学生が頑張って映像制作をしている。
その映像はまさにテレビのそれだ。
ところが先日その話に待ったをかけた方がいた。
その方は「上手いね、良いね」だけじゃ伸びないですよ、と。
「しかし、本当に上手いと思いますけど。」と私。
それはあくまでも「テレビの制作方法や撮影方法にそっくりであり、似せて作ることが上手いということだ」と。
「本当にテレビが作成したものや映し方が正しいのか?」ということでした。
確かに。
よく目にしているものだから一見それが「正解」のように感じてしまう。
そこから「オリジナリティ」を出せるかどうかが、その子の勝負なのに、それを「上手い」だけで終わらせてしまっては、時にその「上手い」は才能を潰す魔法の言葉になってしまう。
我々も世界記録を狙っているのに時に「アメリカ🇺🇸は」「ヨーロッパは」「オーストラリアは」ばかりの話にもなってしまう。
特に日本人で世界記録を出すには、世界各国の考えの、その外側に答えがある場合もあるだろう。
とはいえ「型破り(基本が出来てこその)」が「形無し(基本すらなっていない)」にならぬよう心掛けないといけない。
その映像はまさにテレビのそれだ。
ところが先日その話に待ったをかけた方がいた。
その方は「上手いね、良いね」だけじゃ伸びないですよ、と。
「しかし、本当に上手いと思いますけど。」と私。
それはあくまでも「テレビの制作方法や撮影方法にそっくりであり、似せて作ることが上手いということだ」と。
「本当にテレビが作成したものや映し方が正しいのか?」ということでした。
確かに。
よく目にしているものだから一見それが「正解」のように感じてしまう。
そこから「オリジナリティ」を出せるかどうかが、その子の勝負なのに、それを「上手い」だけで終わらせてしまっては、時にその「上手い」は才能を潰す魔法の言葉になってしまう。
我々も世界記録を狙っているのに時に「アメリカ🇺🇸は」「ヨーロッパは」「オーストラリアは」ばかりの話にもなってしまう。
特に日本人で世界記録を出すには、世界各国の考えの、その外側に答えがある場合もあるだろう。
とはいえ「型破り(基本が出来てこその)」が「形無し(基本すらなっていない)」にならぬよう心掛けないといけない。