色とか
在日とか
在日馬鹿にするならキムチとかチゲ鍋とか食べるなよ
散々差別して韓国旅行
ゲイとかレズとか人により相手が違うのは自由だろ
べつに迷惑かけてないし
被差別部落にあるお好み焼き屋の
おばちゃんがこう言った
「お兄ちゃんそばめしおいしいやろ
人と同じやねん色々混ざっているから
ええねんや雑だからええこともあるんや
純粋を求めたら味がくどくなる」
ファーファ「部落にゆくことあるの」
soop「京都は部落地区が多いから」
ファーファ「いまでも差別はあるの」
soop「心の狭い卑怯者は京都にもいるよ」
ファーファ「なんぼわれ上品やねん」
soop「なんぼのもんやと思うよ」
ファーファ「日本人のヒエラルキーの頂点はなんだろ」
soop「わかっていて言ってるね」
京都精華大学生通り魔殺人事件(きょうとせいかだいがくせいとおりまさつじんじけん)は、2007年(平成19年)1月15日に京都市左京区で発生した殺人事件。被疑者は検挙されておらず、2023年(令和5年)現在も未解決となっている。
発生時の情況
2007年1月15日午後7時50分頃、京都精華大学マンガ学部1年生の男性(当時20歳)が、学校から自転車で帰宅している途中に京都市左京区岩倉幡枝町の歩道で鉢合わせしたところで口論になったとみられ、20 - 30歳位の男に小型の刃物(幅約1 - 2センチ)で胸や腹など全身十数か所を刺され、死亡した。
直後に第一発見者の通行人が発見した時には被害者には意識があり、刺されたことを伝えて通報を頼んでいた。
午後7時52分、事件現場に到着した京都市消防局救急隊員によって病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。
第一発見者が事件現場を自転車で通過したとき、不審な男が畑に背を向け車道に座り込み、その後ろの畑に人が倒れているのを目撃。気になったので30秒後に現場に戻ると、男の姿は既になく、代わりに被害者が携帯電話を横に血を流し座り込んでいた。
現場は京都精華大学の南東およそ600メートル、叡山電鉄木野駅から南に約100メートルの閑静な住宅街で、男は被害者の大学生に向かい大声で「アホ」「ボケ」を繰り返しながら暴言を吐き、興奮していた。
男が興奮していた理由は不明だが、当時被害者は自転車で歩道の右側を走っており、男は左側を走っていたところで鉢合わせになり、自転車の通行を巡って口論になったとみられ、そこで激昂し殺害に至ったのではないかとみられている(現場である歩道の約1.5メートル下に畑があるが、畑の側にはガードレールが設置されていなかった。さらに街灯の少ない夜道のため、自転車ですれ違う際、畑に転落する危険もあった)。
被害者は明るい性格でクラスのリーダー的な存在で、知人らは「トラブルなどは聞いたこともない」と話している。また被害者は、直後に到着した下鴨警察署員に「犯人は面識のない人だった」と述べていた。
soopのプロファイル
犯人は普通にいる赤色灯をふるガードマンで
肌は赤黒く歯並びが悪かった
その時は酒をかなり飲んでいた
酒癖の悪い男で職業柄ナイフを常時持っていた
被害者とは偶然出会った
自分のみじめな暮らしと裕福そうな学生が
軽蔑にしていると思い込み
学生を刺した
身体に障碍がある男
学生と出会った時警備服を着ていた
刑事「こいつハナがきくな」
soop「ハナでなくて映像が頭に視えるんです」
ファーファ「事件の概要を知ると」
soop「頭の中に映像が浮かぶんです
すくない情報でも沢山視えるときがあるけど
沢山あると鮮明に映ります
だから事件をたまに持ちだして
掲示しています」
ファーファ「一回警察から電話があったね」
soop「協力は出来なかったけど
あるていどは当たっている立証がとれた」
【加茂前ゆき(当時8歳、女) 三重・四日市・H3年3月15日】
家族構成は父.芳行さん(当時50歳)、母.市子さん(当時40歳)、小学6年生の二女、高校生の長女。~
午後2時半ごろ、自宅に飲みかけのココアとピンクのジャンパーを残して行方不明に。
ゆきちゃんが1時半ごろ帰宅した時、父親は別の部屋で就寝中だった。2時半ごろ、母親からの電話に出ている。3時半ごろに姉が帰宅した時には、すでにいなくなっていた。
ゆきちゃんは誰かとの約束があることが明らかにされている。
目撃情報は多数寄せられた。
学校のジャングルジムで遊んでいた。
学校横の十四川周辺にいた。
自宅からわずか15mほどの四つ角で白いライトバンの運転手と話をしていた。
学校近くの近鉄・富田駅にいた。
しかし、いずれも有力な手がかりにはならなかった。
両親は、失踪直後からテレビへ出演したり、ビラを配ったりするなど加茂前ゆきちゃんに関する情報提供を呼び掛けたが、有力な情報はなかった。
3年後、自宅に以下の怪文書が届く。父親宛てとみられる『加茂前秀行様』と書かれた手紙が届く。しかしゆきちゃんの父親は芳行さんで、宛名は間違っていた。
怪文書の内容は以下のようひらがな・カタカナ・漢字の混じった不気味な文章になっており、「トミダノ股割レ」が犯人だと告発する内容になっているが、その「トミダノ股割レ」や送り主の正体は不明。
犯人像
昔遠洋漁業に出ていたことのある男で
ヤクザの様なグループの一員
ゆきちゃんとは公園で知り合った
児童性愛者で自分の部屋へ
ゆきちゃんを連れ帰って仕舞う
その男の住む建物にはほかにもヤクザ関係者がおり
ゆきちゃんを金儲けの道具に使おうと思っていた様だ
男は気が弱くもともとドモリ癖のある喋り方だったので
仲間からは馬鹿にされていた
暫く経つとゆきちゃんはヤクザの別の男に
盗み取られてしまう
口惜しい男は怪文書をゆきちゃんの親族に送った・・・
男の現在
男はもう老人になり山間の集落で木材業をして
独りで暮している分厚い眼鏡をかけ
遠洋漁業で負った傷を手袋で隠している
世田谷一家殺害事件(せたがやいっかさつがいじけん)とは、2000年(平成12年)12月30日深夜に東京都世田谷区上祖師谷三丁目で発生した殺人事件の通称で、警視庁による事件の正式名称は「上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件(かみそしがやさんちょうめいっかよにんごうとうさつじんじけん)」である。事件の被害者一家の姓を付けた事件名で呼ばれる事もある。
本件では一家4人が自宅で何者かによって殺害されたが、未だに犯人の特定や逮捕には至っておらず、未解決事件となっている。また、捜査特別報奨金制度対象事件にも指定されている(詳細は「#懸賞金」を参照)。
概要
2000年(平成12年)12月30日23時ごろから翌31日の未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷三丁目の会社員宅で、父親(当時44歳)・母親(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が殺害された。隣に住む母親の実母が31日の午前10時40分すぎに発見し、事件が発覚した。
この事件は20世紀最後の日に発覚した、大晦日に差しかかろうとする年の瀬の犯行だったことや、犯人の指紋・血痕など個人を特定可能なものや靴の跡(足跡)のほか多数の遺留品を残している点、子どもまでめった刺しにする残忍な犯行、さらに殺害後に長時間にわたり現場に留まった可能性が指摘され[注 1]、パソコンを使用したり冷凍庫に保存されていたアイスクリームを食べたりするなどの犯人の異常な行動、これら多くの事柄が明らかになっていながら、犯人の特定に至っていないことでも注目される未解決事件である。また、年の瀬に発生した殺人事件ということもあり、一年を振り返る区切りとなる年末近くになると警視庁による情報公開が行われ、マスコミが話題に取り上げることが多々ある事件でもある。
soopのヴィジョン
暗いリビングでTVをみながら
木のへらでカップのバニラアイスを食べた
風呂を沸かし風呂でTVを観ていた・・・
パソコンがあったのでwebを検索して
夜明けに家をでた
犯人像
黒い野球帽とMA-1のパチものみたいなジャケット
黒いジャージを身に着けて犯行に及んだ
凶器は金属バットとサバイバルナイフで
人を殺害するのに慣れている人物
黒の服を着るのは血がついても目立たないため
軍の経験のある韓国人の可能性が高い
動機
これといった動機はなかったが
入念に下調べはしていた
soop「なぜか靴だけが白かった可能性がある」
ファーファ「犯行後脱ぎ捨てるつもりだったかも」
soop「警察は残された足跡を調べるので靴はチープなものを選んだのかも」
ファーファ「犯人はバッグを持っていたの」
soop「持っていたよ二つだとおもう」
ファーファ「一つは現場に残したみたいなの」
soop「黒でオレンジの細いラインの付いた大きなポーチだね」
ファーファ「動機は希薄なの」
soop「だから捕まらない通り魔的な犯人だとおもう」
完全犯罪ができる二つ職業がある
それは
ゴミ回収業と精肉加工業である
井の頭公園バラバラ殺人事件(いのかしらこうえんバラバラさつじんじけん)とは、1994年(平成6年)4月23日に東京都武蔵野市・三鷹市に所在する井の頭恩賜公園で発覚した、日本のバラバラ殺人事件である。
捜査は難航し、多くの謎を残したまま、2009年(平成21年)4月23日午前0時に公訴時効が成立し、未解決事件となった。
概要
1994年4月23日午前、東京都三鷹市にある井の頭恩賜公園のゴミ箱にポリ袋に入った人間の足首が捨てられているのを、猫のエサを探すため偶然ポリ袋を開けた清掃員の女性が発見した。
駆けつけた警察官らが公園一帯を捜索したところ、計27個に切断された手足・胴体の一部が袋に入って7か所のゴミ箱から発見された。袋は小さい穴のある水切り用の黒い袋と半透明の袋の二重になっており、漁師らが使う特殊な方法で固く結ばれていた。
手足の指紋はほぼ全て削り取られていたが、僅かに残っていた指紋とDNAから、被害者は公園の近くに住む一級建築士の男性(当時35歳)と判明した。死因は不明。肋骨の筋肉繊維にわずかな生前出血の跡があった。
目撃証言などから怨恨説や後述の事故遭遇説、遺体の状態が複数人による組織的な犯行や異常性を匂わすことから宗教団体関与説など様々な説が錯綜していた。しかし、被害者の交友関係からは全く犯人像が浮かばず、犯人に結びつく物証や情報が乏しく、2009年4月23日、犯人の特定に至ることなく公訴時効成立を迎えた。犯人の動機など不明な部分が多い事件である。
遺体の特徴
切断されていた遺体は、関節や臓器などを無視して長さや太さも揃えられ、電動ノコギリのようなもので20cm間隔に切断されていた。これは、公園内のゴミ箱の投入口サイズである縦20cm、横30cmにほぼ合っていた。 また、血液が一滴残らず完全に抜き取られていた。そういった作業を行うには、一般家庭の設備では給排水が追いつかないほどの大量の水と医学的知識が必要である。さらに、手足の指紋はほぼ全て削り取られていた。遺体の切断方法は少なくとも3パターンあり、複数犯説の根拠の一つになっている。
発見された遺体は体全体の3分の1ほどで、被害者の頭部、胴体の大部分は現在も見つかっていない。残りの遺体は、事件発覚前日の22日に公園のゴミ箱に捨てられ、ゴミ収集車に運ばれ処分されたとする説もある。
wikipediaより抜粋
soopの考察
犯人は被害者はだれでもよかったので無作為に傍にいた被害者にした
犯人は精肉加工業者で、この殺人は殺人依頼者への
コマーシャルとして行われた
「うちらはこんな器用な事も可能なんですよ」というものだ
soop「血液を全て抜いているところに加工業者のやり口がみえる」
ファーファ「事後依頼殺人は行われたと・・・」
soop「高い確率であり得る話だ」
ファーファ「なんで精肉加工業者なの」
soop「この事件の犯人は複数犯で、死体処理には
死体の血を流すための規模の施設と切断機器が必要で
死体を計って切断しているあとは内臓の処理、業者なら
廃棄も簡単だしね」