生長の家の月刊誌に「人生の光となった言葉」というコーナーがあるのですが、そこに次のような体験が書かれていました。
とても良い話なので、紹介させてもらいます。
今から20年前、Aさんは青年会全国大会の会場準備をしている時、警察から「高校生のお嬢さんを補導した」と連絡があったとのこと。
その娘さんは友人とカラオケに行き、タバコを吸ったらしい。
Aさんがその電話を受けたとき、とっさに思い浮かんだのは。本の中の次の1節だったとのこと。
○「信じていたのに騙されました」という人があるものだが、その人は信じてはいたけれども、屹度善念を送らなかった人に違いない」
(生長の家創始者 谷口雅春著『光明道中記』)
それでAさんは、「日頃、仕事にかまけて、6人の子供たちのことは放りっぱなしだったことを反省しました」と書いている。
そして、帰りの電車の中で、同書に書かれていた、
○子を信ずるとは放っておくことではない。『善い子だ、ありがとう』と念じ称え、感謝の念を送ることである。
と書かれていたのを思い起こし、必死に念じ続けたとのこと。
そして、Aさんは次のように書いている。
帰宅し、殴られるかもしれないと覚悟をしていた娘には、「二度とするな」とだけ言って寝ました。
すると翌日、娘は金髪を元の黒髪に戻し、超ミニスカートも改め、煙草もやめました。
そして生長の家の役も引き受けるようになったのです。今その娘は2歳の娘を育てながら青年講師として頑張っています。
と、このように書き、最後は、こう結んでいます。
あの時以来、私は「皆神の子で素晴らしい」という教えを忘れることなく、すべての人への礼拝を心がけています。
ということでした。これは「言うは易く行うは難し」ですが、しかし、いくら難しくても、自分自身が幸福になるためにも、そして自分の接する人たちの幸福のためにも、努力していかなければならないと改めて思いました。
「自分はこの程度の人間だ」「あいつは、あの程度の人間だ」などと思っている限りは、いくら良くなろうと思っても、よくなれっこないことは、はっきりしているのだから。
わたしは近頃、「虹のじゅもん」というブログの詩のコーナーにある「「海の誓い」という素晴らしい詩の一節を思い出したりしながら、自分を勇気づけることが多くなりました(年のせいかな)。
海はきっと覚えている
真剣なまなざしを
固い誓いを
海は待っているに違いない
叶った夢の報告を
叶わなかった夢の報告を
新しく見つけた希望を
海は信じているだろう
私達が本気で生きていると
一生懸命生きていると
全文を読みたくなった方は、ここをクリックして下さい。(「海の誓い」に直通します)
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