砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

□□□「Tonight」

2017-05-30 12:30:05 | 日本の音楽


私はカラオケに行ったとき、よっぽどネタ切れになるか、心底歌いたい曲がないかぎり「同じアーティストの曲は何曲も歌わない!」という変なこだわりがある(例えばオザケン「それはちょっと」→フジファブリック「バウムクーヘン」→Radiohead「Paranoid Android」→cero「Summer Soul」みたいな感じで入れる)。
そんなわけでこのブログでも1人1枚じゃないけれど、当面はアーティストにつき1枚ずつ紹介しようと思っている。作家についても1人につき1冊。まあそんなにネタがあるわけでもないので、正直いつまで続くかわからないが笑


暑い。5月末とはいえ東京はもう30度を超える日がぼちぼち出てきはじめている。冬のあいだは夏を恋しく思うが、実際にやってくるとそれはそれで辛いもの。蚊は出るし、外を歩いていると倒れそうになるし、夜は寝苦しいし。もちろん悪いことばかりではない。山に登ったあとに飲むビールは本当にうまいし、なんなら軽くジョギングしたあとのビールでも美味しい。それから夕焼けを遠くに見ながら、外の空気に触れて誰かと一緒に飲むビールなんてのはもっと最高だ。あれ、夏が待ち遠しくなってきた。

清少納言は『枕草子』で「夏は夜」と言っていたが、私は夏の明け方も結構好きだ。早起きした日に、まだ暑くなる前に散歩するととても気持ちがいい。伸びをしながら、まわりの景色を見ながら、ゆっくりと歩を進める。そんなときふと聴きたくなるのがこのアルバム、□□□の『Tonight』である。
今まで紹介してきた人たちに比べて彼らはやや知名度が低いかもしれない(失礼)。関係ないがこのブログを書いていてよく(失礼)と打っている気がしてきた。自分がもともと失礼な人間だから仕方ない部分もある。ただ、真実を伝えようとすることが誰かをふいに傷つけてしまうことだってある、残念ながら致し方ないことだ。ともかく関係者の方には大変申し訳ない、まあ読んでいないと思うけれども万一見ていたら本気で許してください、ごめんなさい!なんでもしますから!えっ、どうかそれだけはご勘弁を!この米は!この米だけは~!!

話を元に戻す。彼らは□□□と書いて「くちろろ」と読む。変な名前だ。このグループはVo/Keyの三浦康嗣(ミウラコウシ)が中心となっていて、過去のメンバーは結構流動的だったのだが、現在は元Natsumenの村田シゲ(Ba)と、作家でもあるいとうせいこう(Vo)の3人組になっている。ほとんどの作詞作曲は三浦氏が担当している。そして今日紹介する『Tonight』は2008年にリリースされた、いとうせいこう氏が加入する前、まだヒップホップの色がそこまで濃くない時期のものだ。

私は初期のなごやかなシティポップ路線も好きだし、いとうせいこう氏が加入したあとの曲も好きなんだけれども(『everyday is a symphony』は「Moonnight Lovers」とか「卒業」とかいい曲がたくさん入っているし、『CD』や『マンパワー』も面白い作品だった)、でもこの作品が彼らの中では一番好きだし、繰り返しよく聴いていると思う。
1曲目は疾走感と浮遊感のある「Skywalking」、管楽器のアレンジがいいし、後ろで鳴っているアコギがとてもいい具合にリズムを刻んでいる。続いてタイトルトラックの「Tonight」。この曲は、はちゃめちゃな演奏(特にドラム)にストーリー性のある歌詞が乗っているのだけれど、途中で走馬燈のようなシーンがあって「正月の西新宿のビル街」「海」「クラブ」「セックスの後の蝉の声」と畳みかけてくる箇所がとても好きだ。歌詞の描いているストーリーは「自殺しようとして、生き返って、死にたくないって強く思う」と、ベタというか、クサいといえばクサい展開なのだが、それも悪くない。

M2「Tonight」


しかしそこからトーンダウンし、一転してクールな雰囲気になる。ベースやDJのスクラッチ音が前面に出ているM3「World/Money」以降は、打ち込みやサンプリングを多用した実験色の強いサウンドが混じっている、というか入り乱れていて、どこかLantern Paradeに近い雰囲気を感じる。ただ□□□のほうがより現代的でクールな感じがするけれど。一方、Lantern Paradeは抒情的でセンチメンタルな雰囲気が強い。どちらがいいとか悪いというのではなく、好みの問題である。

さてアルバムの中盤では、乾いたギターの音と鍵盤の掛け合いが格好いいM6「AM 2:08」や、フィッシュマンズや一時期のPolarisを思わせるダブっぽいサウンドのM7「Tokuten Lovers」が好きであるが、そこからまたさらにポップ路線に移行していく。M8「夏の魔法」はストリングスの奏でるイントロに軽快なドラムのリズムが乗って(特にハイハットの音が良い)、お洒落なポップサウンド全開なのだ。歌詞もいい。

―そのせつなさはビール カラカラ喉に響く
 生きてる実感の一杯さ
 でもいつも 一杯じゃ止められなくって
 気づけば朝日に照らされて 一人ぼっちさ


どうだろうか、実にビールが飲みたくなるリリックではないだろうか。自分がさっきからそればっかり言っている気もする。要するに飲みたいのだ。
続く「To Night」から「リフレイン」への流れ。本作のハイライト、M10の「リフレイン」は、少し鼻にかかったような優しい声で歌われるメロディラインが本当にきれいだ。あなたちゃんと歌うと歌めっちゃうまいじゃない!いい声じゃないの!と、このあたりではっとする(遅いか笑)。イントロに流れるストリングスはちょっと癖がある上昇音階だが、Voの声がいいのと歌のメロディが安定しているためか、聴く人にそこまで強い違和感を与えない。
そして曲の最後の歌詞では「死んだように長いまどろみに 君の声で目覚めたある朝」と、わずかながらに2曲目「Tonight」との関連性が見出される部分がある。この曲の内容は一言で言うと「新しい他者の発見」だと思う。深読みしすぎかもしれないが「Tonight」が死をテーマにしているとすれば、「リフレイン」は再生をテーマにしているようにも感じられる、リフレインという言葉に「繰り返し」や「反復」という意味があるように。なんだか伏線回収みたいだな。

本作は中盤の実験色が強いが(というか基本的に□□□のアルバムは実験色が強い、毎回新しいことにチャレンジしようとしているし。だからあんまり売れていないのかな)全体を通して非常にバランスよくまとまっているアルバムだ。メリハリあるというか、クールとポップの均衡が絶妙である。お洒落だけではない、2000年以降の、新しいシティ・ポップのかたちなのだと思う。



たまにはM8やM10みたいなポップ路線の曲ばかり入ったアルバムがあってもいいと思うのだけれど(私は絶対に買う)、彼らはそれに満足しないのだろうな。まだ最新作『Japanese Couple』は聴けていないので、今夜帰りにでもレンタルCDショップに寄りたいと思っている。今度はいったいどんなアルバムになっているのか全然想像がつかないが、彼らならきっといい方向に期待を裏切ってくれることだろう。

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