以下は、自分自身が「有難い」気持ちになりたいと思い、たくさんの谷口雅春先生の著書から、抜き書きしていたものですが、他の人にも読んでいただければ幸いと思い、ここにもアップさせてもらいます。
○皆様、本当に『有難い』という心を起して合掌して拝み切って御覧なさい。そうして自分自身が「有難い」という心そのものに成り切って御覧なさい。そこに、自分のうちに神さまの心のリズムが感じられます。自分の内に神様が宿っていることが如実に感じられるのであります。そういう風にして夫婦拝み合って御覧なさい。自分の内に、そして配偶(あいて)の内に神様がいますことが如実に感じられて来る。そしてその家庭は実に円満な神の子の家庭になってくるのであります。拝み合うのは必ずしも夫婦間だけのことではない。親子の間でも同じ事であります。親は天であり子は地であります。天は地を拝み、地は天を拝む。そして親子の拝み合いが本当に行われた時に、そこが天国になるのであります。
○神に感謝し、周囲のすべての人々に感謝しているけれども、まだその人に感謝することをわすれがちである一人がある。その一人は「自分自身」である。「自分自身」の魂は神の子として此処に神から与えられた使命遂行に尊き努力を捧げつつあるのである。此の「自分自身」の魂に感謝を捧げないのは片手落ちである。更にその「自分自身」の魂が乗り物として使命遂行の用途に使いつつある「自分自身」の肉体に対して感謝しないのも片手落ちである。
○毎日毎日を、神から与えられた「幸福の日」であると信じて“毎日”を感謝しなさい。あなたが素直に、神の祝福を見る目をもって“毎日”を迎えられるならば、至る処に神の祝福を見出されるに相違ないのであります。そこに、今、愛し愛される家族があるではありませんか?親も子も配偶者もない天涯孤独の人であっても、そこに今、“神”が居たまうのです。そこに友があり、知己がある。友も知己もないにしても、そこに「見知らぬ人」がある。その見知らぬ「赤の他人」と見える人も“神の子”であり、あなたの兄弟姉妹であるのです。彼らは決して「赤の他人」ではないのです。あなたと同じ“神の子”のいのちが流れているのです。肉体の兄弟姉妹は「血を分けた兄弟姉妹」と言いますが、彼らは「神のいのちを分けた兄弟姉妹」なのです。その人たちに優しい言葉をかけてごらんなさい。きっとやさしい言葉があなたに返ってきます。互いに兄弟である証拠です。
○あなたの心の緊張を解きゆるめなさい。過去はないのです。今の苦しみもすでに過去に刻々なりつつあるのです。それらのものは全て過ぎ去るものにすぎないのです。過ぎ去るものは実在ではないのです。実在ではないところのものを捉えて悩んでみても仕方がないではありませんか。心に重荷を背負わせてはなりません。過ぎ去るものが、如何にあなたに苦悩を与えたにせよ、それが過ぎ去るときにはそれに祝福と感謝とを与えなさい。どんな艱難も何かの意味に於いて、あなたの魂に経験を与えそれだけあなたの魂に教訓を与えたのです。 過ぎ去るものに御礼を言う心持になったとき、次に来るものが貴方によって一層善きものとなるのです。一切を祝福する気持ちになるとき、もう何ものもあなたを害することは出来ないのです。
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